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山の怪 1

新潟県南魚沼郡湯沢町 関越トンネル封鎖本部

『白スク』大量発生から三ヶ月がたち『機構』の組織再編もどうにか終了した頃、私達は遥々甲信研から関越トンネルへとやって来ていた。

本来の業務である『ジェット婆』対応のためである。

「戻ったぞ!」

「消火急げ!」

がっさんの運転するGTR『捕捉 1号車』がド派手なエキゾーストサウンドを轟かせて帰って来た。

左の前輪辺りから火が出ているようだが……

大嶋君達調査員が消化器をもって駆けよっていく。

「うー……あとちょっとだったのにぃ……」

降りてきたがっさんの姿を見てほっと胸を撫で下ろす。

ジェット婆を捕らえきれなかった悔しさこそあるものの、無事ではあるようだ。

「お疲れ様、はいティッシュ」

「ありがとうございます」

目と鼻から出血しているのは予知プレコグニションを使用しすぎたが故の過負荷によるものだ。

「ちょっと休んできな?」

「大丈夫です!まだ行けます!」

「藤森ちゃーん!」

「アイマム!」

「強制連行、8時間でよろしく!」

「アイアイ!よっこいしょっと」

藤森ちゃんが自分より上背のあるがっさんを軽々と肩にひっかつぐ

「え?ちょっと……藤森さん?!は、博士ぇ!」

「はい、おやすみなさーい」

今作戦の鍵はがっさんの運転技術だ。

プレコグニションと純粋な運転技術の組み合わせは本職のレーサーをも凌ぐパフォーマンスを発揮するものの、脳に掛かる負荷の大きさも桁違いだ。

それでなくとも無茶をしがちながっさんだ。先日、業務での功績とPK能力者の精神エネルギー照射における物理的干渉に関する論文が認められて主幹研究員に出世したばかりである事を思えば、こんなところで無理をさせるわけにはいかない。

がっさんが運び去られた後に遅れてもう一台のGTR『観測 2号車』が遅れて到着する。

ハンドルを握るのはモノは試しと乗っけてみた静代さん、加えて観測機器オペレーターとしてうちの新人研究員である安曇兄妹も乗っている。

前々から研究員の増員は申請していたが、がっさんが昇格して『室長代行研修』でちょくちょく居なくなるこの状況になってようやく聞き入れて貰えたというわけだ。

そういう部分での理事会の腰の重さは非常に腹立たしいが、正直この二人をうちに貰えるのであれば理事会への憤りを収めてもお釣りがくるほどだ。

天才安曇兄妹は『機構』において広くその名が知られている。

『環境科学大学校』三期生にして初の卒業生である二人は『機構』に研究員として採用されるレベルの天才達が五年で修めるべきカリキュラムを一年で修了した。

若干12歳のときにである。

そこから山陰研、九二研、西研を経て17歳で主任に昇格、がっさんの持っていた最年少記録を九歳も更新してのけた。

直近の二年は青森の東二研で仕事をしていたが、『アゴ』のテロに伴う組織再編を機に以前より本人達が希望していた『特定管理研究所』である甲信研に配属されるに至ったというわけだ。

諏訪先生、がっさん、安曇兄妹という天才四人に静代さんという大怨霊など、研究室の規模を思えば過剰戦力に見えなくもないが『アゴ』『ジェットばばあ』の専従でありその対応と平行してアーカイブ0027-イ『トイレの花子さん』が静代さんに言い残した案件の調査もしなければならないことを思えばこれでも足りないくらいだ。

最低でもあと調査員二個分隊……できれば一個小隊の増員が欲しいところである。

「博士!やっぱり私には無理です!!」

「そう?タイム的には悪くなかったと思うよ?」

「小笠原さんが速すぎてどう頑張っても追い付けないです!」

いっそ清々しいまでの敗北宣言だ。力量差が大きすぎて悔しささえ生まれる余地がないのだろう。

いつもは圧倒的戦力として聳え立つ側の静代さんではあるが、こと運転に関してはその座をがっさんに譲っている。

「双子ちゃんから見て静代さんの運転はどう?頑張ったらついて行けそう?」

青い顔をした二人は私の問いには答えず、そのまま草むらに盛大にお昼に食べたモツ煮をぶちまける。

マーライオン顔負けの見事な吐きっぷりである。

『ジェットばばあ』追跡はただ高速で車を走らせれば良いというわけではない。

自己を視認する全ての生体由来の事物の動的方向性に干渉するという事案的特性が故に追跡者にはありとあらゆる障害物が襲い来る事になる。

それらに瞬時に対応しつつ、対象を直接視認することなく高速度走行を維持し続けねばならないのだ。

乗客の快適性に配慮している余裕などは無い。

「二人ともちゃんと酔い止め飲んだ?」

「「飲みましたけど……」」

流石は双子ちゃんだ。見事にハモっている。

「お二人とも、乗り物酔いしやすいのでしたら食事に刺激物を摂取するのはやめておいた方が良いですよ」

駆け付けてきた医療チームが二人に超常医学的なダメージが無いかを調べている。

『ジェットばばあ』の一般的な情報はあるが、あまり詳しいことが分かっていないのも事実だ。

未知の事案的特性を持っていないとも限らないので、詳細な健康チェックは必須だ。

「えぇ……」

「モツ煮が名物って」

「勧めてきたの」

「諏訪先生じゃないですか!」

谷川岳PA名物のモツ煮込みだが、確かに絶叫マシンに乗る前に嗜むのにはあまり適しているとは言い難い。

「なんか皆満身創痍だし、今日はこの辺で切り上げよっか」

「よろしいのですか?」

「うん、あくまで調査と準備の段階だからね、今無理する必要はないよ」

数年間に渡って追い続けてきたのだ。

確実な準備を整えて今度こそ収容してやる


関東第一研究所 第82号交通観測所

関越自動車道関越トンネルを通行するあらゆる事物を観測し首都圏への『事案』の流出入を阻止する役目を持った第82号交通観測所、K1OP-082は正に首都東京の搦め手である。

幕藩の頃江戸の搦め手と言えば川越城がそう例えられることが多かった事を思えば、江戸も広くなったものだ。

首都圏と日本海側を結ぶ主要交通路であり、日本の物流において大きな役割を果たす関越道の虎口とでも呼ぶべき関越トンネルの防備を担う施設であるが故、その規模は首都外郭防衛線を構成する観測所とは比べ物にならないほどに大きく、人員・設備ともに一般的な出張所さえ上回っている。

ここが今回の出張での私達の仮住まいになるわけだが……

「よりにもよって関越かぁ……SAショボいんだよねぇ……」

東京近郊ならばいざ知らず、新潟県の外れも外れだ。

「いやいや、そこまで悲観するほどでも無いでしょう。関越道は美味しいものが揃っていますよ?」

ホクホク顔でHighway Walkerを眺める諏訪先生は恐らく晩御飯をどこに食べに行くか考えているのだろう。

様々な事に精通しているのは知ってはいるが、まさかSAグルメにも通じているとは……流石は『機構』随一の人生エンジョイ勢といったところだろうか?

「へぇ……でも折角なら長岡辺りまで足を伸ばして双子ちゃんの歓迎会も兼ねた宴会したいところだなぁ……」

「そう言っていただけるのは」

「とても嬉しいですけど」

「そんなに暢気にしてて」

「大丈夫なんですか?」

優秀ではあるが、やはりまだ固いのは若き天才研究員として見られながら仕事をしてきた経歴が故だろう。

周囲の大人たちは神童が天才として開花できるように最大限知識や技能を授けて来たのだろうが、それはあくまで業務の手法の面での話だ。

肩の力を抜いて人生をエンジョイするなんていうのは、天才にとっての不純物と見なされても何らおかしい話ではない。

「そういえば、二人って何か食べられないものとかある?」

「有毒なものじゃ無ければ特には……」

そう答えたのは兄の安曇修

「私はスイカが苦手です」

続けて答えた妹の安曇梓

二卵性の双子にしては珍しく、二人は実によく似ている。

メイクでお互いに寄せていけば一卵性の双子顔負けにそっくりになりそうだ。

「有毒食材とスイカを除外……と」

カタカタ……ッターンと片切くんがキーボードを叩く。

「なにしてんの?」

「あ、あの……な、長岡っで、歓迎会を、するのに、よさ……よさそうな店を、け、検索してて……」

時期的にスイカはまだいいとしても、有毒食材を提供している店があったら保健所に通報ものだろう。

「よさそうなとこあった?」

「い、いえ……どこもコロナで……」

「あぁ、宴会は自粛しろってあれかぁ……」

組織再編で歓送迎会需要が高まっているというのにこれだ。

「さっさと雨傘のワクチン打てばいいのに」

「そうですね、生産自体は滞りなく進んでいるのであとは行政次第といったところですか」

「ほんとにね、一番忙しい時期に諏訪先生を出してあげたんだから早いところ片をつけてほしいよ」

「私は楽しかったですよ?」

「だろうね」

まぁモノが完成した以上、『機構』の研究室に出来ることと言えば文句を言うこと位しかないのだが……


関越道下り土樽PAから管理用通路で逸れた先にあるK1OP-084の入り口は外から見れば厳重な鉄扉で塞がれた何らかの管理用トンネルにしか見えないだろう。

しかしその周辺には環境に偽装した各種センサー、監視カメラが無数に配置されており、更にトンネル内部には武装した直協職種調査員が施設への出入りを厳しく監視している。

甲信研究所を見慣れていると感覚が麻痺しがちだが、地形を利用した見事な建築である。

「さて、どうする?」

「どうする?何がです?」

「上と下どっちで行きたいかってこと」

何しろ現在関越道には『ジェット婆』が発生している。

ただご飯を食べに行くために危険地帯を通過するのは賢い選択とは言えないだろう。

「あ、なら下道で」

双子ちゃん兄が答える

逆に国道17号線で、というのも問題がある。現在ハンドルを握っている私は筋金入りのペーパードライバーだ。

いくら湯沢辺りから道幅が広くなるとはいえ、急カーブが連続する急な下り坂を無事に走りきれるとは思えない。

「……運転代わりましょうか?」

双子ちゃん妹がひきつった顔で言う。

「二人とも免許無いでしょ?」

「それじゃあ諏訪先生が……」

「そうしたいのは山々ですが運転資格更新中ですので」

「「そんなぁ……」」

『機構』内の車両操縦資格は原付から装甲車まで、牽引以外の全ての装輪車両の操縦が許可される上に無制限で好きな記載内容の運転免許証の交付を受けられるものだが、十年に一度の更新は外部機関との兼ね合いがあるため非常に時間がかかる。

その間一時的に資格が停止されるため諏訪先生にハンドルを預ける事も出来ないのだ。

存在が秘匿されている私達『機構』である。目立たない為には乗っからざるを得ない新型肺炎対策のために4~5人毎に別れて外に晩御飯を食べに行っている私達だが、私の運転技能に関しては完全に想定外だ。

こんな事なら無理矢理にでも片切くんを引っ張って来るべきだったか……いや、オンラインゲームのランク戦があると言っていたから無理か……

「博士」

「この案件が終わったら」

「装輪操縦課程」

「行かせて下さい」

「うん、人事に言っとく」

しかし、何よりもまずは無事に目的地に到着しなくては……!


新潟県南魚沼市

「ふぅ……おいしかったぁ……」

最近南魚沼市のラーメンシーンが熱いというのは聞いていたが想定を遥かに上回っていた。実に素晴らしい!

「帰り……どうします?」

「正直博士の山道運転よりジェット婆の方が大分ましな気が……」

「そうだね……私も上の方がいい気がするよ」

「では塩沢石打で高速に乗るというのは如何でしょう?」

確かにこの辺りからしばらく、17号線は道幅も広く直線が多い。

湯沢の手前の塩沢石打で関越道に乗れば危険箇所は最低限で済む筈だ。

「それじゃあ出発しようか!」

エンジンに火を入れてヘッドライトを……

「……博士、多分」

「……逆です」

「定番ですね」

勢いよく動くワイパー……

「あはは……ご愛嬌ご愛嬌!!」

さあ、安全運転で帰ろう!

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