33-1.どうすれば宇宙へ行ける!?
コメント欄、感想欄を始めとして、読者の皆様からとても刺激的かつ示唆に富んだヒントの数々をいただきました。読んで下さいました皆様へ、そしてご意見を寄せて下さった皆様へ、感謝を込めて。
宇宙は男のロマンです。
これまでは国家プロジェクトの予算と技術開発がなければ宇宙へは行けない、と当然のように語られてきましたが。
最近では民間でも宇宙へ到達する記録が出てきました。ですがもっと身軽に宇宙へ行くことができるとしたら――?
身軽な宇宙旅行の明日はどっちだ!?
宇宙は男のロマンです。いや女性宇宙飛行士だっているんですが。
宇宙へは国家プロジェクト級の予算と労力をかけないと行けない、という話がありましたが
今回はもっと身軽に宇宙へ行く方法、これを巡る思考実験。よろしくお付き合いのほどを。
さて、一言で“宇宙へ行く”と言っても、果たしてどうすれば宇宙へ行ったことになるでしょうか。
大気圏を抜けること? ――それなら、一般的には地上から100km上昇すれば定義上の宇宙空間(※1)へ到達することは可能です。
距離にして100kmがどれほどのものかというと。
ちょうど東京駅~熱海駅間が104.6kmといいますから、この辺りの距離感です。こう書くと、案外手軽に行けそうな気がしてきますが。
――現実はそれほど甘くありません。
実用の飛行機が主に使用する高度は10000m、要するに地上からたった10kmしか離れていません。軍用機、それもひときわ高い高度を飛ぶ偵察機であっても、巡航する高度はせいぜい25000mがいいところです。要は25kmですね。理由は簡単、これより上は空気が薄くなるからです。つまりジェット・エンジンでは推力を生み出せず墜落してしまうわけですね。
それならば――と考えた人もいるものです。弾道飛行を行えばいいのです。つまり斜め上方へ向かって空気のある限り加速し続け、その勢いで高みへと自分自身を放り上げるわけですね。
2004年9月、民間において世界で初めて宇宙空間への到達を果たした『スペースシップワン(SpaceShipOne)』(※2)は高度100kmへ弾道飛行で到達しました。
この際、賞金制度『Ansari X Prize』の賞金1000万ドルを獲得しています。その受賞条件は以下の通り。
・宇宙空間(高度100km以上)に到達すること。
・乗員3名(操縦者1名と乗員2名分のバラスト)相当を打ち上げること。
・2週間以内に同一機体を再使用し、宇宙空間に再度到達すること。
この『スペースシップワン』、離陸時重量が3.6t、うち実質のペイロードはヒト3人といいますから、どう見繕ってもせいぜい300kgがいいところ、すなわち総重量の約8%ということになります。残り92%はペイロードであるヒト3人を運ぶために費やされる質量ということになります。
で、これだけの装備を用いて実現する宇宙滞在時間はと言えば。
実はほんの数分がいいところ。後継機である『スペースシップトゥ(SpaceShipTwo)』でさえ、目標とする宇宙滞在時間はわずか6分に過ぎないと言います(※3)。これでは宇宙へ行って帰ってくるだけに過ぎませんね。
本格的に“宇宙へ行く”ならば。――それなら長時間滞在できてナンボ、という考え方があります。つまり“衛星軌道に乗って、生命維持装置の許す限り宇宙に滞在しよう”ということですね。
では衛星軌道に乗るとはどういうことか。
単純に言えばこういうことです――無限に遠くまで落ち続ける運動を実現するのです。
――もうちょっと噛み砕いて解説しますと。
水平方向の速度を稼げば稼いだだけ、物体が地表に落下するまでの飛行距離は長くなります――ここまでは容易にご理解いただけるでしょう。
ここでポイントとなるのは、地球が丸いことです。速度を稼いで飛行距離を稼いだなら、無動力でも地平の彼方まで飛べる道理なのです。これを発展させると、“ある速度”まで到達するとこういうことが起こります――無動力で地球を一周し、元の位置へと到達することができるのです。
さらには。
大気の摩擦で減速されるようなことがなければ、この“ある速度”は衰えません。つまりは永遠に落下を続け、無限の彼方まで地球を回り続けることができる、そういうことになります。
これを実現する“ある速度”というのが第一宇宙速度(※4)です。
秒速にして実に7.9kmといいますから、解りやすく時速に直すと28400km/hです。周長40000kmの地球を実に1.4時間(84.5分)で一周してしまう速度、といえばその凄まじさが伝わるでしょうか。
実用機としての世界最高記録を持つ偵察機SR-71(※5)の叩き出した速度は3529.56km/hといいますから、本格的に“宇宙へ行く”には実にその8倍もの速度を稼ぎ出さなければなりません。
ただし、これにしても地球の重力を振り切っているわけでないことには要注意。衛星軌道に乗るということは、落下の曲線が地球の丸みに沿う速度で動き続ける――それだけのことに過ぎないからです。つまり“無限に遠い彼方へ向けて永遠に落下し続ける”わけですね。地球の重力を振り切るところまでには到底及ばないわけです。
ただし高度を上げるに連れて、衛星軌道に留まることのできる対地速度は変わってきます。JAXAの提供しているデータ(※6)によれば、高度200kmでも衛星軌道に乗るために必要な速度は秒速にして7.8kmとありますから、ほぼ第一宇宙速度を稼ぎ出す必要があることには変わりありませんね。
この衛星軌道速度、実は高度を上げるに連れて減少していきます。つまり重力源である地球から離れるに従って、重力の束縛も緩くなるというわけですね。
衛星軌道速度が地球の自転速度と同じ(つまり周期が23時間56分)になる静止衛星軌道は、高度にして実に38万km。地球の直径の実に30倍にも及びます。ここまでくると、衛星軌道速度は実におよそ1.0km/秒にまで下がります。もっとも、そこへ辿り着くまでにはまず第一宇宙速度の壁を超えなければならないわけですけれども。
で、この考えで行けば。
“宇宙へ行く”ためにはひたすら対地速度を稼がなければなりません。“宇宙へ行く”というとよく抱かれがちなイメージは垂直上昇ですが、実際はかなり違います。大気の薄い、つまり空気抵抗の小さい高度までは上昇するものの、あとはひたすら対地速度、つまりほぼ水平方向へ向かって加速しているのです。解りやすく表現するなら、落下地点をひたすら先へ先へと延ばしていることになります。
1969年7月、月へ初めてヒトの足跡を刻んだアポロ11号。これを地上から打ち上げたサターンV型ロケットは実に全長110.6m、直径10m、総重量2721tといいます。
しかしながらこの図体をもって打ち上げられるペイロードは実にわずか118t――一見すると大した能力を有するようで、打ち上げ得る質量は総重量のわずか4.3%に過ぎません。残り95.7%は使い捨て、しかもそのほとんどを化学燃料が占めています。
これが意味するところは――つまり、“ほとんど燃料を運ぶために大推力を絞り出している”と表しても過言ではないわけですね。
詰まるところ、重い燃料を持ち運ぼうとするから巨大になるわけなのです。
では、もっとコンパクトに、もっと経済的に“宇宙へ行く”方法はないのかというと――実はそうとも限りません。これについては次項で考察を巡らせるとしましょう。
【脚注】
※1 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%AE%99%E7%A9%BA%E9%96%93
※2 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AF%E3%83%B3
※3 http://sorae.jp/030201/2016_09_12_vg.html
※4 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%AE%99%E9%80%9F%E5%BA%A6
※5 https://ja.wikipedia.org/wiki/SR-71_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)
※6 http://iss.jaxa.jp/shuttle/flight/sts99/earthkam_01_2.html
著者:中村尚裕
掲載サイト『小説家になろう』:http://book1.adouzi.eu.org/n0971dm/
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