第11話:記録に眠る真実
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崩れかけた石室の裂け目から漏れる、青白い光。
俺は、それに手を伸ばしていた。
温かい。
けれど、炎ではない。
まるで、誰かの記憶に触れているような――そんな感覚だった。
(この熱……どこかで、感じたことがある)
意識の底で、誰かの声が揺れる。
(……侵入の兆し。村の外縁、北側より)
響いたのは、リーヴァの声ではなかった。
もっと機械的で、無機質な、それでいて圧倒的な意志を宿す声――
(これは……記憶?)
直後、光が揺らめき、空間がねじれた。
石室の景色は消え、俺の目の前に広がっていたのは――別の空間だった。
荒れた地平。
鈍く曇った空の下、漆黒の影がゆらめいている。
(……ここは、どこだ?)
俺は確かに、その場に立っていた。
けれど、体は動かない。
声も出ない。
この光景を見せられているだけような、奇妙な感覚。
その中央に、ひとつの影があった。
「……侵入の兆し。村の外縁、北側より」
空間の彼方から響いた声。
女とも男ともつかぬその響きは、冷たい命令のようだった。
その中心に、ひとつの影があった。
堂々たるその背中には、かつて敵として対峙したときの威圧感とは異なる、奇妙な既視感があった。
(まさか、あれは……)
深紅の戦衣を纏い、風を背に、漆黒の剣を構える男。
否、間違いない。
あれは、魔王だ。
(これは……魔王の記憶なのか……)
魔王の瞳には、燃えるような蒼い光が宿っていた。
誰かが記録した映像ではない。これは、意志の残響。
その存在そのものが、この記録の中で【生きて】いる。
「……排除する」
魔王はそう告げ、ゆっくりと歩を進めた。
空が裂ける。
降り立ったのは、漆黒の鎧に身を包んだ神の執行者。
無数の輪を従えたその存在は、かつてレオンが相対したものと同じ、【神の法】を体現するものだった。
「魔王……違反行動を確認。祝福なき地を占拠し、拒絶された者の庇護を継続。これより、制裁を実行する」
執行者の輪が、回転を速める。
だが、魔王はそれを一瞥しただけで、剣を抜いた。
青い炎が、地を這うように広がった。
「――この村は、誰にも渡さない」
言葉と同時に、魔王は突き出された執行者の法剣を紙のようにいなす。
左腕を包む蒼い炎が渦を巻き、まるで意思を持つかのように執行者の剣へと絡みついた。
蒼い閃光が弾け、神の加護を帯びた刃が音を立てて崩れ落ちる。
「防御……破られた? この数値は……誤差……エラー……」
執行者の輪がひとつ、音を立てて崩れ落ちる。
「排除――対象を、排除――」
だが、魔王はそれを待たずに踏み込んだ。
瞬きの間に距離を詰め、執行者の胸部を貫いた剣が、蒼く閃く。
その刹那、執行者の身体が粒子となり、風に消えた。
残されたのは、焼け焦げた大地と、ひとりの魔王だけだった。
燃え尽きる風景の中、魔王の視線が、まっすぐにこちらへと向けられた。
誰かに語りかけるような、だが確かに自分を見ていた。
「……この地を見守る者が、俺以外に現れるか」
その声が、確かに胸に届いた。
「いるのならば、今度はその者が、何を選ぶのかだ」
記憶の残響が、耳に残っていた。
記録の世界が、ゆっくりと崩れていく。
「……あれが、魔王の【意志】だったんだ」
現実へ戻ったレオンの隣で、リーヴァが呟いた。
「選ばれなかった者たちを守るために、神の執行者と戦った。彼女は最後まで、この地を――人を、見捨てなかった」
手の中の水晶球が、光を失っていく。
その記録は、もう一度再生されることはなかった。
けれど、胸の奥に焼きついたあの蒼い炎の残像は、決して消えることはなかった。
あれは確かに、守る者の剣だった――
俺が壊してしまった、希望のかたち。
だが、まだ――取り戻せるのかもしれない。
「俺はどうして魔王と戦っていたんだ……」
レオンの呟きに、リーヴァが微かに笑った。
(それを、これから知っていくのさ。残された者としてな)
風が吹いた。
かつて蒼い炎が護ったこの地に、再び静寂が訪れる。
◆◆◆
その頃――
長い山道を越えた先、霧に沈む山腹に、崩れかけた石柱群がひっそりと立ち尽くしていた。
苔むした礎、割れた柱、崩れた天井――祈りの気配はどこにも残っていない。
かつて神に選ばれたこの場所は、いまやただの瓦礫にすぎなかった。
「……ここが、かつての聖地……アスレイン旧神殿」
セラフィーナは風を避けていた外套のフードを脱ぐ。
隣には、竜骨盾を背負った守護戦士フィラの姿。
彼女は周囲に気配を張り巡らせながら、神殿の様子をうかがっていた。
「……おかしい」
足元に、何かが転がっていた。
それは――祈り虫。
神気に反応して生まれる、神の加護の象徴。
本来なら私たちを歓迎するように浮遊してくれるはずだった。
(どうしてこんなことが……)
しかし、今その身体は、何本も足をもぎ取られ、胴を潰され、地に貼りついていた。
その体から漏れる微細な光すら、濁りを帯びている。
「誰かが、祈り虫を切り刻んだ? そんなこと……」
さらに奥へ進むと、破れた神官服に身を包んだ神気残響体が、壁に凭れかかるようにして倒れていた。
その霊体はすでに崩れかけ、かつての威厳も、神気も、残っていなかった。
瞳も虚ろで、ただ唇だけがわずかに震えていた。
「神……は……どこへ……」
断末魔のような言葉を残し、残響は光の粒となって消える。
その光も、どこか苦しげに揺らいでいた。
「ここで……何が……あったの……?」
セラフィーナは胸を押さえた。
ここは、祈りの場ではない。
神に選ばれし地ではない。
――神は、もうこの地を見ていない。
それが疑いようのない現実として、彼女の中に突きつけられていた。
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