91話 第五真相:トモガラ
がんばりました。またお迎えが見えましたが、のぞきこんでくるやつよりはマシ。あれいつでもいるからなぁ……
どうぞ。
ある少年は、ずっと考えていた。
――どこへ行っても、すぐに友達を作れる。けれど、すぐに死んでしまう。彼らと友達でいるには、どうすればいいだろう?
空から降り注ぐ災いから逃れるため、彼らは逃避行を続けていた。マーレスが出現する場所はある地域に限られているため、逃げること自体はたやすい。しかし、マーレスを倒す手段が確立されていない以上、出現した数だけ惨劇は繰り返される。
友達を作ることはちっとも難しくない、と彼は考えていた。ところが、誰と友達になっても、自分だけが生き残る。圧倒的な才能の違いは、彼ひとりだけの生存しか許してはくれなかった。彼が逃げる速度、彼が放つ魔法の強度、異常なまでに卓越した才能は、彼が好かれる原因でもあり、また彼が孤立する原因にもなった。
――大人たちが使う術を洗練してはどうだろう? あの人たちは術を複雑にしすぎるきらいがある。僕なら、きっとうまくやれる。
マーレスに侵された土地は二度と元には戻らず、人間も同様である。
骨を中心とした亡骸へ仮想霊体を宿す降霊術は、かれらの労働力を支える主な手段であった。ゆえに研究は非常に先鋭化され、並み以下の才能としずく程度の魔力しか持たぬものであっても、降霊術を使うことができた。
彼は、マーレスに襲われた人間の一部を持ち帰った。完全に侵されてしまえばそれはかの液体と同義であり、敵となる。たとえ死を迎えたとしても、魂は空や地をめぐってある場所へ着地し、ふたたび生を得る……かれらの宗教観に基づけば、魂が真に死することはない。肉体の一部が残っていれば、降霊術の対象となる。
彼は術式の解析を行い、それがひどく都合よく作られていることに気付いていた。
――単純な知能しか持たない霊体は、たしかに使いやすい。けれど、ありふれた霊体を骨に宿しても「ともだち」にはなれない。
記憶のすべてを宿した霊体を降ろす術式は、しかし、ことごとく失敗した。いくつかの失敗を重ねるたび、彼は学習していった。
死を経験した魂は人のそれではなくなり、次第に分解していく。記憶や知性をなくした魂は、二度と元には戻らない。彼の友を術式によって蘇生することは、ほとんど不可能であった。世界法則に歯向かうことは、彼にとっても本意ではない。なにより、それが失敗であることは天才たる彼自身がもっともよく理解していた。
行き詰った彼は、ふとある可能性に思い至った。
――逆の考え方をすればいい。霊体に知性を付与して、新しいともだちを作ることはできないだろうか? 仮想人格……あるいは、仮想英雄とでも呼ぶべきか? マーレスに対抗しうる戦力を新造しなくてはならないのだから、不壊の魂と肉体が必要だ。
安定性を高めるほど鈍くなり、強いほど消費が激しくなる。すでに開発されていた戦闘用の骨人形は、術師ひとりとかたく結びついていてなお、一時間稼働できるかどうかという激しい魔力消費を強いていた。
敵から稼働エネルギーを奪い、高い知能を持ち、自立稼働できる骨人形。彼の作ろうとしたものは、望むような完成をみなかった。仮想英雄はひどく扱いづらく、外部からの制御を受け付けないうえ、停止できない。マーレス撃退のめどが立ってなお、人類はさらなる苦境に立たされることとなった。
それでも、人類側が攻撃に打って出ることができたのは事実。かれには、最強たるマーレス、星ひとつを喰らいつくした頂点「メガセリオン」を打倒するものを作れ、という指令が下った。さすがの彼も苦心し、仮想英雄に付与する情報に頭を悩ませた。
――何を書けばいい。書き込むことができたとして、どう実行させればいい。すでに数十億を滅ぼしたものを前に、たった一人で何ができる。情報は、万能ではない。
一騎当千の戦士を骨人形に宿したところで、じっさいに千人を相手取れるわけではない。戦ううちに強化されてゆき、結果として千人を打倒しうる力を得るだけのことだ。最初からメガセリオンを倒すほどの力は、ちっぽけな霊体が宿すことのできる限界をはるかに超えている。
そこで、彼は敵を模倣することにした。ひとつの星、そこに住まう生命すべてを喰らいつくして際限なく巨大化した化け物……それに対抗するために何をすればよいのか。答えがあるとすれば、ただひとつだろう。
――メガセリオンに含まれるリソースの計算が終わった。戦って吸収できるエネルギーと合わせて、世界に存在する霊魂の四半数、これを融合することで……メガセリオンを滅ぼす仮想英雄は完成する。
――何より親しい友、そして幾多の亡骸を素とするもの。君がどのような形で、何を為すのかは、もはや計算のしようもない。無限にも近い混沌のなかから選び出される行動が何なのかは、……いや、目を背けているだけか。
――〈トモガラ〉。君が、私以外の誰かから友と呼ばれる日を……待ち続ける。
数百万を超える死骸が集められ、異様な臭気が立ち込めるなか、ドームひとつぶんはあろうかという亡骸はごくごく小さく収束して、振袖の少女が目を覚ました。
少女は、記憶の中にもっとも多かった光景――血に染まる死を、再現した。あまたの再現を経て稼働エネルギーを蓄え、いよいよ獲物が少なくなったところで、少女は自分を狙ってくる怪物へ刃を向けた。記録を残すものはすでになく、結果は不明瞭なれど、両者はすでに存在しないものとされている。
噴き出す鮮血、ひらめく刃、あるいは死を揺り起こすもの。
何かの拍子に、その紅はふたたび舞を始めるやもしれぬ。




