90話
また二時間クオリティ……
どうぞ。
できるだけ早く、しかも打ち合わずに戦いを終わらせられる方法――ちょうど今の状況にふさわしいライヴギアは、いちおう持っていた。
「ぶっつけ本番、だね」
『意図的にバカやんのもいいが、こっちが損しねェようにしてくれよな』
「……うん」
ものすごく耳の痛いことを言われつつ、「裁刀の型」を実体化する。
『なんだ、紙が何か分からねェくらい塗ってんなァ?』
「ほかのやつが薄すぎたみたいだよ」
もともとの色がある程度付いていたり、あるいは引き立たせる塗り方だったりしただけで、ライヴギアはある程度色が決まっているものだ。またピュリィに言ってコーディネートでもしてもらおう、と思いつつ、緑を帯びた水色の刀を握る。
「聞かせてくださいな、ね?」
「聞こえるかな? ちょっと疑問だけど」
発動した〈一刀隼風〉は、自分でも驚くほど速かった。続けざまの〈突渦蒼莱〉は、異常なまでにスムーズに、心臓を捉える。
スピード特化の「裁刀の型」は、ひどく偏った性能をしていた。本体性能も変わるうえに特技の初速が倍近くまで上昇し、「相対速度の低下」……疑似的な時間停止まで引き起こすという、狂った性能を持っている。あるボスを倒したのちに入荷した素材を使うとはいえ、この性能はやりすぎだろう。
しかし、デメリットも大きい。
「あら? 血の匂いが」
『おい、なんで何もしてないときに耐久値が減ってんだ?』
アズラ・モメント、あるいは「ミュージアムブルー」。ふつうの絵の具や顔料、色水を濃縮したものなど、紙のライヴギアが使う「色彩」はさまざまだが……異常な性能を誇る刀が持つ色は、それもまた異常だった。
揮発性のガスを含むため、アズラ・モメントは精製して数時間で新鮮な色味を失う。そのため、この塗料が使われたありとあらゆる物品は“あお”という色に見えない、というのだ。アンプルとして保存された、使用前の状態を展示したものしか“あお”に見えない、時が動き出せば崩れ去る色――。
「一分間しか使えないんだ、これ。アンプルの数は四本だけだし」
『火力が足りてねェぞ! どう倒すんだよ!?』
「生き汚く戦う、とかね」
「ほんとうに生き永らえられまして? その血の匂い、気になりますわ」
冴えた感覚がなくても、ふわふわと立ち昇る受傷エフェクトは見えるだろう。相手の感覚では血の匂いらしいそれは、絵語によるものだ。
気にせず、敵の数倍の速度で刀を振るい続ける。敵に傷がつくたび、こちらにも傷が生まれる……絵語「修羅血禊」は、攻撃力や速度にすさまじい補正を与える、かなり有用な絵だ。ところがその代わりに、ライヴギア所持者が行った罪がなくなるまで、ダメージ量に応じた自傷ダメージを受け続ける。
「いろいろやってるから……言い訳も逃げ隠れもしないけど」
私闘での殺戮は、まず間違いなく犯罪だろう。そのあとの死体あさり、あるいは強盗ともとれる行為もそうだし、相手が引退したからと横領した物品を使っているのも大問題に違いない。志願者の中でも、俺はかなりヤバい方の人物なのだ。
「けれど、この聞こえもよいものですわ。もっともっと、この時間が長引きますように」
「いや、それは嫌だけど」
あたたかな微笑みが、ゾッとするような狂気を帯びていく。
一発目の〈四葬・無明鴉〉を叩き込んだところで、一本目の「アズラ・モメント」アンプルが消滅した。




