88話
母はすぐ回復しましたが、今度はよくうちにくる野良猫ちゃんが病気したり職場でのストレスがヤバかったりでなかなか更新できませんでした。というわけで予定していた展開を先にねじ込む。
どうぞ。
美しい湖畔を歩いていくと、意外に早く「金属」の正体が分かった。
「これ、矢じり……戦った後だ」
『えらくアナログな武装だなァ、文明が進みまくった年代じゃねェのか?』
「そうだよね。何、というかいつを再現してるんだろう」
『解析しても分かるもんじゃねェよ、データベースだろうが世界は世界なんだ』
メタバースや仮想世界を舞台にした作品だと、ハッカーはそれを構築するプログラムまで解析できるのが当たり前のようになっている。けれど、ノイスの持つ権限はそこまで高くないようだった。思ったよりも、体に縛られているようだ。
「ほかに痕跡はなさそうだし、これだけだよね」
『新しいのはそうだが、それよりも……あれに引き上げたんじゃねェか? ほれ』
ノイスが示した方角には、ちょうど軌道エレベーターのようなものが浮かんでいた。
人間が全員避難できたらこんなものはないはずなので、たぶん、知能を持つモンスターか何かが争った形跡なのだろう。
『ちょっと待て! 金属じゃねェ反応があるぜェ、俺と同じ星霊だ!』
「なんで!? 後付けで作られたものなんじゃ……!」
知らねェよ、という反応に少々がっかりしつつ、足早に進んでいくと――骸の山があった。頭蓋骨、大腿骨、脊椎に肩甲骨……はっきりと分かるのはそれくらいだが、種類は何もかもごちゃまぜで、すさまじく損壊されていた。
とてつもない重量で破砕されたような傷もあれば、ゾッとするほど鋭い刃物傷もある。見たところ噛み傷や爪痕はないので、これは武器の残したきずあとだ、と判断できた。相手の武器がどのようなものかは分からないが、力のほどはなんとなくわかる。
「ゾードさんがいたらなぁ……そうじゃなくても、錫児さんかピュリィ……」
『ワープしてこられる場所じゃねェだろが』
シミュレーターを使ってある程度手抜きはされていても、ゲームの演出は、情報量が多いほど凝っていると考えるのが自然だ。ボスモンスターが出てくる前から、使用武器が類推できたり能力を匂わせたり、これでもかと強さを示している。初手から負ける可能性があるほどの難敵だ、と……ステージそのものが訴えているのだ。
ひどく軽い音が、耳に響いた。
ぱき、ぽき、と――乾ききった骨を踏み潰す音が、こちらへ向かってくる。屍の山がさらさらと砂に還っていく中で、吸い尽くされたエネルギーは人間大の箱へと変わっていった。結晶化を早回しにしているかのような、映像めいた嘘くささで、命を奪われたものから形さえ奪ってそれはできあがっていく。
[星霊〈トモガラ〉(GC)と遭遇しました]
「やばい、ゴールドクラウンだ……!」
『まともにやれる相手じゃねェぞ、こりゃあ』
濁った灰色の亡霊が三体現れて箱を取り囲み、順繰りに手をかざす。すると、液体がずるずると変形してフィギュアの原型のような灰色の物体に変わった。徐々に完成していくディティールは、振袖を着た少女のように見える。
とん、と叩かれた箱が透かし彫りの灯篭のようなものに変わったかと思うと、瞬時に収縮して振袖に焼き付き、無機質な線が咲き乱れる図柄になった。同時に色づいた少女の頬が、こちらを見てほんのりと赤く染まる。すうっとかざした手に、さほど大きくもない武器が現れた。長さで言えば三十センチほど、深紅のそれは、乙女の振袖には似つかわしくない凶悪な曲線を描いていた。
「手斧!?」
『俺は役に立たねェ、先に言っとくからな!』
やわらかな笑顔が、手斧をこちらに向けた。
「うふふ。聞かせてくださいな」




