86話
また職場で倒れてしまいました。なんなんだよこの体はさぁ……
どうぞ。
べん、とかき鳴らした音が〈弓張月〉となって虚空を駆ける。かなり強力で三発いっきに撃てるが、クールタイムは六秒もある――ガツッと集団に突き刺さった弧は、数体の魚を消滅させて効果を終えた。
『悪手だろ、そりゃ』
「牽制っていうか、テストだから……」
思ったよりも強いが、切り札とか反則というには足りない。あくまで技のひとつで、ほかの特技に織り交ぜて使うくらいだろう。対レイドボス専用だとゾードに言われた通りなのか、自力での攻撃はあまり強くないようだった。
「対多数戦ならと思ったけど、あんまりだったね」
『なんか実績でもあんのか? あのムチのが強ェと思うがね』
ログを閲覧しているわけでもないらしく、ノイスは不思議そうにしていた。
「ダメージ散乱がどのくらい通用するか、ちゃんと調べないとね」
敵の数はすさまじい。打撃はそれなりに通用しそうだが、一人で倒すにはあまりにも多すぎる……そこを覆せるのが、あの〈柳尾の型〉というわけだ。受けたり避けたりが通用しないようなら、火力でいっきに叩き潰すのが吉になる。VRだろうと「火力が正義」というネトゲの常識は変わらないのだろう。
ライヴギアを組み換え、衣装を切り替える。
服装はともかく、強さをある程度察知したのか、間近に設置されていたウミユリが奇妙にざわめきだした。扇動された古代魚は、編隊を組みながら前進してくる。
『前面は確かに硬ェが、完全にガチガチでもねェらしいなあ』
「ちょっとでも止めてくれたら、それでいいからね」
鉄板を展開するモーションに割り込むように、ノイスの放った魔法がわずかな隙を作った。そこへ〈バードキャプター〉を滑り込ませて、一匹を横へ振り回す。もともと浮遊しているせいか重力には従わず、独特な慣性を持ちつつ横っ飛びに飛んでいった敵は、群れをかき乱しながら壁に激突した。
続けざまの〈ヒドラスイング〉と〈サイドワインダー〉は、敵の群れを完全に奮い立たせ、ファランクスのような陣形を組んだ突撃の構えをとらせてしまった。そして、前面を融合装甲で固めた古代魚は、すさまじい推力で突っ込んでくるが……
『安いアンテナ使ってやがんなァ? 技名言う前にハックできちまったぜ』
「分割演算もできるんだ! いいね」
俺の横をすり抜けて、曲がり角の壁に突っ込んだ。
尻の方から〈ヒドラスイング〉を受けた融合隊は、激突のダメージも相まって一瞬で消滅した。そして、余剰ダメージが群れ全体に拡散していく。
『モノホンの生体アンテナは後生大事に奥にある、ほかは安物の機械だけだ。好きにやってても倒せるぜ、こんな雑魚ども』
「ふふっ、ノイスを選んでよかったよ」
新技の〈コブラレイジ〉で逃走をわずかに止めて、〈サーペント・スパイラル〉で思い切りかき回す。乱射された魔法もそれなりに威力を発揮し、敵を次々に倒していった。
精鋭らしい弓矢のような古代魚、そして異常にリアルなウミユリは、光線のバイパスをしてこちらを狙ってきた。
『演算能力が桁違いだなァ! こいつ一体であの群れを統率してたみてェだ!』
「どういう関係なんだろうね?」
イソギンチャクを守るクマノミのような、共生関係なのだろうか。
四方八方から光線がやってきて、ノイスも俺もあまりかわせていない。群れを相手取るならともかく、〈柳尾の型〉はこちらには通用しないようだった。すぐさま〈調弦の型〉に切り替えて、〈啾々たる結び〉で光線をすべて止めた。
『なんじゃそりゃあ!?』
「強いでしょ?」
ブレイブによる強化はまだ残っているので、敵の動きがにぶっている隙に〈一刀隼風〉を叩き込んで瞬殺する。ノイスに撃たれてわずかにのけぞった敵には〈紅葉落とし〉を入れて、突進しようとした敵を〈雉啼即〉で仕留める。銃っぽい技名なのだが、なぜか刀に入っていた。
「〈四葬・無明鴉〉!!」
ウミユリの首元に四連撃を叩き込むと、ちょうど花のように触手が広がる部分が切断され、宙を舞ってから光の粒になって消滅した。
「倒したね。先に……」
『マイマスター、この先は行かない方がいい』
「ん、どうして?」
『空間アドレスがきちんと読み取れねェんだ。大気の組成も、微妙に変わってきてる』
どうやら、異空間につながっていると言いたいらしい。
「ノイス、紙の強みは「補給がしやすいこと」だよ?」
『行く気なのかよ……ま、察しがついてるんで構わねェんだがね』
妙にさわやかな風を感じながら、俺は進んでいった。
〈柳尾の型〉 ライヴギア:紙
コアレベル:32
心材:「吹溜軽骸」
色彩:「ドミネイタープランツ」
絵語:「由縁無影」
被覆:「篠片条込」
耐久値100/100
ムチと手枷・足枷の形をしたライヴギア。「伝播」の性質を持ち、自身の攻撃で死亡した敵の余剰ダメージをほかの敵に与えることができる。ムチカテゴリの特技を付与し、強力な打撃力を持つ。かなり上等な和紙が被覆に使われているため、長持ちするうえ攻撃力が非常に高い。




