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【更新停止中】アクロス・ザ・ナギノクイント  作者: 亜空間会話(以下略)
2章 みゆきひらひらふるるよる
55/191

55話

(2023/10/3 情報を追加)


 どうぞ。

 目隠しとベール、それに花飾りと体のあちこちに巻きつけたリボンのおかげか、ピュリィと並んで歩いている俺が誰かは、誰にも分からないようだった。年若い痴女が並んで歩いているので、絵面はとんでもないことになっていると思う。


「ね? このふわふわ、分かるでしょう?」

「ちょっと分かる……」


 コスプレをする高揚感とか、べつの人間になったような……もしくは、自分がじゅうぶん魅力的なのだと思わされる言葉が届く、どこか背徳にも近い喜び。親しい人から言われるそれとは違う、遠いところからの言葉だからこその説得力があった。


「そういえば、紙使う人のほとんどはサモナーだって聞いたんですけど……そういうのは使わないんですか?」

「近いものは使えそうな気配あるんだけど、部品が揃わなくてさ。最適解があってそこからの劣化版、って言われると、どうしても」


 召喚獣に戦わせられるタイプのライヴギアは、現状だと骨・液体・紙の三種類がある。本体よりも強いモンスターが直接戦うのが骨、特殊な性質で本体をサポートするのが液体、使い捨ての駒にするのが紙だ。身代わりにもできる砲台みたいなもの、というと「召喚獣」なんて言い方は似合わない。


 そして、課金して手に入る部品を組み合わせることで完成する〈十精の型〉は、凄みさえ感じるほど割り切っている。本体が放つのとほぼ同じ威力の魔法を、十体ほど召喚した式神から偏差射撃できる――式神自体はさほど強くなかったり、本体が覚えていない魔法は撃てなかったりするが、どう考えても過剰戦力だ。


「直接戦った方が強いのは、あるかもしれませんね」

「そうなんだよ……そっちの方が大きいと思うけど」


 少しだけうつむき、アトリエに向かうミルクティー色の足を見た。実際その通りだ、とすとんと落ちるものはある。魔法の偏差射撃が弱いとは言わないのだが、そのあいだ本体が何をするかと言われれば、狙いをつけたり移動させたりといった行動が主体になる。それは、サモナーというより魔法使いだ。


 そして何より、コストダウンが難しい点は避けられない。刀を誰より上手く扱って低燃費で戦うという「実績」は、何より楽しい効率化だった。


「そういえば、サナリが「危ない絵が入った」って言ってました。たぶん絵語のことだと思うんですけど」

「危ない絵かぁ。使えたら何でもいいよ、聞いてみよう」


 話しながら、「アトリエ・ちゃんぽら」に到着した。いつも通りの変な臭気と材料置き場の様子は、見本市としてもなかなか面白い。マニアが来たら、しばらくこもってしまいそうだ。


「ときにザクロさん、リアルの呪いってどのくらい知ってますか?」

「んー……? ぜんぜん、調べたこともないし」

「そうでしたか。そういうものみたいなので、事前知識として」

「ありがと、聞くよ」


 危ない絵とは、と思っていたら呪いの絵らしい――と思っていたら、大真面目な解説が始まった。


「現実にある呪いのアイテムって、いろんな理由でそうなってるんですけど……そう言われやすいのは、「持ち主が死ぬ原因になったんじゃないか」って思われたときです」

「ずいぶん、あいまいな言い方じゃない?」

「火災の原因が寝たばこでも、ふつうは「呪いの寝たばこ」になりませんから。殺人事件に使われた凶器でも、警察がしまい込んで二度と出てきません」

「……そこから続いて、ってこと?」


 違います、とピュリィはかぶりを振った。


「人が死んだ現場で何度も同じものが目撃されて、なおかつ本当に同じものだと決まったとき……それが疑いから確信に変わると、呪いが成立しちゃうんです」

「そんなことってあるかな?」

「いくつもの火災現場で唯一焼け残っていた絵、というものが実在するそうです。有名な宝石のほとんども、奪い合いの歴史の中で幾度となく血を浴びてきたとか」

「ほんとにあるんだ……。それで、絵の話は?」


 まだ見てません、と少女は笑った。


「あくまで可能性の話ですよ。危険って言ったら、そのくらいかなって」

「そう……そうか、そうかも」


 ライヴギアの部品はすべて、「現地で調達できる物品」だ。そして、ある程度までは自在に変形する。最初に手に入れた「仕損粗紙」も、「何かしら失敗した粗悪品」という名前の通り、安定して同じ形に整えてあるわけではない。くしゃくしゃだったり、同じ並べ方ができなかったりもする。


 そのうえで「危ないもの」なんて、いったい何なのかほとんど想像できない。形や材質はどうとでもなるし、俺が使う紙の場合でなくても、重量もほとんど関係ない。となれば、まともに扱えない理由は「いわくつき」くらいしかないだろう。


 サナリのラボである突き当たりの部屋に行くと、ツナギの童女は「よく来たなっ」と笑顔で出迎えてくれた。


「共鳴でも目指しているのか? まあいい、君は紙を使うんだったな」

「ええ。ピュリィが「危ない絵」って言ってたんですが……」

「そうとも。ライヴギアに付与する性質としては「伝播」のようなものだ、と解析はできたっ。そうとう強力になると思われるのだが、ひとつ問題があってな。絵そのものに霊魂が宿っているようなのだ!」

「絵に霊魂って……どういうものなんです」


 これだっ、と示された絵は掛け軸で、どうやら日本画の形式で描かれたものだった。ひょろひょろとゴツゴツを両立した奇妙な柳の木と、その下に立つ不可思議な表情の女性……白装束と足のない様子を見れば、それが何かは明白だった。


「幽霊画、ですね……」

「言うほどでもないが、いわくつきと言えばそうなのだ。見ての通り、さして良質でもない絵なのだがっ」

「辛辣……」

「これは、複製品のうちのひとつ。この惑星の開拓以前から複製品が作られ続け、すべての博物館に所蔵されている、などと噂されているのだっ」


 言っていることがよく分からなかった。


「つまり、どういうことですか?」

「自分のコピーを作り、環境に適応したバックアップを取ろうとするっ。いうなれば、これは絵という形を取った生物なのだ!」


 幽霊画「由縁無影(ゆえなきかげ)」は、増殖する――人類の生存圏すべてに、一定の密度をもって存在する。使うとか使わないとか、そういう話ではなかった。


「ゆえにっ。君はこの生物に対して、“存在”以外の道を示さなければならないのだ。世が世なら調伏とでも言おうか、自らの用途に沿うよう調教せねばならないっ!」

「いや、そんなばかな……」



[クエスト「ミーム収束#12458155」が発令されました]

絵語:由縁無影(ゆえなきかげ)

 敵が複数体いる場合、討伐時の余剰ダメージはもっとも近い距離にいる敵に伝播する。ダメージ量は減算されない。


 人の抱くイメージは、学習によって左右される。ある人の思い浮かべるものが何よりも新しいと決めることはできまい――そうであっても、繰り返しの行き尽く末にある価値を見出すことはできないけれど。

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