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23話

 どうぞ。

 もにぅ、とやわらかい感触があった。寝返りを打って、カーテンの隙間から漏れる朝日に気付く。


「ん……そっか」

「ん? おふぁよ、カリナ……」


 起きてすぐ、ゆったりしたパジャマから着替えて、昨日のふわっとした服を着る。


「お出かけってこれでいいかな?」

「だめだめー、これルームウェアだから。外出る格好じゃないよ」


 またもや姉のカスタムを受けるのか、とちょっと警戒したのだが、それよりも先に朝食を食べることになった。小さめの米粉食パンとハムエッグ、ジャム入りのヨーグルトをちゃちゃっと平らげる。前から小食だったからか、いつも通りの量でも変わらない感覚だった。


「ご飯の量、だいじょうぶかしら」

「うん。ほんと、いつも通りって感じ」


 多くもなく、少なくもない。胃袋の大きさはとくに変わっていないのか、ほどほどの満足感で朝ごはんが終わる。顔を洗って歯磨きをして、いったん部屋に戻った。


「最初はちょっと長めのスカートで慣らそっか。いきなりはきついよね」

「足、だいじょうぶかな……?」

「あんだけ出してていま言うか」

「それもそうだけど」


 改めて、ルームウェアで外に出るものじゃないなと思った。太もももかなり出ているし、全体的にだぶついていて、あんまりきれいに見えない。そうこうしているうちに、外ではかっこいいと聞いていた姉のタンスから、やたらふわふわした服がいくつも出てきた。


「こんなの持ってたんだ……」

「お清楚ぶりたいときもあるの、たまには」


 もとから色黒で背も高いので、姉にはペールトーンやふわふわした服は似合わないらしかった。コントラストをくっきりさせる、というほどはっきりしたガングロでもないので、服選びでちょっとへこんでいた時期もあった気がする。背格好や体形はわりと似ているのにこっちは色白なので、そういう服は渡すね、と言ってくれた。


「服は何着かでいいと思うけど、問題は下着の方かなー。共用とか無理だし、サイズも微妙に違うっぽいから、ちゃんと買わないと」

「共用って……」


 性徴顕化前は、そんなに気にもしていなかった。体形にも特徴がなかったから、そういうことを真剣に考える機会がなかったからだ。いちおう姉から借りた肌着はきちんと合っている気がするけど、違うらしい。


「本音言うとあたしが見たい。っていうか似合うもの自分で選ぶ力付けて」

「あ、うん。大事だよね、これから」


 ゲームの中だとわりとやってきたことだけど、リアルの自分の体は思いやってこなかった。そんなに大事だとも思っていなかったし、大事にしなくてもやってこられていた。これからは、すこし違うのかもしれない。性能や技構成ではない、新しい基準を身に付ける必要がある。


 ドレープがついたブラウスとフリルのついたギャザースカートに身を包んで、母さんが「採寸行くわよー」と言っているリビングに降りていく。


「ちゃんと似合うわね。よかった」

「姉ちゃんのおかげだよ。いつか、自力で……」


 男物のスニーカーは、ちょっと形が合わなくなっていた。仕方がないので、姉の靴を借りる。似た形がいろいろあって分かりにくい靴で、ちゃんと見分けることはできなかった。


「近くのお店だし、おんなじような子もいっぱい相手してるから安心よ。なにせ、高校生になる年って性徴顕化がいちばん起こりやすい時期だもの」

「中学二年から高校一年までくらい、だったよね……ちょうど買い換えられる時期でよかったよ、ほんと」


 途中で制服を仕立て直す羽目になったとか、色恋沙汰がぶっ壊れたとか、そんな話はあちこちに転がっている。ちょうど人間関係がある程度リセットされる時期で、かつ制服も新しく作る直前だった。いろいろと入用になる季節に大きな変化が起これば、そのままスライドして予算を使えてしまう。びっくりするほど都合のいい展開だ。


 父さんの車に乗って、近場の洋裁店に向かう。中学の制服を作ったときにも行った、優しいおばさんがいるお店だった――ような気がする。日々のゲーム漬けの生活のせいか、あまり興味のなかったリアル事情はそこまで覚えていないのだ。すぐに品のいい店構えが見えてきて、「そっか、ここだった」と記憶がよみがえってきた。


 お店に入ると、記憶にあるご婦人が「あら、いらっしゃい」と笑顔で迎えてくれた。


「そうね、性徴顕化(はっきり)したんだったわね。確か、……」

「天海、カリナです。今日は、よろしくお願いします!」

「ちっちゃい子だったのが、もっとかわいらしくなって。こちらこそ、よろしくね」


 体のあちこちに巻き尺を当てて、くるっと体に回したりしゃっと縮めたり、また伸ばしたりと緊張する時間が過ぎていった。


「バストが82もあるからかしらね、ちょっとむっちりね。でも、VRゲームやってる子は細くなってくそうだから。ふつうにしてたら、もっとずっと魅力的になっていくと思うわ」

「……そう、なんですね」


 ごまかそうとしたけど、ちょっとずつにやけてきてしまう。自分でも何が嬉しいのかよく分からないが、気持ちがぽかぽか暖かくなっていくのが分かった。


「背はもうちょっと伸びるかしらね。腰回りはもうちょっとだけ余裕をもって、そうね、余計なお世話かもしれないけど、ある程度きれいな体形が保ててるかどうか分かるようにしときましょうか?」

「そうしてください。きっと、その方がいいと思うので」


 なんとなく……本当になんとなくで、具体性なんてかけらもないけれど、きれいでいた方がいいなと思った。どうせゲームばかりやっている身だから、体形も健康も保つ必要なんてありやしないのだが、そうではないと思えた。


 カルヤではなくて、カリナとしての思考。


 きっと、これがはじめの第一歩だった。

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