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188話

 どうぞ。

 女子の着替えは遅いなぁ、と昔は思っていたけど、いざやってみるとしょうがない部分の方が多い気がした。髪の毛を拭いてもそんなに乾かないし、まとめているのをほどくタイミングも難しければ、脱ぐのも着直すのもめんどくさいものばかりだ。


「かりなん、髪の毛にタオルくるっとしといた方がいいよ。けっこう水垂れてきて、めっちゃ気持ち悪いから」

「ん、ありがと。そんなに長くないのにね……」

「前は髪の毛、やっぱり男の子みたいにしてた?」

「うん。伸びても襟足にかかるくらい」


 長髪と呼べるほど伸ばすこともなく、何がいいからどうするといった考えもなかった。したい髪型はゲームの中でいくらでもできたし、だからと試しても何が合うと感じたこともなく……要するに、自分の姿にこだわりがなかったのだろう。バーチャルでばかり凝った姿になって、現実に何もしない人は「リアルが仮想現実(あっち)」という意味で「RVR」とか「ラヴ()」と呼ばれてしまっている。


 俺もそうなりかけていたんだなぁ、と今さら実感しつつ、まだじっとり水分を帯びた髪の毛にぽんぽんとタオルを当てた。今から部活をやろうとは思わないけど、水泳はかなり楽しい。水着も思ったよりきちんとフィットしていたから、あれこれの引っかかりよりも楽しい気持ちが勝っていた。


 その後の授業はかなり眠くなってしまって、あんまり集中できなかった。お弁当食べたあとでよかったな、と思いつつ、授業が終わると微妙な脱力感だか疲労感だかが残る。


「部活行こー、かりなん。けっこう眠そうだったけど」

「ん、だいじょうぶ。ヅノくんは?」

「半分くらい寝ちゃってたよ。水泳もやっぱり……僕は苦手だなあ」

「そうなんだ? 体育で得意なの、……ない?」


 悲しそうにうなずかれてしまって、話の持っていきどころがなくなってしまう。


「あ、そうだ。男子的には、ああいう感じの水着ってどうなの?」

「ちょ待っ、答えるの難しいよそれは!? 三人とも違う立場なんだからさ」

「ん? あー、それもそっか。男子と女子と、いま女子」

「う……じゃあえっと。天海さん、抵抗とかありそうに思ったんだけど、着こなしてたね。その、セクシーだったし……」


 言っちゃってるよー、とトキノは苦笑する。


「男はボディーライン出てなくてもエロいって言いだすから……! でもやっぱり、いい感じに生々しさが隠れてて、綺麗だなって思った」

「へー。透けてるのは?」

「キラーパスやめたげなよ……」

「も、黙秘で……!」


 気になったけど、答えてもらえなかった。




 いつもの部室で、いつも見るトキノと逆垣先輩の激論、たまにヅノくんを添えて……を見つつ、コラージュを作っている海藤先輩を見る。みんなの作品は完成までにそれなりに時間がかかるけど、俺が短歌を詠むときはほとんどその場の気分で、五分もいらない。いつも使っているメモを開いて、ささっとシャーペンを走らせる。


「えーと。浮かぶ中、見つけた青が……止まったら、……」


 プールっぽい短歌を読めないかなと思ったけど、「浮かぶ」という言葉が邪魔をして、なんだか空を見上げるようなイメージが出てきてしまった。そのまま言葉の回路が止まって、下の句が出てこない。どこかを変えたら先に進むかなと思ったけど、変えても通りそうなところが三句くらいしか見つからない。それ以上を変えたら、プールっぽくなくなってしまう気がした。


 どうしよう、とこめかみをぐいぐい押していたら、海藤先輩がこちらを見ていた。ほんのり笑って、議論を続けている三人の方へ視線を向ける。ちょっと会釈して、俺は勢いよく手を挙げた。


「逆垣先輩! へるぷみーです!」

「どうした? ボキャブラリかな」

「いえ、下の句が浮かばなくって」

「ン!? 珍しいなあ、上の句言ってみて。よければ付け足す」


 ぜひ、と言った俺の方に、無表情な顔がまっすぐ向いた。慣れないと……慣れてもけっこう怖いけど、集中力を高めすぎて、表情ではなく脳に全意識が集中したときの顔だ。


「浮かぶ中、見つけた青が止まったら――って、プールっぽい短歌詠もうと思ったんですけど、なんか「浮かぶ」に引っ張られて。別方向行っちゃった気がして、浮かんでこないんです」

「じゃあいっそ、完全に逸らすか。「その先にいる、あなたが見える」。どうだろう」

「あ……! すごい、「青」が空になった!」

「ネガティブすぎるかな。プールでレジャーを楽しんでいるのに、見上げた空に故人を思い出すなんて」


 それもアリです、と俺は言った。


「もしかしたら、そういうこともあるかもしれませんから」

「……それもそうか」


 何かあるのか、トキノはぽんぽんと先輩の背中を叩いていた。


「うちの両親、たぶん駆け落ちみたいで……父方も母方も、祖父母の話聞いたことなくて。なんでかって考えたら、たぶん話合わないだろうから、知らなくてもいいんですけど」

「そ、そうなのか」


 です、とだけ言って言葉が切れて、それ以上話は続かず、あちらはあちらの話題に戻っていった。こちらもこちらで、コラージュ作りを見学しつつ、たまに窓の外を見ながら短歌のことを――それと、まったく知らない親族のことを考えていた。


 父さんも母さんも、まだまだ若い。二十代のころの父さんは、現役のプロゲーマーだ。育ちの良さを感じさせる料理上手な母は、それなり以上にいい家庭の出身なのだろう。何があったからどうしたのか、どうなったのか。アルバムはこの家族ができてからのもので、それ以前の話は聞いたこともない。昔の記録を残さない判断に至った「それ」は、大事件や災害ではない、人の心から起こったことなのだろうと……察することができた。


(でもきっと、この方が“しあわせ”だよね)


 子には厳しくしても孫には優しくする、というのはよく聞くから、いずれ矛盾に耐えきれず縁は途切れていただろう。知らないままでいても、人生はそのまま進む。それに――両親の親世代が性徴顕化にどんな反応を示すか、想像もできない。


 窓の外を見ると、緑から黄色になっていく空に、細い雲が浮かんでいた。

 生家が父方なんですが、物心つく前に祖父母が死去したので遺影でしか知らない。母方は縁切って逃げてきたそうであちらはいっさいなにひとつわからん。最近まで生きていたそうです。もともと人に興味ない人間でよかったな、ド田舎の親戚付き合いなんて厄しか生まないし。


 新作はまだ15話に入ったとこ、ぜんぜん書けていません。ぬおう……頑張ろう。

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