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171話 剥章/第六真相・1

 また「地球」の話です。タイトルの「アクロス」要素をそろそろ回収しようと思いまして……


 どうぞ。

「おー。これが……!!」

「できたね。こんなに贅沢な紙の使い方、許されざる感じだよね!」

「そういうものじゃない、海藤。意味のある文字列が書かれているだけで、これがいずれいかようにも使える資源になるんだから」

「さすが先輩、ニヒリストだなぁ」


 国立符術学院灯盛(ともり)支部高等部、部室にて。


 今年の新入生が入部して、初めての部誌の完成を前に、部員たちは喜びに包まれていた。小説を書いたもの、短歌を詠んだもの、イラストを添えたもの――全員がひとつになって、この紙束にたくさんの意味を付け加えた。


 第二生存国家トウバの求める符術師育成機関において、紙は無駄遣いしてよい資源ではない。ゆえに、文芸部は真っ先に廃止されるかと思われた。しかしながら、符術は意味を持つ文字列によってより強化されるという最新の論文を持ち出し、逆垣は教師を説得した。結果として文芸部は、部員こそ少ないものの、学内でも重要視される部活動となった。


 紙に書き入れられる文字は、呪術的効果を付与する刻筆を阻害することがなく、むしろ法力の循環性を上げる――文字の判読が可能であれば、記入された内容は関係ない。それまで神聖視されていた「符術に使う紙」は、叡智によって貶められたともされているが、少なくとも人類の生存権を広げることには貢献した。


「あ、データ来た」

「かりなんも頑張るなぁ。好適性あるからって無理しなくていいのに」

「そういうわけには行かないよ。先輩だって、来週には前線出るんだし」

「〈ナギノクイント〉、だったか。……人類はどうしてこう、よその世界に目をつけらているんだろうな」


 本日リリースされる(・・・・・・・・・)、裏面からの侵略に対抗するための偽装世界〈ナギノクイント〉。マーレス来訪以前、いわゆるVRMMOはゲームであるというカバーストーリーを持たされていたが、来訪以後は人類が裏面に対抗するための手段と化した。


 宇宙を流れる観測不能の超巨大水流「マーレス」、概念的近似世界「裏面」。たったふたつしか残らなかった人類国家は、そのどちらにも対処しなければならなかった。マーレスはいくつもの大陸を飲み込んだが停止、しかし先兵を吐き出しては人を脅かし続けている。裏面の侵略はつねに止むことなく続き、以前は昼夜逆転と揶揄された暮らしぶりのゲーマーも、夜間の裏面に対処する人員となっていた。


「みんなの分は分けたけど、もっと持っていく? 家族に見せるとか」

「あっえっと、俺はいいです……ちょっとまだ、自信なくて」

「もらいます」「私も! お姉ちゃんに読んでほしいし」

「俺も持っていく。家に置いておきたいんだ」


 裏面に対処する人員には、見た目上、現実における危機がほとんどない。しかし、マーレスへ挑む符術師はそうではない。マーレスの性質上、敗北すれば何も帰ってくることはなく、敵勢が増えることになる。


 ただの実習であると考えるのは甘すぎる――旧時代ならモラトリアムのただなかにいても許されたであろう年齢の青年は、すでに死を見据えて生きていた。


「じゃあ、今日もおうち行きますからね?」

「ああ。いつもありがとう」


 べたべたとくっついている二人を邪魔することもなく、いつもの三人は部室を出て帰路についた。




「天海さん、今回はどう? 当たり?」

「ヅノくんでも大丈夫そうなくらいだよ」

「じゃあ私でもいけそうだね?」

「トキノは人格権売ってないでしょー。だめだからね」


 父がゲーム開発に携わり、自らも偽装世界への好適性を叩きだした天海カリナは、裏面に対抗する人員として活躍している。死後もコピー人格が戦い続けることになる、という「人格権の売却」についても、彼女は了承した。


 裏面からの侵略者は、現実よりも、データで構築された世界により強く適応している。そのため、増え続ける偽装世界にも違和感を抱くことなく、それを征服するための徒労を繰り返した。完成された世界が破壊される、というカバーストーリーは神話的世界観によく適合し、出現以後ゲームのストーリーとして使用され続けている。


「でも……お金なんて」

「紙いっぱい買えたし、それでよかったんだよ」


 今回のゲームは敵を殲滅するのに向いているか、という問いに、カリナは笑って答えた。もはや割く人員のない国家は、偽装世界を自動生成し続けている……本物の人間の存在がなければ看破されるという事実に基づいて、多数接続型のゲームとして。


「……未来ってさ、どうなるのかな?」

「生きてったらできるよ。ヅノくんもトキノも、……生きててほしい」


 不可思議で浮世離れした、戦士の一面をほとんど思わせない少女は、そう言った。


「私は死んでもみんなを守れる。そのために売ったんだ、人格権」


 世界樹のように屹立するマーレスが、夕日の色を歪めていた。奇妙にズレたような陰影が、まるで少女の未来を暗示しているように思えて――少年は叫んだ。


「生きる!! 生きるよ、俺! 絵の勉強とかもしてるんだ、……まだぜんぜんだけど。書いてたら上手くなるんだよね? ずっと長生きしてさ、いずれ個展とか開く! 父さんも教えてくれてるから、いつか絶対……!」


 曲がった影の主は、小さく微笑む。


「絵も符術に使えるんだよね。いつか、どこかの人を助けるかもだね? 先輩が言ってたみたいに」

「絵はあんまり、使ってほしくないけど、ね……」


 少年は、苦笑しつつも考えていた。


(小角……じゃイヤだ、大きい名前がいいな。「大山(だいせん)」とか。征壱、じゃなくて「征海(せいがい)」とかどうだろう、どでかいことを成し遂げるって意味で)


 海という言葉の意味は変わった。「海を征する」ことは、いまの人類の悲願である。


(サインのデザインとか考えとかないと。「S.D」かぁ……うーん)


 大山征海の名は、その後の歴史に残っていない。

 というわけで謎が明かされる「剥章」、そしてもうひとつの〈ナギノクイント〉開始。と言いたいところだけどたぶんすぐ終わる。いくつかの〈ナギノクイント〉と、あと「到達者」の話をしておかないといけないんだが……

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