170話
どうぞ。
図書館の最奥、内緒の話をするのに使われる場所に、痩せぎすの青年がいた。なんでも話す、と口走ったことを後悔しているような、低空飛行する感情をうかがわせる顔をしている。促されるままに、すこし離れた席に座った。
「何かこう、こだわりがあるみたいだな。何が知りたいんだ、君は」
「えっと、こう……その、壁があるっていうか。あれだけちゃんと向き合ってくれるのに、言いたくないことがあるみたいで、もやっとするなって」
「後輩が逃げ出した、だけじゃ足りないか。見抜かれてるとは」
「いえ、見抜いてたわけではないんです。でもなんだか、……そんなに簡単にこうなるのかな? って」
はっとした表情が、何かを隠していたことを物語っていた。
「君は、先人が論理だてて説明することを感覚で理解してる。すごいよ」
「い、いえそんな」
これが学習というやつだ、と青年は言った。
「ある家に立ち寄ってエサをもらったとき、猫はその家に通うようになる。人間は同じようにはいかないけど、言動と結果を結び付けて考えると、対人恐怖症やパーティー好きになることもある……」
動かない表情の中で、目だけが遠くを見ている。遠い記憶を探るその目が、いったいどこに焦点を合わせているのか。トキノには、うかがい知ることもできない。
「祖父が。……ちょっと面白い人だったんだが、酒が大好きでね。僕が中学生のとき、とうとう階段から転げ落ちてひどく骨折して……」
詰まった言葉と、閉じた目。ひとつだけではない深呼吸は、何が起きたかを想像させるに余りあるものだった。
「大腿骨転子部骨折、だったか。酒が抜けて眠れないだの、あれを持ってこいこれを持ってこい、さんざん祖母や父に無茶を言ったかと思ったら、ぼけ始めて……溶けたロウソクみたいにへんに白くなって、顔もとろっと垂れて。老人ホームに入ったが、一度も会いに行けてない」
「……それって、その、……どういう関係の」
「言っちゃったんだ。「こうなるって言ってただろ」って」
――酒浸りのうえに足元がふらついているのだから、いずれこうなることは必定だった。やめろと言われてやめなかった末路がこれだ。
「僕が言ったことと、次の日に脳溢血になったことに……科学的に考えれば、因果関係なんてない。でも、……そうじゃない」
かわいがられていた孫が、最後に告げた言葉。
それ以降何も届かなくなった、最後の。
原因があり、結果がある。それは死も例外ではなく、世界が滅亡するとしても、人はそれを受け入れるしかないのだろう――虚無的な考えの根源が、そこにあるのがわかった。
「つながりが切れるタイミングなんてわからないだろ? そんな最後の言葉が、文字通り関係をすっぱり切ってしまうものだったら。逆に、断ち切れない関係なのに居づらくなったら。……君はどう思う」
すぐに答えることはできなかった。どうにか話をつなぐために、トキノは言葉を紡ぐ。
「先輩は、つないでいきたい……んですか」
「……そう、かもな」
事実として自分より小さい男が、どんどんと小さくなっていくように感じられた。最初に感じたあの大きさがどこにあったのか、見出せそうもない。
「あ、そういえば。部長にはどうやって優しくしてるんですか?」
「それは別に、仲がいいから……」
「じゃあ、そうしましょう。先輩、もともと尖ってないはずです」
「尖ってる……」
トキノも、こういう人間がいることは知っている。そしてそれは、おそらく逆垣自身のいった「学習」によって生み出されるものなのだろう。
「学習、しましょう! 怖くしなくても、先輩っぽくなるって思うんです」
「……学習」
「言葉をもうちょっと丸くして、優しくして。それから、えっと……」
言葉が見つからない。すこし首をかしげている青年の手を見て、トキノはそれに気付いた。
「そうだ、その、自分の中だけで握りつぶさないでください。ぐちゃってしたもの渡されるより、そのまま渡した方がいいです、たぶん!」
「共感覚的だな。でも、なんとなく分かるかもしれない」
言葉をつぶす、という表現がそのまま伝わったことも驚きだが、それ以上のことが理解されていることにも驚いた。もとからそういう思考に向いているからこそ、「言葉をつぶす」こともできたのかもしれない。そう考えつつ、トキノは言葉を続ける。
「ヅノくんもかりなんも、きっと……だいじょうぶです」
「そう、か。そうだな、彼らはすごくいい子だから。いっしょに笑えたら、それがいちばんいいんだ。壁を取り払って」
苦笑する顔は、前よりもずっと暗い陰影が減っているように見えた。
「それで! 私の作品、どうでしたか!?」
「声が大きい。これで完成でいいと思うよ。そういえば言ってなかったから、文章とか小説を書くときのルールを……」
すこしだけ声を潜め、部室に戻りながら二人は作品のことをひたすら話し続けた。
スシロー×『崩壊:スターレイル』コラボ、行って食べてきました。レーンにDr.レイシオとアベンチュリンだけやたら近くにいてちょっと笑った。店員さん、絶対やってるだろこれは……w ちなみにコラボメニューのカードを家族の前で開封しますと、Dr.レイシオが私の愚鈍を治療しにやってきてくれました。あの、光円錐が男性の裸を写してるんですがそれは……メモキーパーさんの仕事だっけこれ? 何してんスか。
そういえばnoteが小説投稿サイト「Tales」を立ち上げていたので、同じアカウントが使えるということで登録だけ済ませました。性懲りもなく『コロリア・カロル』を投入しようかと思ったけどいま18話しか書けてないのだ……『真面目ちゃん』は7話、こっちの方が本腰入れてるのに書けてないのは本気でマズい。でも設定作りすぎたからどう転がしたらいいかが分かってくる、これは収穫ですね。
あちらに投稿するときはまたお知らせします。書け、書くんだ(自戒)




