158話
どうぞ。
走っていると、音を立てすぎたのか、察知した敵がやってきた。矢が飛んでくるが、射線は見えているから、それなりに避けられる。
屋根の上に姿勢を低めた人形……レイピアを持った魔法型という、絶妙に弱そうな構成の人形がいる。あれが矢を撃ったのかと思ったら、剣を振るだけで鋼の矢が出現した。たしか、あれもクォーを倒せる候補として名前が挙がっていた「アル・カペラー」の半身だ。
何か武器がなければ、距離を詰める前に負ける。大言壮語を実現する前に、とくに関係ないところで敗退するのは絶対に避けたい――思考に反応するかのように、拳銃が落ちているのが見えた。撃たれるリスクを冒して道を横切り、つま先を矢がかすめるのを感じながら、地面に転がってがしっと掴む。瞬間的に装備されたオートマチック拳銃を手に、敵のいる方向を見る。
まだ半身を手にしていないから、二発受けたら終わりだ。相手も装甲は薄めだから、狙いすました一撃を放つために、じっと様子をうかがっている。矢と弾丸の威力は、ほんの十数メートルでは大して変わらない。先に当てた方が勝ちになる――わざと体を起こして、相手がバッと身を起こした瞬間を狙う。
照星をのぞき込む時間も惜しんで、レイピアを撃った。三発目でようやく当たり、発射される矢がへんな方向へ飛んでいく。どうにか逃れようとする足を撃ち、屋根から落下して転がる頭を完全に破壊する。手を伸ばそうとして崩れ落ちた敵は、損傷しすぎたせいか半身は落とさず、いくつかのアクタだけを残して消える。
その中でひとつ、最強クラスのものがあった。
「あっ、これ……! こいつが持ってたんだ……」
金の象嵌が施されたアメトリン〈史跡の拾遺もまた賊に〉……消滅エリアにある、所持アクタと関連するアクタを一定時間ごとにランダムで数個引き寄せるという、ものすごくお得なアクタだ。消滅エリアも広くなってきているから、「弾丸威力アップ」の上位互換がひとつと、二段ジャンプを四回にしてくれる「空中機動」がやってくる。いちおうレイピアも拾って、インベントリに入れておいた。
だんだんと狙った通りのビルドに近付いてきたな、と思ったところで、オキアミ型の召喚モンスターがお腹のひれをひよひよさせながら泳いできた。
突撃するだけの最弱モンスターだけど、さっきのエフェクトを見る限り、これは布石だ。こちらに気付いたオキアミは、すすっと上に移動していく。胸くらいの高さにいた敵をめちゃくちゃに撃ちまくって、“あの”コンボを使われる前に仕留める。前提になるアクタの入手は不可欠だけど、NPCが拾ったものを奪える以上、相手も何かいい手を持っていると考えるべきだろう。
街の中心部に近付くにつれて、まともな建物が増えていくが……先に拾われたのか、それとも壊されたのか、半身はどこにも落ちていなかった。このままだと完全に詰むのだが、今から探す時間もない。
ふと見たショーウィンドウに、ガーゴイルの像が鎮座していた。目が真っ赤に光ったかと思うと、首ごとこちらへ視線を向けてくる。
『けははは! 悪魔ショップを探してるんだな、そうだな、そうだろぉ?』
「うわ、ほんとにいるんだ……」
『けははは! 人形の涙はいい音なんだぞぅ? 聞くしかなぁい』
「いちおう、何を売ってるか聞いてもいいですか」
フィールドに出現する「悪魔」というキャラがいて、出現した時間に応じてプレイヤーにさまざまな嫌がらせをするらしい、とは知っていた。序盤に登場するとアクタや半身を集めてしまい、終盤だと絶対的な力で戦いを終わらせに来るらしい。今は中盤なので、ここにいるということは――
『けははは! アクタと交換で半身を売ってやるぞぉう。ただしぃ! ひとつアクタを差し出せば、お前ら人形は全員が! そのアクタどもを使えなくなるのだぁ……』
「売り物を見せてください」
ふだんなら迷惑極まりない、プレイヤー全員ににらまれかねない選択肢だが……今回ばかりは、それをやっても問題はない。それどころか、戦略として大いにアリだった。
『けははは! 店に入れ、五つもあるんだ。おれさまは勤勉なのだぁ』
「ひっど……」
案内されるままに店内に入る。もとは服飾店だったらしく、劣化しきったぼろきれがいくつも棚に並んでいる。飛行船の音が聞こえたかと思うと、店内の壁に参加者の位置が表示される。ほとんどのNPCは全滅していて、中心部にいる人物は動いていない。残りふたりのNPCは、どうやらプランクトンを倒しながら索敵中のようだった。
マネキンのように並んでいる半身を見ると、騎士型の「キャバリオラ」に王様型の「ヴィ・レオリクレス」、鉱夫型の「ミネル・ピケル」に料理人型の「カッカドゥー」……そして、お目当てのものがあった。
「これをください」
『けははは! おれさまの言葉は聞こえていたよなぁあ。お前はアクタを差し出すんだぞぉう? お前ら人形どもが永遠に失うのになぁああ? けはははっ!!』
「じゃあ、これを」
『けははは! ぼふぁふぁふぁ! ぎゃほぁへへははあ! 悪魔の誘いに乗ったお人形さんは、たったひとつの体のために、仲間の目をえぐり取ったのでしたぁあ。ぶぇひはははあ、ぎゃはっはっはぁ!!』
ガーゴイルはドロリと溶けて消滅し、俺は「ノ・ゼステマ」の半身を手に入れた。
「これもクソ仕様のひとつだったのかなぁ……」
対人戦はそもそも競争なのに、それ以上に競争を煽ってどうするんだろう、なんてことを思った。お店の中に何かあるかなと思って見回すと、衣装の入った「封印の宝石」がカウンターの奥に落ちている。拾って開封してみると、敵の動きをわずかに鈍らせる〈御前の燕尾服〉だった。
「よかった……最悪衣装なしでもよかったけど、ロマン砲ちゃんとやれそう」
ものすごい音をたてて建物が崩れ落ちた現場は、どうやらすぐそばだった。
「漁夫の利狙いか、テストでもいいし……行くか」
『シャドウ・アサシンズ・ワールド』2巻出とるやんけ! 買いました。まだ半分くらいしか読めてない。ドラマパートめっちゃしっかりしてて面白い……んだけど、またクソゲー度が増してるな。漫画版は表紙絵見ると『桃の園』思い出しそうだけど、中の絵はめっさ美麗です。カラーよか白黒の方が上手い。
ひとつ指摘しとくと「袖を通す」ってのは「今この瞬間に着る」であって、「着ている」表現ではないです。纏う・着るときて「着こなす」なんで、この時点で類語の限界が来とるんよ……三人称なら「~を着ている/(類語)のが」を削って「黒髪に忍び装束のクロ。~」ってふうに並べたらいいと思う。次の物語で、ってあとがきで言ってるってことはその……そっか。じゃあ近いうち研究挙げるから……ちゃんと具体的な方法論でやっていきましょうね。




