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156話

 ウルトラマンカードゲームにゲバルガ出てたんか……どうしよう、弟に頼むか? 『ブレーザー』でもあのへんマジで面白くてめっちゃ印象に残ってるから、メモリアルとしてもふつうに欲しいんだよね。


 それはともかく、どうぞ。

 薄暗いバーのような観戦ブースで、プラネタリウムのような多方向投影機がカリカリと静かに鳴っている。空中に投影されたスクリーンには、青年「ゾールト」の元恋人が戦っているところが映し出されていた。


 サービス終了前の最後のお祭り騒ぎに、多くのプレイヤーが戻ってきていた。しかし、彼の意識は観戦よりも飲み物の方に向いていた。足音に気付いたゾールトは、彼の方に歩いてくる男へ視線を向けた。見覚えがある、などというものではない。男は彼のライバルだった……正確には、男「ジモン」が、ゾールトをライバル視していた、というべきか。


「見ないの? 晴れ舞台だよ、元カノの」

「懐かしいなァ、半年も経ってないが……」


 対人ゲームでランキングトップの少女と、ただ一人それを打倒した青年のカップル。サービスインしてすぐに伝説になった二人は、そしてゲームそのものを破壊することになった。正確には、その時点で対戦環境が止まってしまい、いっさい調整が為されなくなったというだけのことだったが……事実として、ゲームは終わった。


「なんで別れたのさ、アツアツだったのに」

「おんなじ方向を向いてねェなって思ったら、急激に醒めたんだよ。それでいいか?」

「――いいわけないだろうが!!」


 あまりの怒声に、観戦していたプレイヤーたちも一瞬だけ振り向く。が、すぐに視線を戻す。


「今ではサークラだったって分かってる、だが手を付けといて言うことじゃないだろ!」

「じゃあ何だ、惜しんだり悲しんだりすりゃあお前は満足すんのか」

「それは……」

「まあ座れよ、シミュ使ってるゲームの食い物は美味いんだ」


 スーツに身を包んだ紅い目の青年は、そういって促す。


「言ったよな、俺がどんなのがタイプかって」

「“斬り合える女”だっけ? 本気で言ってるようだったけど」

「たぶんな、ネグリジェだのカクテルドレスだの、ネコミミだの角だの……のじゃロリとか違法熟女とか、陰キャ陽キャ黒髪金髪、そういうの全部よ、俺には関係ねェんだ」

「その代わりに、ってことか」


 ああ、と紅い目が濁った輝きを放つ。


「自分でもよ、こんな性癖(ヘキ)は……犯罪者(あっち)に片足以上突っ込んでるとは思ってんだ。だからな、最初にそれを褒めてくれる女がいるってなったときには、……これでもけっこう、舞い上がったんだぜ」

「知ってるよ。知らないやつなんていない」

「でもな。あいつがどんなやつか分かるにつれて、つまんねぇなって思い始めたのさ。どうしてだか、ほんとに分からねェのか?」

「まぐれ勝ちしかできないから……じゃ、ないんだろう」


 少女「モゼット」の地位は、ずっと脅かされずにあり続けたわけではない。ランキングトップに君臨し続けた「一位」の栄光を浴び続けていたのは、皮肉なことに、「衣装をもっとも上手く着られるもの」という世界観に合致した“モノ”――「クォー・タクトゥム」というキャラと指揮者の衣装だった。


 クォーの持つ、海洋プランクトンに似た生物を何体も召喚することができる能力は、別のゲームなら大した能力とも思えないほどに微弱なものだろう。しかし、他のゲームにおけるモンスターとプレイヤーの力関係は、ここで脅威を発揮した。現代の潮流に乗り、召喚されたモンスターは非常に強力なものだったのである。そして、指揮者の衣装はそれらの力を爆発的に高める能力を持っていた。


 無数に襲い来る小さな敵をどうにか倒しても、クォーは召喚できるモンスターのバリエーションをさらに増やしつつ遠くに逃げ続け、さらに多くの追手を差し向けることができる。こんなものでは勝負にならないと、ほとんどのプレイヤーが逃げ出すのも無理はない。どうにか環境を変えようとした者たちも、隠密型や狙撃型など、さまざまな試行錯誤を経て折れていった。最初から手抜きの限りを尽くしていた運営は、あまたのメールをすべて無視していっさいの調整を行わなかった。あるいは、そんなことができる能力がなかった可能性もあろうか。


「俺が勝ったあと、裂傷拡散型のスダマキリでワンチャン、って話が広まっただろ。それに、先に取ったもん勝ちって話にもなったな。そんとき、あいつがなんて言ったか。「つまんない」だけだったんだよ」

「……それだけで?」


 お前よ、と……注文していないがゆえに届くはずもない料理を待つかのように、ひどく悲しげな声が小さく響く。


「次はどうする、じゃない。負けたから何を思った、じゃあない。がんばったねでもない。アリを踏み潰して勝ったつもりになるような、クソくだらねェ蹂躙だぜ? あれが自分の力なんだって……そう思ってやがったのさ。切られるのがイヤだなんだって、ぶったぎった瞬間に死んだみてぇな悲鳴上げやがって」

「そりゃお前、……」

「なんで“勝つ”のか、あいつは何にも分かってなかったんだよ! VRで対人やんなら最低限のマナーだろ? 痛くもねェのに」

「やっぱり、お前のことは好きになれないな」


 とくに特徴のないジモンの顔は、凍り付いていた。


「あっちには、いいやつが何人もいる。人と切り合わなくっても楽しいし、人型の強敵がいくらでもいるからな。我慢も利くってもんだ」

「なるほど。ところで、元カノ対今カノって聞いたんだけど」

「あのバカ……。モゼットが勝手に言ってるだけだ」

「思ったより嬉しそうじゃないか。もしかして“斬り合える女”だったり」

「……するぜ」

「照れてないか?」


 指揮者型は群れを呼び出し、道化師型が逃げ続けている。すでに趨勢は明らかに思えるが、道化は覆すつもりでいるらしい。


「あの子、あれをやるつもりなのか。あんまりにもバカげてる賭けだけど」

「俺もそう思うぜ。でもよ、そういう賭けに出るやつの方が見てて面白いよなぁ。このゲームにずっと足りなかったモンだ……次どうなるか分からないなんて、この半年で一度も思ったことなかったろ?」

「……はぁ、君はほんとに……」


 ジモンの口角は、少し上がっていた。

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