154話
ちょっと花粉症がヤバくて体調を崩し気味です。家にこもって花粉を抜いていますが、まだ『孤独のグルメ』と『ガッチャード』の映画観に行ってないんで、またひどくなる予定()。
どうぞ。
すでに歴史と名のついた時代……もう五十年も前、人間に性徴顕化が起こり始めた直後のこと。すでに「一見しても性別が判明しない人物」はおり、変化したのちの性別にするべきか、前の性別になるのかの議論は紛糾した。
さまざまな検査の結果として、これら現象は「第一次性徴の発現のおくれ」であると判明し、厳密には「変わる」のではなく「はっきりする」ことであると定義づけられた。性徴顕化は、それまで物語で語られた幻想とは違い、幼形成熟の極北と位置付けられることとなった。
要するに、急激にからだの形が変わったとはいえ、それは遺伝子上予期されたものだということである。そしてそれは、性潜性児は男女に二分できるという事実をも指している。学校などの空間で過ごすことで、周囲の人間が発散した性ホルモン代謝物あるいはフェロモン様物質に曝露し、脳下垂体のホルモンシャワーが起動する。急激に進む変化は強烈な発熱や全身の痛みを伴うが、第一次・第二次性徴がともに発現すると同時に、ある程度の人格の変容を経て完成する。
より簡単に言えば――
「えと、平気なんだ?」
「え? うん、別に。お姉ちゃんいるし」
胎児期あるいは出生時から、外性器の形状で男女を判別することができる。その例から外れるのが「性潜性児」であり、もとから男女が決まっているものに取ってみれば、さまざまに疑問のある不可思議な生物とも言えた。
男性として育てられてきたものが、とつぜん少女に変化したとして――たとえば、同じ年頃の少女と同じ部屋で裸になることに、違和感はないのか。トキノの疑問はもっともだったが、返ってきた返事ももっともなものだった。
「めっちゃくちゃ手厚いから、わりと慣れたかな」
「なるほっどねー。これはほっとけないや」
カリナの席は前の方にある。まだまだ空気の固まっていないクラスで、着替え中の会話はそんなに弾んでいるわけでもなく……いろいろな意味でとても奇妙な少女は、いくつもの視線を集めていた。彼女自身はそれをほとんど気にしていないようだが、友人としては気になるのが本当のところだ。
真っ白くてふっくらした体に体操着がかぶさり、紺色のハーフパンツがかわいらしいお尻を覆ったところで、見ている女子の気持ちがわかった。
(なんか……そっちのケなんてぜんっぜんないはずなのに、へんな気持ちになるんだ、この子見てると)
小首をかしげるカリナを見て、自分の動きが遅くなっていることに気付いた。急いで着替えを終えて、グラウンドに向かう。
「なんか変だったかな?」
「よりは、雰囲気あるからかなー……たぶん?」
不可思議な鋭さと微笑みのやわらかさは、おそらく彼女だけのものだ。そこへ誰かが入り込んでいるということ自体が、いびつに捻じれたものを感じさせる。この人は何なのか、いったい何を考えているのか、根っこや芯にあるものは何か。「自分たちとは違う」という意識が、おかしなところで働き過ぎているのかもしれない。
「そんで、かりなんは体育どんな感じ?」
「ぼろぼろだよ。からっきしってやつ」
「VRでめっちゃ強いんだよね?」
「あれは、反射神経とかそっちだと思う。トキノはバク宙とかできる?」
いちおう、とその場で後ろ向きに回転する。
「おぉー……!」
「もうちょっと遅くもできるよー。マットないと危ないけど」
ないと言っていたカリナの運動神経のなさは、想像以上のものだった。
横でいっしょに受けた体力テストの成績は、柔軟さだけは平均やや上程度だった。記録用紙をのぞき込んでみても、「よい」と言えそうなところがひとつもない。シャトルランは最速離脱、ハンドボール投げも微妙な表情で腕に違和感を覚えている様子、反復横跳びもひどくやりづらそうにしていた。
「まーまー、得意分野がちゃんとできたらいいじゃん」
「思ってたよりひどかったなぁ……もうちょっとマシだと思った」
前はよかったわけでもなく、体が完成したいま、少しはスコアが伸びるものだと思っていたようである。そんなに都合のいいことがあるわけがないのだが、こういう可愛げはあっていいのかもしれない。
「逆に、トキノはすっごいんだね……」
「ふふん。こう見えても、いろいろ経験ありますしー?」
どや、と胸を張る。全体的に大きいせいか、片方の胸だけでもカリナの顔に匹敵するかと思われるほど大きい。むむ、と渋い顔をしているカリナの肩をぽんぽん叩きながら、トキノは教室に戻った。




