152話
どうぞ。
天海カリナ:趣味はゲーム、読書は姉の買っている漫画が中心。短歌を詠む。
直矢叶希乃:趣味はとくになし、読書もとくにせず。
小角征壱:趣味は読書とゲーム、読書は小説全般。小説を書く。
ざっとまとめると、情報はこれだけだった。入部希望者三人の紹介が終わったところで、二人しかいない壊滅寸前の文芸部員たちが、自己紹介を始める。
「みんな来てくれてありがとねー。私が部長のカイドウ・モネです! 漢字はこんな感じ……「海藤萌音」。アナログでイラストとかコラージュ作ってるの。いちおう表紙とかイラスト担当だから、挿絵とか欲しかったら言ってね!」
髪型といい話し方といい、とても文系には見えない……サッカー部員のカノジョ枠あたりにいそうな、スクールカースト上位の少女といったところである。甘めの微笑みにキャラメル色の髪、イチゴ味を想起させるリボン。全身のふわふわ加減といい、どこまでもスイーツを思わせる美少女だった。このままファッション誌に載っていても、違和感はどこにもないだろう。
「俺はサカガキ・ヤスミ。ペンネームは「アワノケ」……「泡毛」。じつは海藤より年上なんだが……俺には部長は務まらないから、海藤に任せている。文芸っぽいことは、俺に言ってくれ」
何回見ても、ひどく痩せた青年の体格も容姿も変わったりはしない。体格のよいトキノでなくとも、女子に本気で殴られれば軽く数メートル吹き飛びそうに思える。顔も悪くはないのだが、こうして後輩たちに向き合っていても、どこか虚ろで暗澹たる感情が隠せていない。
「よかったぁ、五人ならギリギリ存続できるよー。この学校、文化部弱いから」
「大会進出してるのは、新体操部とソフトボール部でしたっけ」
「そうそう、ヅノくんはよく調べてるね。運動部の方が強いから、そっちで入ってくる子の方が多くてね? 文化部はもうぴーぴーなんだよ」
「ゲージ真っ赤みたいな……?」
灯盛高校は、オリンピック選手こそ出してはいないが、全国大会クラスは数年に一度と、どこに行っても名前を聞く程度には有名である。当然、予算は運動部の方に多く割かれ、そもそも有名になどなりようのない、大会で成果を出してもさして高校の名が売れない文化部……美術部や文芸部は、死に体であった。
「アイドル同好会は楽しそうだし、囲碁・将棋部とかはパソコンいじって盛り上がってるし、美術部もまあまあいい感じなんだけどー……私たちはね」
「イラスト志望は美術部に、絵本や漫画も美術部に、と。ことばを楽しむやつはあまりいなかったな」
「イラストノベル書くって言ってた人もいたんだけど、結局あっち行っちゃってさー」
俺のせいだろうな、と逆垣はどろりと笑う。
「部長目当てで入ったらこれだ、ガッカリするだろう」
「もー、またそういうこと言うー。逃げられちゃうでしょー?」
これで逃げないやつを探してるんだよ、と青年は貼り付いた笑みのまま言う。
「まあ、それはいい。何か作品があれば、見せてくれるか」
「どぞ」
カリナがメモ用紙を差し出す。先ほどの短歌が書かれた、ただのメモ用紙である。
「君が? ……」
「どうどう、裏ぶちょー?」
いいな、と逆垣はすこし目を見開いた。
「素直だがどこか遠い、詩人の感性をしてる。平易な言葉遣いに妙なダブルミーニングを仕込んでるところが、踏み外すギリギリでいいラインを踏んでるな」
「おー……! 高評価だよ、カリナちゃん!」
「やった!」
「すごいね、かりなん!」
部員が居着かないのは、あざとかわいい海藤が露骨によそを向いているから、そして「裏ぶちょー」こと逆垣が講評を兼ねているから――らしかった。男子は先輩をものにできそうにないことにガッカリし、女子もそれなりに厳しい講評に打ち砕かれて逃げていく。ならばと言葉を控えても「ちゃんと読んでくれない」と怒られるといったありさまで、新入部員獲得はちっとも上手くいっていないようだった。
小角が入るから、短歌ならやれそうだからとカリナがてきとうに入り、なんとなくの付き合いでトキノも入部した。“熱”を見つけられるかもしれない、と思ったからである。そんなある日のこと、トキノはごく短い恋の話を書いて、逆垣に見せた。
「……うん。悪くない」
「ど、どんなふうにとか……! 言ってあげた方が、」
「まあ、今はいいんじゃないか」
分厚くて冷たく鋭い、強固な壁。今までに感じたことのない何か……この冷気の奥にあるものこそ、トキノが何より強く求めているものかもしれない。そう思った彼女は、そこで一歩踏み込んだ。
「知りたいです。あたしずっと、一年でも舞台に上がれる部活だったから。レベル低くていいよ、なんて言われたくないんです」
「ちょ、ちょっと直矢さん! 言いすぎだって!」
小角がたしなめるのとは対照的に、逆垣は自嘲するような、歪み切った笑みを浮かべていた。怒りとも殺意とも取れるほどに歪んではいるが、確かに笑っている。あまりに凶悪な表情にカリナは少し驚いているが、首をわずかに傾けて見守っているようだった。
「わかった。同じ部誌に載るんだから、たしかに……先輩と同じ舞台に、同じレベルで上がりたいのは当然か。俺が悪かった」
「あ、いえ……。もっと真剣になってそうなのにって、思っただけで」
目が走る速度はすさまじいもので、何度も読み返しているようだった。ごく短い話を何度も読み返してくれているのだから、何か言いたいことがあるはずだ。それを押しとどめているのが何か分かっていても、聞きたい気持ちの方が大きかった。
「ひとつずつだな。まず」
壁が取り払われた瞬間に、熱風が吹き抜けた――そのように感じられた。




