145話
どうぞ。
着替えを出して、階下に降りて――何日も同じことを繰り返していると、まったく同じことをしているという意識も消えて慣れていく。そのはずだけど、服を脱ぐときに鏡の方を向いていたせいか、いつもよりもふわふわ感が強かった。
きっと、かわいい服を着ている自分もかわいい、なんて……外側から見るような視線ではなくて、触れられる自分の体として実感できたからだろう。
「なんか、うきうきしてる?」
「ん、そうかも。なんか、やっと……私はかわいい! って実感できた気がして」
「カリナはかわいいよー。系統違うから、私も楽しいし」
「えへへ……」
姉は色黒だけど、すっごく肌がきれいでスタイルがいい。ちょっとだけ異国風というか、日本人離れした感じの美しさだ。私とは違う真っ黒い髪も、自分は男だと思っていたころから憧れていた。砂色の髪は、少し薄すぎたのだ。
今日こそは、とがんばって洗いっこにチャレンジしてみたけど、思ったよりも力加減が難しい。
「むむ、ちょっと痛いぞー。そうだなー、押しながらこするよね、押すのはこんな感じの強さで……」
「こ、こうかな?」
手を掴んできゅっと押したのと同じくらいの強さで、姉の背中をこすってみる。振り向かずに伝えるのは本当に器用だなと思いながら、「うんうん」とうなずく背中を見た。
「いっしょにお風呂入ってたの、記憶あるかないかくらいだもんね。あの頃はお父さんも忙しくなかったから、カリナといっしょに入ってくれてたし」
「だね。今はもう、ダメなのかぁ……」
「数えっこしてたよねー。そんなに楽しかった?」
「父さん、そういう子供っぽいのに付き合ってくれる人だったし」
思えば、俺が父さんになついていたのは、そういうところもあったのかもしれない。湯船に入って血が巡ってくると、考えがあのノルマに思い至った。
「んー? なになに、またなんか表情が変わっておりますなー」
「なんか、痴話げんかに巻き込まれたっていうか……そんなに面白くなさそうなゲーム、やることになったっていうか」
「なんでやるの」
「勝負で負けた人が、あっちでも戦いたいっていうから」
すさまじく呆れた表情をしているが、すこしだけ笑ってもいた。
「つまんなさそうなの?」
「もうすぐサービス終了するって」
「えぇ……」
「なんか、プライドあるんじゃないかな……」
負けは負けだから認めろ、悔しかったらもう一度挑戦してこい――と、プレイヤーのあるべき態度ならそう言うべきなのだろう。付き合う気なんてさらさらないし、面白くないゲームを真面目にやる気もない。やる価値のあるクソゲーなら苦痛でもやり抜くけど、そういうものでもなさそうだった。
「いろんな人とぶつかるね。ライバルとかになれそうなの?」
「ライバルなら間に合ってるかな」
「いるんだ?」
「うん」
ゾードもそうだが……ほかに遊んでいたゲームで「またいつか会ったら」と言っていた人はいる。あっちのゲームもすでに終わっているし、キャラネームもあちらこちらで変えているから、会えるかどうかは知らない。ゲームを始めてそんなに経っていなかった頃のことだから、あっちも忘れている可能性だってあった。
「夜はいちばんパフォーマンス上がるんだっけ。夜更かし警報はちゃんと出すからね?」
「いつもごめんね、お姉ちゃん」
わりかしいつものことになりつつある夜更かし警報の警告を受けつつ、俺はさらに考えを巡らせていた。
ゲームパート飛ばして学園編、と思ったけど余裕あるからやるか……新作も日当たり二話近く進んだりしてるんで、このまま行きてぇ。




