141話
どうぞ。
俺とサクヤヒメの胸元には、それぞれ赤紫色と白の花が咲いている。
それが何かを考える前に、軽業のようなゆるやかな跳躍が見えた。ぬらりと異様な軌道を描いたそれは、想像以上に重い一撃を叩きだした。
「つっよ……!?」
「なかなか、避けるのも上手じゃのう」
かなり強靭な金属を相手に、トゲの剣は互角に打ち合っている。こっちが本体なのが分かっているのか、ライヴギアが動いていないからか、相手はこちらに猛攻を仕掛けてきていた。
レイピアのような突きにカトラスのような荒々しい大振り、左を逆手に持った拳、持ち替えの動作をくるりと回して攻撃に転じる――モンスターを人の膂力で測るのはまったく的外れな話だが、剣士としてあまりにも洗練されすぎている。無理やりライヴギアを動かして剣を振らせたけど、相手は気にも留めていなかった。
「これ、切り替えも……!」
二刀流としては生ぬるい気もするが、不規則な剣技は隙があるのかないのか分からない。黒い影はたしかに思い通りに動いているが、操作が素直すぎるのか、かんたんに避けられてしまっていた。もう片手にようやく〈割鉈の型〉を呼び出して、得物の数で並ぶ。
「手助けはいらぬか?」
「剣技渡せないから……」
ステータスの傾向で見ても、この場にいる味方の組み合わせで考えても、前衛をもう一人増やすのは愚策だ。敵が大型なら前衛三枚でもいいけど、あくまで人間大なので、三人と打ち合わせると味方サイドが混乱する。
ライヴギアは、「思い通りに」動く――けれど、俺は目の前の敵に集中している。別の操作系統に切り替えられないかと思ってみたけど、今のところは何もできないようで、黒い影は敵を牽制するだけにとどまっていた。
「あーもう……! いったん切り替え!」
『わしでは役立てんかったか……』
残念そうなサクヤヒメを引っ込めて、トモガラを呼び出した。ついでに影も引っ込める。
「あら? すこし寝ていたら、難敵とも思えませんけれどこんなものを」
「ごめん、ちょっと助けて!」
全力の振り下ろしを〈割鉈の型〉で弾いてコンマ秒単位の隙を作り、すぐさま切り替えた〈調弦の型〉単体でどてっ腹に赤い結界斬撃をドドドッとぶち込んだ。飛び込んだトモガラが手斧で鎧に斬痕を刻みつけ、さらに大きく吹き飛ばす。
「これに苦戦していましたの?」
「いつもならそこそこ、だろうけど……新しいこと試すには向いてなかったね」
「あら、そう。これはわたくしが頂いてしまってもいいのかしら」
「うん。ちょっと合わせてみて」
べん、と紅い三日月が空を走る。いくつも走ったそれを避ける跳躍、そこへ着地を狙った手斧が迫った。空中でくるりと回転したリィンカーは、打ち合おうとして力負けし、態勢を大きく崩す。
ぼう、とブースターみたいなものが噴いて着地するけど、怒涛の攻めは続く。呼び出した〈秘奥珠貝〉が紫の光線〈紫沿誘灯〉を撃つと、敵の足取りは露骨に乱れた。
「とても効くのね」
「植物だからかな? このまま仕留めちゃって」
重力にどの程度引き寄せられるかは、紫属性耐性の高低で決まる。プレイヤー側は耐性防具なんて持っていなかったし、植物系の敵はおそらく黄・緑属性、弱点は赤・紫属性あたりだろう。かなり効いている――ダメージはちっとも出ないしわざと外しているが、狙いを変えることすらままならないようだった。
花びらの剣が一撃でぶった切られ、美しさがどんどんと曇っていく敵をちょっと哀れに思いながらも、ほぼトモガラ頼りでリィンカーを倒した。
すごく御しやすい鉱竜が見当たらないので、次のテストはワームか、またフラッダー・プラントが相手になりそうだ。こうなると、テストではなくて普通の狩りになってしまう。それでもいいけど、新装備がまったくの無駄になるのは嫌だった。
「うーん……みんな、何か意見ない?」
『意見もクソもねェよ、ライヴギアは思考操作かパターン入力だろ? それ以外があんなら、そいつだけの特殊システムがついてるはずだぜェ』
『そうじゃのう。わしらのように自律稼働すれば、得物はよさそうに思えたのじゃが』
「得物、かぁ……これの特殊能力、まだ解放されてないんだよね」
「まだとおっしゃいますけど、ある程度想像はできるのではなくて? 伸びるのなら、縮むでしょう」
「それって役立つのかな……?」
もしかしたら本当に使えないかもしれない。
ゲームでこういう無駄手間や無意味な装備が手に入ることは少なくないし、そういう話題も持ち寄れば盛り上がる。けれど、そういうものを使おうと頭を働かせることほど楽しいこともない――「遊び」にはそういう真剣みが必要だ。
「まず、これだけ使ってみようかな」
『じゃ、オレたちは引っ込んでるぜ。存分にやっててくれ』
「うん、ありがと」
ちょっと物足りなさそうなトモガラに引っ込んでもらって、俺はひとりで連接剣〈新生:独呼磋縛〉を使うことにした。




