135話
どうぞ。
脱いだブレザーもカッターシャツもへんに固くて、まだ立体感を保っていた。下着姿でじっと固まっていたからか、姉も下着姿のままで「ていっ」と背中を突っついてくる。
「みょわぅ!?」
「どしたの、そんなに固まって」
「なんか、立体感あるなって……」
「そりゃもー、この立体感だし」
手がしゅるりと首を、のどを撫でて、鎖骨の真ん中を通って胸の谷間に収まった。そして、ついっと右に抜ける。
「ね、合ってたでしょ」
「うん。こんなにって思わなかった」
下着の色は、その人の性格や、その日にしたいことにも影響が出てくる――らしい。世の中のほとんどの人は、そんなこと考えてもいないんだろうけど、今回はなんとなくいい結果が出た。まだまだ信じる根拠にはならないはずなのに、なんだか信じてもいいような気になっていた。
甘くてかわいらしい色調だけど、どこかそわそわするような気分にもなる薄紫。そういうブランドがあるらしく、からめとる蜘蛛の巣のようなレースと刺繍。普段使いよりも、何かに気を入れていきたいときに身につけるといいよ、と言われたそれは……言葉通りに、すごく役立っていた。
「新しい出会いと、特別な才能……って言ってた」
「そそ、ちゃんと当たったでしょ。めっちゃくちゃかわいいし、いい買い物だったよねー」
ちょっと大人っぽすぎる気はしたけど、このそわそわする感じはだんだん好きになれている。いつものシャツとドルフィンパンツをはいて、さっそくベッドに向かった。
「ちぇー、堪能したかったのになー」
「添い寝くらいならいいよ? 前にもしたし」
「言ったねー? 覆させんぞぉ」
「まあ、えっと……うん」
逃げるようにささっとセットを済ませて、俺は『ナギノクイント』の世界にダイブした。
ログインした瞬間に、コールがかかってきた。
「ゾードさん? いったいどうしたんですか」
『めんどくせぇのに絡まれてな。お前とやりたいんだとよ』
「そんな人がいるんですか……」
『あーうぜぇ……サリディスの入り口あたりにいる。さっさと来てくれ』
ゾードは、誰であろうとぶった切って終わらせると思っていた。もともと対人戦が大好きな人だから、絡んできたら即座にやっていい判定でもなんでもすると思っていたが……何か理由でもあるのだろうか。
出力ポイントはサリディスの中央あたりだったので、さっさと走っていく。全力で戦うならとノイスを呼び出し、ライヴギアもいちばん強い〈柳尾の型〉に切り替えておく。いつものアーミールックに角刈りの青年が見えたところで、その青年にべたべたしている女性が見えた。
薄めの鎧とバレリーナの着るチュチュの融合のような……ドレスアーマーとでもいうのか、「惑星探査」というジャンルにはまず存在しないような服装だった。やわらかな白と涼しい水色が組み合わさって、氷原を思わせるエッジの利いたデザインに仕上がっている。しっとりとしたチョコレート色の髪は、後ろで束ねたいくつかの節になっていて、毛量がすごい。全部ほどいたら、自分の体にぴったり合う服を編めそうだ。なんだか、ヌンチャクみたいに見えてしまった。
「ゾードさん。その人が?」
「やる気満々じゃねーか。っつーかよ、まだそれで俺とやってねぇのに……」
「なに、今はこの子なの?」
「黙れよ恋愛脳、香料臭ェ妄想垂れ流すな」
ふだんから口は悪い人だけど、ここまでひどいことをつらつら言える関係はあんまりないように感じる。あれこれの言葉から察するに――
「あ、カノジョさんですね」
「元、な!」
「急にフラれたのよ。どこかのゲームにいるでしょって思ったら……」
「ゾードさん、逃げてきたんですか?」
ものすごく嫌そうな顔をしている青年は「ちげーよ」と苦々しい顔で言った。
「リアル彼女だったんだがな、ゲームやっててつまんねぇやつと長時間ベタベタすんのは想像以上にキッツいもんなんだよ」
「えー……」
「それよりなにこの恰好、あんたの趣味?」
「あれだ、LATSのブレイブ装備してんだ。装備切り替えでステ補正あるやつ。ライヴギアの種類ごとに衣装設定して、ステ補正が途切れねぇようにしてんだよ」
「ふーん。詳しいんだ」
「けっ、これだからヤなんだよなぁ……」
香料臭いだの恋愛脳だのといったひどすぎる罵倒が、だんだん事実に思えてきた。このノリがずっと続いていたら、確かにめんどくさいかもしれない。
「で、だ……俺はもうお前とはやらねぇ、もっと楽しいやつがいるって言ったらよ、その人が来るまでログアウトしないからっつってなぁ……これだよ」
「その人、楽しいんですか?」
「そう見えるか?」
「いえ」
ゾードの他人に対する評価軸は、とても分かりやすい。強いか、あるいは戦っていて楽しいかどうか、このふたつが主体になっている。人格面は思ったよりまともだけど、まず最初に相手と戦うことばかり考えているから、付き合いやすさはピュリィより下だろう。仲間内だと、すごく真っ当でどんなことでも助けてくれるざいろぷ兄妹がトップだ。
「はぁ……そういうわけだ、こいつと戦ってみてくれ。俺がどう思ってんのか、お前にも分かると思うぜ」
「いきなりですか」
実体武器を呼び出した相手は、俺を逃がす気がないようだった。
「モゼットよ。あなたは?」
「ザクロです」
乾いた風が巻き上げた砂塵が、足元を流れていく。多肉植物から花びらのひとつが落ちて、かさりと音を立てた瞬間に――
「シッ!」
刺突が飛んできた。
新作が進まない(定期イベント)。23話……ぜんぜん進まん。もうひとつの方を煮詰めるか……? いっそ逃避でこれガンガン書くか。




