129話
二章終わり。
どうぞ。
車で通っても、見慣れた道はいつも通りだった。色の感じ方が違うとか、男女の違いはいろいろと語られるけど、自身の変化はそんなにないらしい。
そんなことを考えていると、歩いているときにはあんまり気にしなかった光景が、かなり変わっていた。すごくうっそうとした森みたいになっていたところから、ツタで覆われた骨色の洋館が見えている。
「あ、ここ……」
「大木があったところよね。毛虫がイヤとかで、切ったらしいわ」
「……そうなんだ」
「ニレは毛虫湧かないと思うがなぁ」
表面がやたらぼつぼつした、ちょっと不気味な木だった。種類が父さんの言った「ニレ」なのかは知らないけど、毛虫よりも、大きいうえに威圧感がありすぎたり、表面の質感が不気味だったり、そっちの方が理由なんじゃないかなと思った。
支所にはすぐ着いて、車を降りる。屋根にいるネコみたいにちょこんとした、絶妙にマットな灰色の四角い車は、いつもより少しだけ大きく感じた。入ってすぐのところにある整理券を取って、まばらに人が座っているソファーに並んで座る。
「ねえ、あれ」
「ん、……あ、ちっちゃいとき読んでたやつ」
母さんが指さしたのは、本棚になぜか置かれている、子供向けの絵本だった。大人……よりもずっと前、中学生にもなれば思い出せなくなるような、ほんとうに小さい頃に読んでいたものだ。
そこにあった時間を物語るように、絵本の装丁は厚紙がぼろぼろになり、ふやけたように分厚くなっていた。角がすり減っていて、本全体の形もがたがただから、落丁もしているのかもしれない。今あれを読んだら、いったいどんなふうに感じるのだろう――読んでみたいなと思った瞬間に、「31番のかたー」と呼ぶ声が聞こえた。
「戸籍変更をお願いします。この書類と、保険証で」
「はい、性徴顕化後の変更処理ですね。少々お待ちください」
もう五十年が過ぎたけれど……世界で最初に性徴顕化を起こした人は、いったいどのようにこういう種類の届けを出したんだろうかと、すごく今さらな疑問がぽわっと出てきた。隣にいる母さんに聞くわけにもいかないから、ただ立って待つ。
「こちらの書類にサインとハンコをいただきまして、写しをお渡しする形で今回は終わりになります。後日、関係書類を郵送します」
前よりも直線ばかりが増えた名前を、さらさらと書く。ふだんゲームばかりしているせいで、キーボードの方が慣れているけど、ゲーム内よりはガタガタした文字にならなくて安心した。わざわざ「画素を自然な文字に見えるように整えるタッチパネル」なんてものが開発されるくらい、そのあたりはデジタルネイティブには大問題なのだ。
「ありがとうございました」
「いえいえ」
にこやかに手を振ってくれた職員さんに見送られつつ、俺たちは支所を出た。車で待っていた父さんは、「どこか行くか?」と言ったけど、母さんも特にどこか行く気はないようで、すぐ帰ることになった。
「それっぽいの、何人か入ってったなぁ」
「うん、いた」
自分がそうだから分かる、所作と容姿がちょっとだけ違うような感じ……この姿で育ってきたならこうはならないはず、という違和感がある人は、この時期にはけっこう多い。何度も流用されるCGモデルの大まかな形を「骨格」と表現する概念は、リアルで人を見るときにも役立つ。この形ならこういう動きはしない、みたいなゲーマーの謎の経験則が、歩いている人にピンと来たりしている。
「時期だし、あるよね。ざいろぷもそうだったし」
「ああ、そういえば。あの子は大して変わってなかったな」
「だね、前から男の娘キャラで売ってたし」
「男の娘と女の子って、なあ……いまだにちゃんと分類できんなあ」
界隈の人が怒りそうなことを言っているけど、俺にもよくわからない。ついてた方がお得、なんて聞くけど、結局どういうことなのかははっきりしないままだ。
「さ、帰るか。明日から学校だから、ちゃんと寝るんだぞ」
「そうそう。いつもより早くログアウトするのよ」
「うん」
道にかからないように伐ってある桜の木に、いくつも桜が咲いていた。
二章終わり。
三章からやる話のためにタグの付け直しを行います。地雷だと感じた人はここで読むのをやめることをおすすめします。代わりにお好みのものをここで探してください。あれ、ブクマに入れてたはずのTS目録みたいな作品がない……あっこれだ!
【なろうTS大図書館】 ༺ TS♀☯♂に関するまとめと作品紹介 ༻
(https://book1.adouzi.eu.org/n6126gu/)
きわめて事務的で、探し物には有用です。陰陽マークがあるということは、ふたなりも扱っている可能性が微レ存……? これからも本作をお楽しみいただける方も、ちょっとばかし目を通してみてはいかがでしょうか。ちなみに私の作品はありませんでした。私がクズだからかな。




