124話
どうぞ。
もう出せる手札がない。ためらうことなく、俺はノイスを呼び出した。
『ははっ、こうなっちゃレギュレーションの話はしてらんねェよなァ』
「……お願いするね」
最初から呼び出しておけばよかったのかもしれない、というのは無意味な仮定だ。こういうゲームでの技を磨いたキャラや剣豪キャラと戦うときは、基本的に一対一を前提にしている。仲間を連れていると、孤高設定の地雷を踏んだり、惰弱な相手に見られてしまってもらえるアイテムの品質が下がったりと、あまりいいことがない。
ちりん、と鈴の音が響く。同時に、深紅と新緑が視界に弾けた。
『あのときよりは、早くなったようですわね?』
「斧さばき、けっこう見慣れたからね!」
トモガラが手斧を振る動きは、ひたすらに力任せだ。恐ろしく鋭く早く、凄まじい威力と圧を誇るが、軌道は素直で読みやすい。どこを狙っているかを読めば、そこから先の行動をどうするか、二手・三手先まで見えてくる。
トモガラの振るう手斧は、腕に刻まれた傷痕を狙っている。
[面白いなァ。共鳴エネルギーを投影しといて、同じ性質のエネルギーとぶつかると具現化する……ってとこか。受けたら終わりだぜ]
[思考音声! できたんだ!?]
あちらに聞こえないようにか、ノイスは二人だけに聞こえる音声で話しかけてきた。刃を交わす合間に、言葉は情報を追加していく。
[性質がだいたい見えた。「非実在の具現化」だな。あいつ自身も、もともとはどこにも存在しないものらしい]
[トモガラなんて、聞いたことなかったね……]
漢字で書くなら「輩」なのか、それとも「友骸」なのか。実在しないものを作ったという天才は確かにすごいのだが、死体から構成されたところを考えると、ろくな出自ではないのだろうと推察される。
すっと躍るいくつもの軌跡が、すれ違うこともなく互いの体にぶつかる。HPゲージがぐっと減って、腕の傷が少しだけ光を弱めたのが見えた。このままいけば、きちんとしたクエストっぽい解決へと導けそうだ。
『その機械は? そちらで楽しんでもいいのかしら』
『自信はないがね。ちょいと楽しんでくれりゃ、俺もおもちゃ甲斐があるってもんだ』
轟音と火花が飛び散り、月光を退けんばかりの閃光が連続する。こっそりと〈秘奥珠懐〉を作って、中に新しい符を入れた。
[ノイス、これ渡しとくね]
[あァ!? ――ああ、そういうことかい]
俺の狙いを察したらしく、ノイスは俺が渡した特技を受け取った。
『なにかしら。はかりごとの気配がしますわね』
「してるよ。当ててみて?」
手斧でノイスの攻撃を止め、俺の攻撃は手で受け流している。防御力にはかなりの自信があるようで、どれほど切り付けてもほとんどダメージを稼げない。だったら、と俺は〈秘奥珠懐〉を起動した。
『あら? これは』
俺が習得している魔法はほんのふたつだけだ。〈紫沿誘灯〉と〈十留涼矢〉、どちらも強いが……魔法を使うこと自体が隙につながるので、ふだんは剣技ばかり使っている。最近になって気付いたのだが、ぜんぜん使っていないはずの魔法のスキル熟練度が、ちょこっとずつ上がっていた。
「ちょっと手数増やしていくよ」
『見せてくださいな。斬ってみせます』
真っ赤な斬撃が、目を焼いた。




