113話
どうぞ。
シャツを脱ぐときに視界が隠れても、衣擦れの音は入り込むようにすこし大きめに聞こえていた。性徴顕化してからずっと姉とお風呂に入っているけど、まだまだ慣れていないのかもしれない。
服を着たり脱いだりすることに、前よりもずっと大きな意味を感じるようになっている。心理学とか社会なんとか学とか、いろんな学問から切り込めるんだろうけど……なんとなくで感じているそれは、前にはなかったものだ。制服の着こなしとか着崩しとか、そのくらいしか意識していなかったように思う。
「今日は髪の毛洗わなくっていいかなー。あんまし汗もかいてないしね」
「けっこう時間かかってたよね……」
わしゃわしゃとかすりすりとか、ものすごく手間がかかっていた。具体的なことばで表すのは苦手だけど、二十分くらい使って「これでいっか」とひとまずの終わりを迎えていたような感じだった。たぶん、もうちょっとだけ丁寧にやれたのだろう。
何度かそうしていると、姉とお風呂に入ることにも慣れてきて、裸の女性ふたりという状況にもあんまり疑問を抱かなくなってきた。人の匂いや視界の中で動く色、ほとんどすべてが違和感満載だったのだが、ひとつひとつがなじんできたように思える。
「髪の毛まとめられる?」
「えっと、こうやって……?」
きゅっとひとつに握って、くるくる巻く。ちょっとどころではなく間違っていたようで、姉は苦笑しつつ「しょーがないなー」とお団子にまとめてくれた。
「このうなじがいいんだよね。さすさす」
「ふわぅ……」
ぞわわっと悪寒に近いものが走る。男女だったら興奮もするかもしれないが、まるで命を握られている危機感のように感じられた。鏡を見ながら実演してくれた姉に感謝しつつ、手でちょっと同じ形をとってみたりもして、お風呂に入る。
わずかにべたついていたところを流して、お湯に浸かる。あんまり運動していないからか、なんとなく流れ出すような感覚がある。思ったより、体が冷えていたのかもしれない。そんなことを思いつつ、「じゃあちょっとやるよー」という姉に体を任せた。
「まだ痛い?」
「なんか、スジが入ってる感じ」
鎖骨のあたりはあんまり痛くなくなっていた。指が滑らないので、小さくぎゅっぎゅっと音がする。けれど、頬骨の下あたりは痛いままで、ほとんど何も変わっていない。肩こりとか筋肉痛とは違うイメージの固さで、妙なぐりぐり感だった。
「顔はね、しっかりやりたいなー。ちゃんとやったら小顔効果とかあるし」
「う、ちょっと痛い……」
ごめんねと言って力を弱めつつ、姉はマッサージを続けていた。
だいたい終わった後は、ほかのところを押すように撫でて、くいくいとほぐしていた。ふわふわと心地よくなってきて、気持ちのいい汗が流れているのが分かった。
「やっぱり、効果あるんだね」
「そりゃねー。じっくり磨いていくから、期待しててね?」
いつもより多めに体を流して、お風呂から上がった。




