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利家と成政 ~正史ルートVS未来知識~  作者: 橋本洋一
【第三幕】畿内制圧と甲州攻略編

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嘘はいつか晒される

 同盟を破棄するきっかけとなったのは――徳川家の飯田城攻めである。元々、織田家に流れていた『徳川信康の謀反』のうわさは一笑に付すものだった。しかし飯田城でたびたび上杉謙信が出陣した事実が信憑性を増す結果となる。


 徳川信康は上杉謙信と通じているから、攻められずに済んだ。なおかつ徳川家と上杉家は秘密裏に手を結んでいて織田家を背後から狙おうとしている。根も葉もないうわさだったものが、現実味を帯びた真実になりかけていた。


「もしも本当に徳川家が裏切るつもりなら、もっと早く裏切っているだろう。ま、敵の策略だな」


 木曽福島城を攻めている途中の利家は単純にそう考えた。けれども、織田家家中では由々しき事態と捉える者が多かった。

 それは徳川信康が岡崎城の城主であるからだ。織田家の資金源である熱田や津島に近く攻めようと思えば攻められる位置にいる。


 また大規模となった工場の指揮を執る立場なのも疑惑を深めた。いざとなれば家康の意図とは別に単独で攻めるかもしれない。加えて出自のこともあった。信康の母親である瀬名は今川家の出なのだ――


「一つ分からねえことがある。なんで徳川家が同盟を破棄しようとするんだ? 普通逆じゃねえか?」

「それがしが聞いた話になる。正確なところは分からんが言われているのはこうだ」


 利家の疑問に答えたのは長浜城の城主、羽柴秀吉である。城攻めを終えて岐阜城に帰還した利家は偶然、秀吉と遭遇した。そして件のうわさの真偽を秀吉の屋敷で確かめていたのだ。


「殿が徳川家に問い質したらしい。当然、家康殿は否定した。しかしここまでうわさが広まっているのは事実であり、飯田城攻めのこともある。だから――信康殿を岐阜城へ連れてこいと殿は仰せになった」

「弁解しろって言いたいわけか……それなら信康殿が岐阜城に行けば済む話だろ」

「それで済まなかったのだ。家康殿はそれを拒否した」


 まずい展開だなと利家は内心思った。

 秀吉は続けて「あくまでも徳川家の意見だ」と話す。


「当家は織田家と対等な立場である。いくら婿と舅の関係でも一方的過ぎる要求だ。第一、やっていないことをどうやって証明するのか。そしてもしも納得できなかったら嫡男である信康をどうするつもりなのか……」

「それもまた道理だが、殿はますます納得できないだろ。なんかこじれちまってるな……」


 困惑している利家に「それがしもそう思う」と秀吉は頷いた。


「今や徳川家は四カ国の大大名。四方に敵がいる今の織田家が敵に回すには恐ろしい相手だ。だとすれば穏便に事を収めたいのだが……」

「なあ秀吉……成政の野郎はどうだ? あいつなら仲立ちしてくれるんじゃねえか?」


 成政は元織田家家臣であり、今は徳川家家老で甲斐国の国主である。

 両家を取り持つのに最適かと考えるのは自然な流れだった。


「佐々殿か。あの方ならば既に動いている。徳川家の意見をまとめている最中とも聞く」

「そっか。なら万事大丈夫だな。あの野郎なら――」

「それがしは別の懸念がある」


 秀吉は苦い顔になる。

 楽観的だった利家の心に不安が去来する。


「なんだよ別の懸念って」

「佐々殿は優秀なお方だ。おそらく両家にとって良い判断をなさる。それでも、判断が正しいとは限らないだろう」

「もっと分かりやすく言ってくれよ」

「それがしが言いたいのは――」


 秀吉は腕組みをして利家に言う。


「織田家と徳川家、両家にとって良い判断となれば――あっさりと信康殿を殺めてしまうかもしれない、ということだ」


 そんな馬鹿なと利家は否定したかった。

 けれども、昔、信長の弟を誅殺しようとしたことを思い出した。

 信勝を殺すとき、主君が白と言えば黒いものでも白となると言っていた。

 それを思い出してしまったのだ――



◆◇◆◇



「成政。お前が来ることは分かっていた。だからはっきりと言っておく。徳川信康は切腹させる」

「……今、なんと言いましたか?」


 かつての主君、信長から出た言葉に成政は信じられない思いだった。

 岐阜城の謁見の間にて、成政は信長と正対していた。

 小姓たちは部屋の外にいるが、二人だけで話しているのに変わりはない。


 和やかな雑談などせず、信長はあっさりと自分の要求を述べた。

 そしてそれは成政には到底受け入れられない言葉だった。


「織田殿、自分が何を言っているのか――」

「上杉家と内通している。その証拠もある」


 そう言って信長は書状を広げて見せた。

 上杉家に宛てた手紙に信康の花押が記されていた。

 内容を要約すると織田家を滅ぼす協力をするとのことだった。


「馬鹿な……何かの間違い――」

「徳川家家臣ならば、信康の花押に間違いないことは分かるであろう」

「だ、第一、若様にそのようなことを――」

「利はある。織田家を滅ぼせば徳川家の天下となる。そしていずれは天下人になるだろう。男として望まない者はいるだろうか?」


 先ほどから成政に最後まで言わせずに信長は反論している。

 その目は冷たく何の暖かみも感じなかった。


「成政。お前がどう言おうが信康の切腹は決まっているのだ……いや、お前が決めたと言えるかもな」

「……どういう、意味ですか?」


 信長は懐から別の書状を取り出した。

 訝しがる成政を余所に「これは足利家から出てきたものだ」と言う。


「足利家には俺に情報を伝えてくれる者がいる」

「……間諜ですか。その者が何を言ってきたんですか?」

「とぼけるなよ。お前が織田家を裏切った証拠がここにある」


 信長は残酷な声音を隠さずにあっさりと言う。


「足利家が上杉家や毛利家、本願寺を唆して織田家を包囲した。それを焚きつけたのはお前だろう」

「…………」

「証はここにある。あいにく、花押はないが……お前が書いたものだ」


 まるでこれから切腹でもしそうな顔に成政はなる。

 いつどうして判明したのかまるで分からなかった。


「野心や野望を抱くのは悪いことではない。甲斐国の国主になったことで気が大きくなったのも理解できる。だがな、俺を裏切るのは良くないことではないか?」


 ごくりと唾を飲み込む成政は、反論しようと口を開く――


「――俺を裏切った代償として、信康を切腹させろ」


 先を制するように信長は命じた。

 薄汚い仕事を――命じた。


「今ならすべて許してやる。家康にも言わないでおく。信康さえ殺せば甲斐国の国主でいられるぞ」

「わ、私には、若様を殺めるなど……」

「ならばこの場でお前が切腹するか? しかしそうなれば徳川家と戦うことになる。俺は敵には容赦しない。必ず滅ぼす」


 信長が本気で言っているのが手に取るように分かった。

 もしも自分がここで死ねば徳川家は滅びる。京や堺を支配下に置く信長に徳川家が勝てるわけがない。自分が生きていればなんとかなるかもしれないが、この場で死ねば意味がない。


 それに今切腹してしまえば、成政がやってきたことが無駄になってしまう。

 切腹を回避するために、非業の死を遂げないために、苦労をしてきたのに、それが水泡に帰す。それだけは嫌だった。


「さあどうする? 時間はないぞ?」


 成政は唇を嚙み締めた。

 端から血が流れる。


「どうにも、なりませんか……」

「どうにもならんな。その段階はすでに過ぎている」

「私に若様を殺せ、とおっしゃるのですね」

「それ以外に選択肢はない」


 成政は握りしめた手からも血が流れていることに気づかない。


「……分かりました」

「何が分かったんだ?」

「殿を――説得します」


 かつて斎藤道三は言った。

 成政の本質は逃げである、と。

 だから成政は大事なところで逃げを選んだ。

 それを見逃さない信長ではない。


「いや。説得の必要はない」


 謁見の間に響き渡るほどの柏手を打った信長。

 その合図と共に兵がなだれ込む――


「何を――」

「お前の声に嘘がなければ良かったのにな」


 無慈悲に第六天魔王は告げた。


「心変わりするまで捕らえておく。何日でも何年でもな」

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