表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
利家と成政 ~正史ルートVS未来知識~  作者: 橋本洋一
【第三幕】畿内制圧と甲州攻略編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

156/182

勝蔵!

 周りを敵に囲まれ、四面楚歌となった状況で、信長は仇敵である朝倉と浅井に和睦を願い出た。

 言葉にすれば簡単だが、信長の心中を察すればどれほど苦しい決断だったろうか。

 すぐさま朝廷と足利義昭の仲介で会見がなされ、長きに渡った戦いが終わった。


「義兄上。今回、あなたを討ち取れなかったのは残念でした」


 まるで枯れ木のような印象を受ける浅井長政が、和睦の席で信長に言う。

 しかし、この軽口に対して信長は何の反応を見せなかった。

 ただただ沈黙を貫いていた――話すことなど何もないと言わんばかりの態度だった。


「もし義兄上が和睦を申し出なかったら。何も考えず一心不乱に私たちが攻め立てたら……討ち取れたのかもしれませんね」


 長政はそう言って、朝倉義景と共に去った。

 確かにその可能性は無くはなかった。

 もし義景が重い腰を上げて長政と連携して織田家を攻めていたら――信長の首を獲れたかもしれない。

 しかし、この世に『もしも』などという現実はない。

 この世にはっきりと勝ち負けがあるように『起きたこと』が絶対なのだ。


 信長は和睦で難を乗り切った。

 戦ではなく外交で生き残ったのだ。

 たとえそれが自身の負けを認めるようなものでも、信長は討たれなかったのだ。


「皆の者、これより岐阜城へ帰還する!」


 信長はいつものようによく通る大声で、兵たちを激励し岐阜城へ向かった。

 織田家の兵は長期間の戦で体力を損ねていたが、信長の命令には逆らえないと必死に背筋を伸ばした。

 全軍が岐阜城を目指して進軍を開始した。

 その姿はまるで凱旋のようだと、京周辺の民は感じていた。



◆◇◆◇



「よう。帰ってきたぜ――まつ」

「――利家ぇ!」


 信長より一足先に帰ってきたのは利家だった。

  宇佐山城から直接帰ってきたので織田家の本軍より早かった。

 屋敷の門前で抱きしめ合う夫婦の光景は微笑ましかったが、その会話の内容はというと――


「早く帰ってきてくれなかったら、私、どうにかなってしまいそうでした」

「ごめんなあ。心配かけて。本当に悪かった」

「もう。そんな風に言われたら許さないといけないじゃないですか」

「あははは。ありがとうな」


 物凄い綱渡りを勘で攻略した利家。

 それから「俺、行かねえと駄目なんだ」とまつから身体を離す。


「えっ? どこへ行くんですか?」

「兼山だよ。可成の兄いの領地」


 それを聞いたまつは、同情の思いを見せた。

 森可成という名将の死は既に美濃国中に知れ渡っていた。

 だから利家がわざわざ知らせに行く必要はない――


「そういうわけにもいかねえ。俺は可成の兄いの最期を看取ったんだ。この両の目でな」

「利家……しかし……」

「殴られるかもな。一度しか会ってねえが、兄いの嫡男、乱暴者って噂だしよ」


 利家が言っても聞かない人だと、まつは知っていた。そして義に厚い人だというのも。

 だからせめて、利家の妻として、この人を立派に送り出そうと思った。


「そんな鎧姿ではいけません。まず身体を清めて正装で挨拶に行ってください」

「そうか? ……まつが言うんだからそうしたほうがいいか」


 利家はそのまま、屋敷の中に入っていく。

 まつはとりあえず奥村助右衛門を同行させようかと考える。あの出来た者なら利家の助けになってくれるだろう。


「まつ!」

「はい、なんでしょうか?」


 利家ははにかんだ笑顔でまつに言う。


「ありがとうな。いろいろ考えてくれて。俺は知恵が足りないから助かっているぜ」


 飾り気のない感謝の言葉。

 それでいて男気溢れるものだった。

 まつは胸いっぱいになりながら「嬉しく思いますよ」と笑った。


「少しでも利家の役に立てるのは、私にとってたとえようもない幸福なのです」



◆◇◆◇



 まつの進言どおり、奥村助右衛門を連れて利家は森家の屋敷がある美濃国の兼山へ向かった。あまり気持ちの良い報告ではないが、己の役目だと分かっていた。


 だからこそ、森家の嫡男である勝蔵に殴られる覚悟を利家は持っていた。


「殿。あれが森様の屋敷です」


 ぼうっとしていた利家に奥村が努めて感情を込めずに申し上げた。何度も訪れてきた屋敷だけど、どこか寂しげでなんとなく小さく見えた。


「よし、行くか……助右衛門、俺が殴られても手を出すなよ」

「お、奥方様には、傷一つ付けてはならぬと……」

「俺ぁその覚悟で来てんだ。悪いがまつにどやされてくれ」


 奥村の顔が真っ青となり、やがて白く変化した。まるで地獄を味わった者の反応だった。

 しかし利家は奥村を見ずに門を叩いた。


「織田家家臣、前田利家だ。誰かいるか?」


 しばらくして門が開いた。下男が数人いて「これは、前田様……」と鎮痛な思いで呟く。


「嫡男の勝蔵に会いに来た。それと奥方のえい殿にも」

「お二方、屋敷にいらしております……」


 利家は「なら入るぞ」と躊躇なく屋敷に入る。奥村は「ああ、なんでこんなことに……」と後に続いた。


 庭で青年と子どもが槍の稽古をしていた。

 青年のほうは利家から見ても腕がいい。年齢の割に熟練した技術を持っていた。

 子どものほうは年相応で基本を忠実に槍を振り回していた。しかし光るものを感じさせる。


 利家は昔の俺と兄いのようだ、と懐かしさを覚えた。自然と頬が緩む。二人とも可成に似ていた。


「待て、乱丸。あんたら誰だ?」


 利家たちに気づいた青年は稽古をやめて、不意の来客たちを睨む。

 一瞬にして警戒態勢になったのを見て、こいつ人を殺しているなと利家は悟った。


「織田家家臣、前田利家だ」

「……ああ、親父がよく話していたな」


 槍を子どもに預けた青年は縁側へ向かい、腰を下ろした。槍を持たされた子どもはおろおろして「ちょっと兄上!」と不安そうにしている。


「何の用だ? 親父が死んだことなら知っている。その原因もな」

「ならどうして俺を殴らない? 一応、織田家の者だが」

「俺が一番殴りてえのは死んだ親父だよ――何勝手に死んでやがるっ」


 どん! と縁側を殴りつける青年。

 利家は努めて冷静に「お前たち、名乗っていなかったな」と言う。


「名乗れ、武士らしく」

「森家の嫡男、勝蔵」

「わ、私は乱丸です……」

「良い名だな。物に当たる野郎とは思えないくらいに」

「…………」


 勝蔵を挑発するようなこと言っても、彼は反応しなかった。

 利家はため息をつきつつ「俺はお前たちに可成の兄いの最期を伝えに来た」と言う。


「聞きたいか?」

「……武士らしく死んだんだろ。親父が死ぬとしたらそれしかない」

「武士らしく、か。間違ってはいないな」


 利家は何気なく勝蔵の隣に座った。

 そして「並みの武士以上の死に方だった」と思い出すように言う。


「……俺は、親父に勝てないままだった。そんで勝ち逃げされたんだよ」


 勝蔵は吐き捨てるように言った。利家はここで違和感を覚えた。


「親父はすげえ人だった。だけどよ、あっさりと死ぬなんて思わなかった」

「それが戦だからな」

「…………」


 利家は「あのさ。お前は兄いが死んで悲しいとかないの?」と真っすぐに言う。

 勝蔵は「俺は武士だぜ」とすげなく返す。


「悲しいなんていうわけねえだろ。馬鹿か――」


 その言葉を皮切りに――利家は勝蔵を殴った。

 物凄い勢いだったため、縁側から吹き飛び、部屋の障子を突き破った。


「と、殿! いったい何を――」


 このままなら利家が殴られずに済むと思い込んでいた奥村が焦った声を出す。

 当の利家は「どうした? 立てよ勝蔵」と手をひらひらさせる。

 勝蔵は口から血を出しながら「てめえ……!」と立ち上がった。


「お前さ。何に言い訳しているのか分からねえけど、可成の兄いの死から目を背けるなよ。素直に悲しめ。寂しいって言えよ」

「……ぶっ殺す」


 勝蔵は指を鳴らしながらゆっくりと利家に近づく。


「親父が死んじまったことは関係ねえ。てめえはムカつく」

「はっ。それでもいいぜ――悪ガキ」


 利家はにやにや笑いながら拳を構えた。


「兄いのために、お前には教えてやらねえとな!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ