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利家と成政 ~正史ルートVS未来知識~  作者: 橋本洋一
【第三幕】畿内制圧と甲州攻略編

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笹の才蔵

 徳川家が駿河国進攻をしている最中、成政は後方支援を担当していた。

 新たに工場を作り、堺の今井宋久から鍛冶職人を誘致してもらい、鉄砲の増産をさせていた。

 そのおかげで日に五丁の鉄砲を生産することができた。


「うむ。なかなかの出来だな」


 遠目にある的に銃弾を当てて、精度を確かめる成政。

 職人の一人が頭を下げて「お褒めいただきありがとうございます」と応じる。


「日に五丁だが……それ以上生産はできぬか?」

「人手が足りません。日に五丁が精一杯です」

「……引き続き鍛冶屋を集めよう。差配は任す」


 仕事を終えて工場から出た成政に大蔵長安が近づいた。

 何か報告があるのかと成政は「どうした?」と問う。


「へえ。以前より佐々家に仕える文官を募集していましたが……八人集めました」

「使えそうな者はどのくらいだ?」

「算術は全員使えますし文字書きもできます……直接、見てくだせえ」


 少しの間にそこまでの人材を集めるとは思わなかった。

 長安を佐々家家老に任ずるのも悪くないなと考える成政。

 とりあえず、その者たちを見てみようと彼は考えた。


「すぐに向かう。本多殿に会ってからな」

「かしこまりました」


 本多正信がいる岡崎城へ足を運ぶ。

 そのとき、何やら騒ぎが起きていた。

 馬に乗っていた成政は近くの者に「何か諍いでも起きているのか?」と問う。


「あ、お侍様。子供が大暴れしているんです」

「子供だと?」

「年は十四か十五。数人の荒くれ者と喧嘩しています」


 手で筒を作って覗くと、どこから持ってきたのか分からない、洗濯竿ぐらいの棒を振り回して荒くれ者を寄せ付けていないが、動きが緩慢だ。あの調子だと捕まえられてしまうだろう。

 しかし、ゆっくりでもなかなか良い動きをする子供だった。おそらく武芸を習っているのだろう。成政が関心を持つぐらいには、才のある動き――


「そこの者たち! 徳川家の領内での狼藉、許さぬぞ!」


 成政が馬に乗りつつ場を収めようと向かった。

 人の群れが散っていくと荒くれ共も気づいたのか「逃げろ!」と一斉に駆け出す。


「ま、待て、逃げるな……っく!」


 子供――少年は怪我を負っていた。荒くれ共につけられたものだろう。

 成政は馬を下りて「大丈夫か?」と抱えた。


「こ、このくらい……」

「無理をするな。おい、薬を持ってきてくれ」


 少年は安心したのか、気絶してしまった。

 瓜のように面長で色の白い少年だった。しかし鍛えられているのは分かる。

 武家の出なのかもしれない。


「仕方ない、屋敷に連れていくか」


 正信殿とは後日話そう。

 成政は少年を馬に乗せた。



◆◇◆◇



「お前さま、この子は……」

「分からぬ。荒くれ共と喧嘩をしていた」

「喧嘩、ですか……」


 成政の妻、はるは手桶で手拭いを洗い、水を切って額に当てた。

 穏やかな顔ですやすやと寝ている姿を見て、怪我の割に痛みは少ないなと成政は思った。


「喧嘩と聞くと、件の方を思い出します」

「……利家のことか」

「お前さまは、酔うとあの方のことを悪く言います。楽しそうに」


 楽しそうに、の部分に眉をひそめる成政。

 するとはるはくすくすと笑った。

 成政が久しぶりに見る、彼女の笑顔だった。


「ようやく、笑ってくれたか」

「あっ……」

「悪いことではない。むしろ、笑ってくれていたほうが良い。その……心が安らぐのだ」


 飾り気のない成政の本音に、はるは嬉しそうな顔をしたけど、それは一瞬のことですぐさまは我慢の顔になる。

 成政は笑顔で「私が悪かったよ」と告げた。


「お前の仏頂面を見ていると、私は自分が、本物の悪人に思えるのだ」

「……悪人ではないですか」

「私のためではなく、徳川家のために殺したのだ……いや、言い訳だな」


 成政ははるに頭を下げた。

 はるは慌てて「何をなさっているのですか!?」と喚く。


「ごめんなさい。もう二度と怖がらせたりしないから」

「……本当ですか? もし怖がらせたらどうしますか?」

「煮るなり焼くなりすればいい」


 はるは大きなため息をついて。

 成政の顔を持ち上げて己の顔を近づけた。

 徐々に赤くなる成政。

 耐えきれずに吹き出してしまった。


「あははは! お前さまは、照れ屋さんですね!」

「う、うるさい! 人が真剣に謝っておるのに!」

「いいですよ、許してあげます」


 はるは顔から手を放して、そのまま身を成政に預けた。

 あわあわとする成政の様子を感じつつ、はるは本当に愛らしいわと思っていた。


「うーん……あれ? ここは……?」


 少年の目が覚めたようだ。

 成政ははるを引き離して「気づいたようだな」と威厳を込めて言う。


「……ここはどこだ?」

「私の屋敷だ」

「はあ……それであんたは誰だ?」


 警戒を込めて睨んでいるが、子供の脅しなど成政には通用しない。

 むしろ微笑ましく思えて笑ってしまった。


「なんで笑うんだ!」

「ああ、失礼した……私は徳川家家老、佐々成政である」


 少年は驚いて「あの佐々成政か!?」と喚いた。

 その驚きようが面白くて「そのとおりだ」と成政は頷いた。


「どうしてあの荒くれ共と喧嘩していた?」

「ああ。くだらないことだよ。肩がぶつかったとかどうとか」

「本当にくだらないことだな」

「うるせえな……そんじゃお世話になったよ」


 そそくさと出て行こうとする少年だったが、当然のように怪我は治っていない。

 立ち上がろうとして「あいててて……」と怪我の箇所を抑える。


「無理をするな。はる、何か食せる物を。粥などが良いな」

「ふふふ。かしこまりました」


 機嫌の良いはるはにこやかに準備しに行く。

 少年は「綺麗な人だな」とぼそりと呟いた。

 成政は警戒するように「私の妻だ」と言う。


「色目を使うなよ」

「そんなんじゃねえよ……何本気にしてんだ?」

「それより、お前は何者だ? 人に名を聞いておいて名乗らないのは無礼だろう」


 少年はしばらく迷ったが、結局「……可児才蔵という」と答えた。

 成政はその名に聞き覚えがあった――未来知識で彼が後の猛将だと知った。


「良い名だな。それで才蔵はどうしてここに? 三河国の者ではないだろう」

「あれ? どうして俺がここの出じゃないと分かったんだ?」

「……美濃国に可児という地名がある。そこの出だと推察するが」


 意外と鋭い才蔵を誤魔化すように推理を披露する成政。

 才蔵は「頭いいんだな」と感心した。


「うん。美濃の出なんだけどさ。実家から出奔して諸国漫遊の旅をしていた」

「そうか。つまり浪人だな」

「はっきり言うなよ。路銀も尽きてどうしようか迷っているんだ」


 成政はさりげなく「私に仕えないか?」と問う。

 才蔵は「はあ? あんたに?」と目を丸くする。


「ああ。禄も出す。徳川家家老に仕えるのは不服なら仕方ないが」

「いや。不満はねえけど。ていうか同情なら勘弁だぜ? これでも武士の矜持はあるんだ」

「そうではない。武芸を習っているのは分かるし、腹が空いていなければ荒くれ共を一掃していたことも分かる」


 動きが緩慢だったのは、腹が空いていたから。

 そして空腹なのは路銀が尽きているからだ。


「鋭いな。流石に家老をやっているだけはある」

「それで、仕えるのか?」


 才蔵が答える前に「お粥が出来上がりました」とはるが持ってきた。

 匙で掬ってお椀によそったものを才蔵に手渡すと、一心不乱に食べ始めた。


「うめえ! こんなに美味い飯、初めてだ!」

「ふふふ。お粗末様です」

「ま、ゆっくりと食べてくれ」


 成政は別に焦らなくても良いかと思っていると「ああ。あんたに仕えるよ」と才蔵が言う。


「一飯の恩は必ず返すよ」

「そうか。おい、はる。風呂の準備をしてやれ」


 笹の才蔵を手に入れられたことの喜びで胸がいっぱいになる中、成政は威厳を込めてはるに言う。

 どうして機嫌が良いのだろうとはるは微笑みながら「はい、お前さま」と答えた。

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