94.大事なこと
3人は焚き火を囲んで腰を下ろした。
「にしても、酷い目に遭いましたね。」
「あのベルベストタイガー、とんでもない大きさだったぞ。」
「意図的に雪崩を起こしたのだとしたら、普通の魔獣ではないな。」
「カミル、横にならなくて大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。それに、こうして火を囲むのも悪くないと思ってね。」
「ハウロス、カミル」
「はい。」「ん?」
「おかしな話をしてもいい?」
「なんですか?」
「俺、実は前世はこの世界の人間じゃないんだ。」
「え?」「む?」
カルマは前世の記憶の話をした。また、それを取り戻すに至った経緯も含めて…
「この世界以外にも違う世界があるなんて……」
「なるほどな。」
「え……?」
「どうしたんですか?」
「二人とも信じてるの?」
「嘘ではないんだろ?」
「嘘じゃないけど……前世の記憶があるなんておかしいでしょ?」
「不思議だとは思いますけど、でも、ボスはボスですよね?」
カルマはその言葉を聞いて、あることを思い出した。
昔カストリアでイリーナと出会った時、イリーナは不思議そうな顔をしていた。"なぜ自分はアラモなのに嫌がらないの?"と。
カルマはその時、名前など気にならなかった。むしろ過敏に気にするイリーナを不思議に思ったほどだ。
きっとハウロスやカミルもそうなのだ。
人は見た目や生まれ育った環境、性別や名前などで、すぐに区別や差別をしたがる。
カルマもその赤い左目を散々怖がられてきた。
けど、その人のことを知ろうとする人にとっては、そんな表面上のことなどどうでもいいのだ。
大事なのは、その人の心根や思考、感情など"心の根幹"なのだ、と。
「どうしたんだ?カルマ」
「いや、2人の反応を見て、昔の知り合いのことを思い出してね。」
「女ですか?」「女だな。」
「え…ちょっ……」
それからしばらく、3人は火を囲み談笑をしていた。
思えば、ミルズでのゴタゴタの後からこんな時間は余りなかった。
「それで、カルマはどうして前世の話をいきなりしだしたんだ?」
「いや、実はカミルを探している時に雪に倒れ込んでさ。動けなくなった時に頭をよぎったんだよ。フラッシュバックって言うのかなぁ?」
「何が」
「俺……いつかわからないけど、この山に来たことがある気がするんだ。それにパレドールにも行った記憶がある。」
「え?でもボスは俺と旅に出るまでカストリアから出たことはないはずですよね。それに前世は違う世界の人間だったって」
「そうなんだよ…だからわからないんだ。」
「それで、その記憶に続きはあるのか?」
「いや、その後、声が聞こえて、起きろって、お前はまだ死ねないって。
その声で目が覚めたら誰もいなかったんだ。
あの声はどこか、兄さんに似ていた。」
「そうか。もしかしたらダグラスの体験が混濁したのかもしれないな。」
「混濁?」
「カルマは昔、ダグラスからこの山に登った話を聞いて、その体験がカルマ自身の記憶かのように錯覚した……
とかね。」
「うーん。そうなのかなぁ。」
「よく考えてもみろ。こんな山に登ろうとする人間自体が少ないんだ。それこそダグラスのような規格外の人間だけだろう?」
「まあ、確かに……」
カルマはあの記憶がダグラスのものだったとは思えなかったが、この山に来た覚えは当然なく、そもそも人が来るようなところではないというカミルの意見にも頷ける。
「まあ、いいか。とりあえず助かったわけだし。」
3人は数日間は体力と魔力を回復するためその場に留まった。




