闇商店
翌日、カルマはハウロスに教えられた商店へ向かった。頭巾を深くかぶり、衛兵の目を避けるように路地裏を進む。
指定された場所に辿り着くと、そこにあったのは廃業したらしい古びた喫茶店だった。
「ここ……?」
軋む扉に手をかける。鍵はかかっていない。
慎重に中へ足を踏み入れる。
「すみませーん……?」
返事はない。人の気配もない。
だが奥に、地下へ続く階段があるのに気づく。
カルマは息を整え、ゆっくりと降りていった。
そして、目に飛び込んできた光景に思わず息を呑む。
天井は高く、地上の狭さが嘘のように広い空間。
壁一面、床から天井までびっしりと魔導書が並んでいる。
「……すごい」
カストリアには魔導商店がなかった。
ノーリエの家の魔導書はほぼ読み尽くしている。だが、ここは桁が違う。
「なかなか壮観じゃろう。」
低い声が響き、本棚の奥から老人が姿を現す。
「魔導書の数でいえば、他国の並の商店より多いぞ。」
「あなたが……?」
「ああ。この店の主、ユバルバじゃ。」
フードの奥から細い目がこちらを覗く。
「ここは事情ある者が集う場所。お主が何者かは聞かん。欲しい本を選べばよい。時間も気にせんでいい。」
「いいんですか?」
「本は読まれてこそ価値がある。好きなだけ見ていけ。」
不気味な風貌とは裏腹に、声はどこか穏やかだった。
カルマの目が輝く。
そして次の瞬間には、本棚の間を縫うように歩き回っていた。
⸻
数時間後。
カルマはようやく顔を上げた。
「……読みすぎた」
自分でも苦笑する。
厳選した七冊を抱え、ユバルバの元へ向かう。
「これ、買ってもいいですか?」
「もちろんじゃ。毎度あり。」
老人は本の背を一冊ずつ確認し、にやりと笑う。
「……ほう。なかなか良い目をしとる。」
「え?」
「いや、独り言じゃ。」
カルマは首をかしげつつ、代金を払い本を抱える。
「ありがとうございました。近いうちにまた来ます。」
「ああ。待っておるよ、若き戦士よ。」
⸻
路地に出る。
人影が一つ、向こうから歩いてくる。
「あの、すみません。」
「……!」
カルマは反射的にフードを深くかぶる。
衛兵ではない。頭巾を被った女性だ。
「その眼帯……あなたがカルマ殿ですか?」
「……どうして俺を?」
不用意に反応したことを一瞬で後悔する。
「あなたに内密のお話があります。」
「誰だ?」
警戒を崩さない。
「昨日、少年を助けるために戦士と戦ったでしょう。
その件で、あなたに頼みがあります。」
「……味方だって言うのか?」
「ええ。少なくとも、あなたの敵ではありません。」
フードの奥の目が、真っ直ぐこちらを見ていた。
「話だけなら、聞く。」
⸻
その頃、宿屋では。
「ボス、遅いな。大丈夫かな。」
「ハウロス。お前が言っていた店、本当に安全なんだろうな。」
「兵の息はかかってません。少なくとも俺が知っている限りは。」
「“限り”か。」
カミルが腕を組む。
その時、扉が開いた。
「ボス!」
「ごめん、遅くなった。」
「何かあったのか?」
「魔導書に夢中になってただけ……って言いたいところだけど、少し進展もあってね。」
二人の視線が鋭くなる。
「どういうことだ。」
「店を出たところで、ある人に声をかけられた。」
カルマは荷物を置き、今日の出来事を語り始めた。




