少年バランとの出会い
翌朝、カルマは一人で宿を出て魔導図書館へ向かった。
ハウロスとは途中まで同じ道だったが、市場の角で別れる。
カミルはというと、夜明けと同時に街へ出ていた。ああ見えて早起きだ。
このミルズ王国では魔導商店は存在せず、代わりに「魔導図書館」と呼ばれる公共施設が置かれているらしい。
しかも王宮に隣接しているという。
王宮へ向かうにつれ、人通りは整然とし、道も広くなる。
数年前に内乱があり王が代替わりしたと聞くが、街の様子からはその痕跡は感じられない。
静かで、穏やかで、どこか作り物めいた平穏。
大都市というほどではないが、建物は整然と並び、雰囲気はどこかカストリアに似ていた。
やがて王宮の麓へ辿り着く。
左手には長い石階段。その上に王宮。
そして階段の脇に構える大きな石造りの建物――あれが魔導図書館だ。
「待て! このガキ!」
怒声が響いた。
振り向いた瞬間、王宮の階段を少年が転がり落ちてくる。
その後ろから衛兵が数名、必死の形相で追っていた。
「わぁっ!」
少年はカルマの足元で止まる。
カルマはとっさに腕を掴み、立ち上がらせた。
「その少年を引き渡せ!」
「んー……」
カルマは少年を見る。
涙でぐしゃぐしゃの顔。それでも衛兵を睨みつけている。
「お前達が母さんを奪ったからだろ!」
その一言で、空気が変わる。
カルマは小さく息を吐き、少年を抱え上げた。
「あっ、おい! 待て!」
衛兵の制止を無視し、路地へと駆け出す。
⸻
王宮から十分に距離を取ったところで、カルマは足を止めた。
衛兵の姿はもう見えない。
「……何で助けたの?」
少年が震えた声で言う。
「話を聞く前に判断はできない。君が悪党なら、ちゃんと引き渡すさ。」
そう言って少年を下ろす。
「名前は?」
「……バラン」
「俺はカルマ・ミラ・フィーランだ。」
バランはしばらく黙り込み、やがてぽつりと呟く。
「あそこに母さんがいる」
「あそこって……王宮か?」
無言の頷き。
「母さんは昔、王宮の使用人だったんだ。
その時の王子が、勝手に結婚すると決めたらしい。母さんの意思なんて関係なく」
カルマの眉がわずかに動く。
「じゃあ、君はその王子の――」
「違うよ。母さんは逃げた。僕はその後に生まれた。父さんはもういないけど」
「……それで?」
「王子は今、王になってる。
母さんの居場所を突き止めて、連れ戻そうとした」
「抵抗したのか」
「最後は……自分から戻った。
僕に危害を加えないって約束させて」
路地に沈黙が落ちる。
「だから会いに行ったのか」
バランは強く頷く。
そして突然、カルマの肩を掴んだ。
「お前、魔術師なんだろ! なら連れてってよ! 母さんのところへ!」
「……」
カルマは目を伏せる。
(王家の問題だ。関わる義理はない)
だが、少年の震える手が離れない。
次の瞬間――
空気を焦がす轟音。
巨大な炎球が路地へ叩き込まれた。
爆風が石畳を砕き、衝撃が二人を飲み込む。




