旅立ち
数日後――
カルマは荷物を肩に担ぎ、剣を携える。
旅立ちの日だ。
家には両親のほかに、イリーナも来ていた。
⸻
「あ……すみません。」
扉をノックする音とともに、か細い声が響く。
「あなたは……」
「ノーリエさん!外に出るなんて珍しい。」
「君には世話になったからね。」
バトロフは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにノーリエを快く招き入れた。
ノーリエは照れくさそうに礼を言い、家の端へと静かに下がる。
それを見て、カルマはくすりと笑った。
バトロフはカルマの前に立つ。
「カルマ。今日はお前の旅立ちの日だ。まだ十二歳だが、その才能は天級の戦士たちのお墨付きだ。お前ならきっと立派な戦士になるだろう。
だが――困ったことがあれば、いつでも帰ってこい。
ここにいる皆は、いつでもお前の力になる。」
その場の全員が、静かに大きく頷いた。
バトロフは、器に並々と注がれた赤い液体をカルマに差し出す。
「これは……?」
「この国の伝統だ。戦士として旅立つ者は、ギラムの実のジュースを飲む。」
「ギラムの実って、町外れにたまに生えてるやつ?」
「そうだ。あれは“腐らない果実”と呼ばれている。もいで十年経っても水々しさを失わない。
それを飲むことで、何事にも耐えられる強い意志を得られると言われている。」
「へぇ……」
カルマは赤い果汁を見つめ、覚悟を決めるように一気に飲み干した。
「がっ!?!?」
次の瞬間、喉を押さえて地面を転がる。
焼けるように、辛い。
「カルマ!」
イリーナが慌てて駆け寄る。
「はっはっは。言わなかったが、ギラムの実は激辛だ。」
「うぅ……辛い……」
「だが腐らないうえに栄養満点だ。旅先で困ったら食べるといい。」
バトロフはギラムの実を一つ、カルマの荷に忍ばせた。
「父さんから多くは語らん。立派になって帰ってこい。」
「うん。父さん、ありがとう。」
ティニエも涙をこらえながら近づく。
「どれだけ優秀な戦士になっても、あなたはあなたよ。
いつでも帰ってきなさい。」
「うん。母さん。行ってくるね。イリーナも、ありがとう。」
扉へ向かうカルマの肩に、ノーリエがそっと手を置く。
言葉はない。ただ静かな微笑みだけがあった。
イリーナはずっと下を向いている。
扉を開けると、空がいつもより広く見えた。
――自分は今、人生の一歩を踏み出すのだ。
「カルマ!!」
イリーナが外へ飛び出し、呼び止める。
「今の私には、まだあなたについていける力はない。でも……必ず、あなたの力になれるようになる。
そしたら……私もあなたについていく……から!」
カルマはふっと笑い、振り返る。
「イリーナと旅ができるの、楽しみにしてるよ。」
そして、再び前を向いて歩き出した。
イリーナは涙を流しながら、その背中が小さくなるまで見送った。




