カストリア襲撃③
バトロフは思い出す。
十二年前。
カストリア周囲で発生した魔獣の調査のため、国門の外へ出た日のことだ。
血にまみれ、倒れていた四歳ほどの子ども。
それがハウロスだった。
怪我は深かったが、一命は取り留めた。
だが記憶は混濁していた。自分の出自も、両親の顔も思い出せない。
覚えていたのは――
自分の名前と、
母と二人で“何か”から逃げていたということだけ。
衛兵隊は数日かけて周辺を捜索した。だが母親らしき人物は見つからなかった。
行き場をなくした少年は、兵舎に迎えられた。
バトロフは、兵舎に泊まる日は必ずハウロスの様子を見に行った。
少年はよく笑った。よく働き、誰よりも礼儀正しかった。
そして――
異様な才能を持っていた。
魔鋼。
魔力を流し込むことで形状を変える基礎訓練用の鉱物。
熟練の魔術士でも、ゆっくりと時間をかけて形を変えるのがやっとのそれを――
ハウロスは、まるで粘土でも弄ぶように自在に操った。
薄く広げ、
槍にし、
盾にし、
密度を極限まで高め、刃へと変える。
「……どうやっている?」
「作りたい形を、思い浮かべているだけです」
それだけで。
天才だった。
「すごい才能だ。魔術士会にでも行ってみたらどうだ。良ければ紹介するよ。君ならきっと素晴らしい魔術士になれる。」
だが少年は、首を振った。
「ここで十分です。ここが……俺の居場所ですから」
義理堅く、謙虚で、優しい少年。
そして今――
その少年が、魔人の前に立っている。
――――――――――
「離れろ、ハウロス!」
バトロフの声を背に、ハウロスは魔鋼をナイフ状に変形させる。
「原理は知らんが、物質を自在に変形させる能力か」
「俺は魔術士じゃない」
短く言い放つ。
次の瞬間、魔鋼は弾丸へと分裂した。
「――魔鋼弾」
鋭い軌跡を描き、魔人へ殺到する。
だが。
パチン、と。
まるで埃を払うように、魔人は素手で弾丸を弾いた。
硬度を極限まで高めた、殺傷用の弾丸を。
(……嘘だろ)
違和感。何かがおかしい。
一瞬の動揺。
「その迷いが命取りだ」
閃光のような剣閃。
盾を展開するが――砕かれハウロスの血が舞う。
「ハウロス!!」
バトロフが飛び出す。
だが。
「人間は本当に分かりやすい」
魔人は振り返りもせず、剣を振り上げた。
バトロフが飛び出すのをわかっていたかのように。
間に合わない。
――その瞬間。
炎が、夜を裂いた。
轟音とともに魔人の体が吹き飛ぶ。
家屋を貫き、瓦礫を撒き散らしながら転がった。
「……何だ?」
立っていたのは、炎を纏う少年。
「父さん、大丈夫?」
「カ、カルマ……」
バトロフの声が震える。
炎の剣を構え、カルマは父の前に立つ。
その姿は、無邪気で優しい我が子の姿ではなかった。
小さな戦士の背中..
瓦礫が崩れ落ちる。
砂煙の向こう、魔人がゆっくり立ち上がる。
魔人は不思議そうにカルマを見つめる。
若い。
だがその魔力は、大きく。深い。
「ガキ……お前、何者だ?」
カルマは答えない。
ただ、炎を強く燃え上がらせる。
「父さん、下がってて」
声は震えていない。
「こいつは、僕がやる」
「待て、カルマ!そいつは――」
言い終わる前に。
魔人が地を蹴った。
夜が、裂ける。




