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被験者探偵S002  作者: 柏木弓依
~格安アパートの秘密(全7話)~
16/21

第二話

「……で、その自分探し中の妹はまだその幽霊アパートに住んでいるのか?」

 ソルテラン王立科学研究所の特別研究棟のバルコニーで、エルウィンの話を聞き終えたS002――お嬢さんが言った。そばにはエルウィンがお土産にと買ってきたフルーツタルトがある。

「うん、引っ越すにも、あの地域は家賃が高いから、なかなか住める部屋が見つからないんじゃないかって、イレーネさんは言っていた」


 イレーネの『相談』は、一か月前に西ソテラノ地区に引っ越してきた、四歳年下の妹、セレスティーヌのことだった。南部ののどかな港町に両親と住んでいた17歳のセレスティーヌは、都心で何か夢中になれることを探したいと言い、両親の反対をかなり強引に押し切って、ソテラノ市内でも最もにぎやかな街、西ソテラノ地区に出てきたらしい。そして、西ソテラノ地区のアパートの平均家賃と比べると、その半額ほどで借りられる格安アパート『バルトハイム』を見つけ、すぐに住み始めたという。

「セレスティーヌからアパートの話を聞いたときは、あまりにも家賃が安いから、やめたほうがいいって私は忠告したんです。そういう異常に安いアパートって、シャワーが付いていなかったり、信じられないくらい部屋が狭かったり、壁が薄くて隣の騒音がうるさかったり、なにかと問題が多いでしょう。でも、セレスティーヌは聞く耳を持たずにすぐに契約してしまって」

 イレーネはため息をついた。

 セレスティーヌから、イレーネに手紙が届いたのは、先週のことだった。

アパートの契約以降、とくにセレスティーヌから連絡がなかったので、イレーネはとくに妹の心配をしていなかった。きっと一人暮らしがうまくいっている報告だろう、と軽い気持ちで封を開けたのである。手紙の前半には、映画館で軽食の売り子をしていること、西ソテラノ地区の繁華街に立ち並ぶ、デパートやおしゃれなカフェに毎日通っていることなどが書き綴られていたが、文末に書かれた言葉に、引っかかった。


<いま住んでいるお部屋なのだけれど、幽霊が出るの。夜中に気配がして、目が覚めることがあるのよ。それに、たまに甘い匂いがするの。最初は、都心に出てきてすこし神経質になっているのかと思ったけれど、たぶん気のせいじゃないと思うのよ。やっぱり、やめたほうがよかったかなぁ。もし都合がついたら、今度の金曜日、一度部屋を見に来てくれない? 1時に駅に迎えに行くわ>


 手紙からなんとなく不穏な予感がしたイレーネは、お店の常連であるエルウィンが、刑事とよく来ていたことを思い出し、相談してみたというわけである。

「イレーネさんから、できれば一緒にきてほしいって頼まれているんだ。だから、クリストフ中尉に休暇の許可がいただけたら、行ってみようと思って」

 タルトの最後の一口を口に入れたお嬢さんは、むぐむぐと咀嚼しながらしばらく思案顔で黙っていたが、おもむろに、椅子からふわりと立ち上がった。はずみで、彼女の繊細な明るい灰色の髪がさらりと宙を舞い、バルコニーに差し込む陽の光を受けてきらりと輝く。それはまるで、太陽の光を受けて煌めく海のようだった。

 椅子から立ち上がったお嬢さんは、そのままとことこと部屋のなかへ戻ると、壁際の読み終えた新聞を入れている棚から、いくつかの日付の新聞を選んで取り出した。

「その幽霊アパートだが、管理人はどんな人間だ?」

「えっ、管理人? とくに聞いていないけど」

「ほかの入居者の情報は?」

 お嬢さんの質問の意図がわからなくて、エルウィンは困惑した。

「それもとくに聞いていないけど。あ、でも入居条件は20歳以下の女性だったかな。年齢制限が入居条件にあるのって珍しいよね……お嬢さん?」

 楽観的な少尉とは対照的に、お嬢さんは真剣な表情をしていた。棚から引っ張り出した新ソテラノ新聞の紙面を、何かを探しながらめくっていき、順に並べていく。うっとりするほど美しく整った横顔が、緊張でこわばっていた。

「これを」

 バルコニーの椅子から立ち上がり、遠慮がちに隣にやってきたエルウィンに、お嬢さんは一紙ずつ、広げた新聞の紙面の下のほうを示した。そこは働き手を募集する広告や、ルームシェアを呼びかける広告、イベントの告知などが掲載される欄だった。


 <探しています。西ソテラノ地区で失踪・女性・17歳・ブロンドのショートヘア……>

 <情報提供求ム。西ソテラノ地区で失踪・女性・19歳・身長約5フィート……>

 <連絡をください。西ソテラノ地区で行方不明・女性・18歳・髪色ブルネット……>


「なにこれ……」

「少なくともここ半年間、毎月西ソテラノ地区で失踪者が出ている」

「まさか、これとセレスティーヌさんのアパートが関係あるの?」

 エルウィンは背筋に冷たいものが走るのを感じて、思わず身震いする。

 お嬢さんはすぐには答えなかった。やがて、ゆっくりと

「今の段階で一つ言えることは」

 低い、緊張感のある声だった。

「立地も交通の便もいい西ソテラノ地区で、平均家賃の半額で借りられる築浅の家具付きアパートには、それなりの理由があるということだよ」

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