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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第六章 イジョラ軍侵攻
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099.魔法の脅威



 走るイェルケルの少し後方に、スティナが続いている。

 スティナ曰く、イェルケルが気持ちよく虐殺するために、面倒な敵を処理しておく役目らしい。

 敵を斬ることを気持ちよいと思ったことなどない、と抗議しようと思ったがスティナの笑みを見て言うのをやめた。あれは絶対わかっててからかってる顔である。

 とはいえ、やるべきことが目の前にあって、それをこなしている間は余計なことは考えずに済む。

 敵との戦闘などはその最たるものだろう。

 やる気あるんだか無いんだかよくわからない突き出された穂先を、いなしながら懐へと踏み込み首を斬る。

 きちんと斬れば首元の帷子など問題にもならない。

 そして一撃で敵を仕留めたことにもまるで怯えぬ次の敵が来る。

 ふと、夜間戦闘を思い出した。

 暗いせいでこちらがどれだけ強いのかが敵に全く伝わらぬままに戦闘が続いたアレだ。

 ただその時と違って敵の表情はよく見える。

 全員、顔に死相が出ている。

 表情は今にも逃げ出しそうなものであるのだが、その動きは鋭く力強いものだ。

 魔法による強制、そんなことが思い浮かんだ。あまり気分の良い話ではない。

 普段ならば同情の一つもしてやるのだろうが、こうして武器を持って襲い掛かってこられるとまるでそんな気にならない。

 初めて人を斬ったサルナーレ城の時のように、斬らずに済ませようなんて欠片も思えない。

 斬りかかられたなら斬り返すことに一切の疑問がわいてこないのはきっと、戦場で敵を殺しすぎたせいだろう。

 体が反射でそう動くようになってしまっていて、逆にそうせずにするためには意識して避けなければならない。

 心がそんな自分を不安に思っていても、体はまるで迷わず動いてくれるのだ。イェルケルは随分と便利に育ってくれた自分の体に感謝する。

 敵にどんな事情があろうとも、戦場で突き出される槍の殺傷能力は一切変わらないのだから。

 現在イェルケルは、足を止めることなく走り続けている。

 対集団戦においては基本の動きであるが、特にこれを徹底しているのは、矢のみならず敵の魔法があるからだ。

 土塊のようなものを飛ばしてくる魔法はいい。それこそ対処は矢と変わらない。

 だが稀に飛んでくる炎の玉。これは良くない。

 これが命中した者は、その部分に炎が張り付いたようになるのだ。

 そのまま炎が体に燃え移っていき、被害者、味方であるはずのイジョラ兵は焼け死んでいた。

 剣で斬ったらどうなるか、試そうという気すら起きなかった。

 そうした魔法があったためイェルケルは、常に移動を心がけ敵に狙いを付けさせないようにしている。

 ちなみに先程の炎の玉を撃ってくる魔法使いは、剣をぶん投げてきっちり処分を終えてある。

 兵たちの壁の向こうから、わざとらしいと思えるほどの大声が聞こえたきた。


「おおっ! 何たる事か! 我が弟子ともあろう者がこのような蛮夷に敗れるとは! おのれっ! おのれカレリアめが! かくなる上はこの私が自ら炎の裁きをくれてやろうではないか!」


 その芝居じみた口調がわざとなのか生来のものなのかはわからないが、戦場でそういう真似をする奴がまっとうでないだろうというのはイェルケルにも想像がついた。

 そして声が聞こえた付近から、赤色があふれ出してくるのが見えた。

 咄嗟に、あれはマズイと考えたイェルケルは走る速度を最高速にまで引き上げる。

 その背を掠めるように、あふれ出した赤はイェルケルの背後を包み込む。

 足を止めないイェルケルは背後の様子を見ることができないが、身も世も無い悲鳴が聞こえてくるのはわかる。

 また、走り続けるイェルケルの背中に感じる熱風の勢いが、変わらぬままなのも。

 つまり、噴出した赤はイェルケルに向かってきている。


『冗談だろ!?』


 一瞬、背後を確認すべく振り返る。

 そこはもう、イェルケルの見知った世界ではなかった。

 赤は炎だ。

 激しく燃え盛る炎が数多の兵士たちを包み込み、彼らは絶叫を上げながら燃え尽きていく。

 ここは大地の上で、燃えるものなど人しかない。だから人だけが燃えている。

 そして唯一、人以外で燃えているものが、イェルケルを追い伸びてくるのが見えた。

 真横に倒した炎の柱がイェルケルへと迫っている。

 これを現実の光景として受け入れるのに、イェルケルにもそれなりの努力が必要だった。

 幸い炎の柱が迫る速度よりイェルケルが走る方が速いようだが、これがどこまで追いかけてくるものかわからない以上、安心も油断も一切できない。

 だが、この場には一人だけ、イェルケルの味方が居てくれたのだ。

 不意に炎の柱は方向を変える。

 そして炎の柱発生源近くから聞きなれた声が。


「殿下! こっちは任せて!」


 イェルケルが逃げている間に、かなりの距離まで接近に成功したらしいスティナの声であった。


「悪い! 頼む!」


 イェルケルはこの魔法使いをスティナに任せ、自身はこの軍の将らしき人物を狙う。







 スティナは自分が狙われていなかったので、それをよく観察することができた。

 いきなりだ。そう、いきなり炎が噴出してきたのだ。

 その目指す先がイェルケルであるとわかるとスティナは青ざめたものだが、イェルケルは物凄い速さで逃げ出してくれていた。

 それに気付いた炎もこれを追っていったが、イェルケルが速すぎて全然追いつけそうにない。

 となると、これを観察する余裕も生まれてくる。

 炎の柱の直撃を受けた兵士はその大半が全身を炎に包まれのたうち回っている。

 だが、どの兵士も足元だけは火が回っていない。

 それによく見ると、兵が密集している場所を炎の柱が抜けた時は、外縁に居た者はもちろん燃えているが、その内に居る兵士の燃え方はそれほどでもない。

 幾人かは全身まで燃え広がらずに助かった者もいる。

 そしてあの伸びる炎の柱だ。

 魔法だというのはわかるが、挙動があまりに不自然すぎる。

 そもそも、火が触れた程度で人間相手にあんなに燃え広がるわけがない。

 また炎の形も変すぎる。あんな奇妙な形の炎なんて見たことがない。

 いや、似た現象を直前に見た。


『もう一人居た火の玉を出す魔法使い。あれの火の玉の兵士への燃え移り方が似てるといえば似てる……ああ、なるほど。あれ、火を出す魔法ってだけじゃなくて、燃える何かを生み出す魔法なんじゃないかしら』


 最悪の場合の対処法はスティナの頭に思い浮かんだ。

 後は行くのみ。

 人壁を作って魔法使いへの道を塞ぐ兵士たちであったが、スティナが本気で突破を考えればこれを止められるはずもない。

 跳躍して兵士の頭上を越える手も考えたが、スティナの接近はできるだけ隠しておきたいところなので我慢する。

 スティナは兵士たちの隙間に滑り込み、まるで体の厚みなど無いかの如くこれをすり抜けていく。

 ついでとばかりに通り抜けざまに兵士を斬ってはいるが、あくまでこれはついでであり、目的はこの兵士壁の向こうにいるだろう魔法使い。

 だが兵士たちもさるもの。

 スティナが兵士壁の半ばまで達したところで大声で怒鳴る兵士が居た。


「敵はそこです! すみません無理です! 止められません! 抜かれます!」


 ただこうした誠実な兵士は少ないようで、これを叫んだのはこの兵士一人だけだった。

 だがこの声を魔法使いは聞き逃さなかった。

 兵士の群の中を、それこそ魔法のように潜り抜け進んでくるスティナを見るや、イェルケルに向けていた炎を止めスティナの方に炎を伸ばす。

 誠実な兵士はその現実が理解できぬまま燃え尽きた。

 勘の良い兵士はすぐに逃げ出したが、そうできなかった兵士たちはこの炎の直撃を受けて焼け死ぬ。

 しかし炎はすぐに止まってしまう。


「ぬおっ!?」


 魔法使いはそんな言葉と共に魔法を止めてその場を飛びのく。

 魔法使い目掛けて空から降ってきたのは、兵士であった。

 高々と放り投げられた兵士は、魔法使いの側の地面に落着し、その衝撃で死んだ。

 もちろんこれはスティナが牽制のために放り投げたものだ。

 投げると同時にスティナは、魔法使いの死角に回り込むのを忘れない。

 兵士たちの何人かはこれを目撃していたのだろうが、魔法使いが味方ごと炎で薙ぎ払った直後のことだ。わざわざこれを報せるような兵は一人もいなかった。

 稼げた時間はほんの数瞬。それでスティナには充分だ。


「もったいない、とも思うけど、まあ、死んでちょうだいな」


 これほどの魔法の使い手だ、スティナがそう言うのも無理はない。

 だがこれを捕虜にしている余裕もない。

 同じ技を使う魔法使いがもう一人いたら、そいつに不意打ちを食らったら、いきなり即死もありうるのだ。

 かくしてロクに鎧も着ていない魔法使いの首は、とても簡単に斬り飛ばされたのだった。







 土砂崩れの報を聞き、イジョラ軍は当然敵軍の罠を考えた。

 だがこれぞ好機、と先遣軍の将であったグレーゲル・カールソンは考える。

 こちらの魔法使いを削るため、敵もまたあの四人の魔法使いを出してくるに違いないと。

 敵の四人はあの戦況においても強化の魔法しか使ってこなかった。

 これは逆に言えば、他の厄介な魔法は使えないということ。

 ならば兵士で壁を作り、より強烈な攻撃を叩き込んでやれば充分撃破の目処は立つ。

 グレーゲルの策を良しとした将軍は、南西部遠征軍でも腕利きの魔法使いを揃えて迎え撃つことに。

 集まったのは一騎当千の名が相応しい、ただ一人がいるだけで戦況をひっくり返せるような強力な魔法使い五人だ。

 超獣戦士イゴレフィスター君にしても、炎の柱を作り出す男にしても、相手が並みの兵士ならば数百の兵力差を容易く覆す力を持っていよう。

 ただ惜しむらくは、イェルケルたち四人は全員が極めて高い隠密能力を持ち、本気で忍び込まれたらこれら優秀な魔法使いたちですら不意打ちであっさりと殺されてしまうということか。

 イェルケルたちは初撃で五人の内三人までを殺してしまっていた。

 残った二人は存分に第十五騎士団を驚かせたが、結果としては驚かせただけであった。

 敵将へと迫るイェルケルに向かって飛んでくる魔法は、土だか鉄だかの塊が飛んでくるもの。

 こんなもの矢となんら変わりはしない。

 一応、最初の一発だけは敵兵を盾にすることで安全を確認したうえで、以後は剣で綺麗に弾いてやる。

 だが、馬に乗る将、グレーゲル・カールソンの魔法はそんな簡単なものではなかった。

 その目と表情から、イェルケルは咄嗟に真横に飛びのく。そのすぐ脇を、稲光が通り抜けていった。


「馬鹿な!? 雷撃をかわすだと!? そ、そんな真似ができる人間がいるというのか!?」


 より正確には、撃たれる寸前にグレーゲルが狙い定めた軌道から外れた、なのだが、その細かな差に気付けるだけの素養をグレーゲルは持ち合わせていなかった。

 驚愕するグレーゲルであったが、イェルケルも結構な冷や汗ものである。

 とはいえ、レアの縦横より襲い来る剣撃に比べればまだ、反応速度に余裕は持てる程度ではあったが。

 そしてもう、グレーゲルの魔法の詠唱は見た。

 再び魔法を唱えるグレーゲルであったが、詠唱が終わるのがいつかも見切られているのだ。

 初見ですらかわされた雷撃が、当たるはずもなかろう。

 兵士壁を潰し、乗り越え、イェルケルが眼前に迫るも、グレーゲルは魔法の詠唱を止めぬまま、必死に身をよじってその剣をかわそうとする。

 もちろんそんなことで逃れられるほど甘い剣ではなく、グレーゲルは胴を深く薙ぎ斬られ落馬する。

 将の周りの兵士はさすがに他の兵とは違うようで、イェルケルがグレーゲルを斬った後でもこれを仕留めようと勇敢に襲いかかり続ける。

 これらを次々処理するイェルケル。

 ちょうどその足元に、落馬したグレーゲルがいた。

 彼は憎悪の視線をイェルケルに注ぐ。


「おのれ、おのれええええええええ、先の砦といいここといい、どこまでも我らに祟るか……ならば良かろう。我が命をもって貴様に呪いを贈ろう。我が死が貴様を、地獄へと誘うのだ」


 足元から這い登ってくる呪いの言葉。

 イェルケルは兵士たちの相手でグレーゲルにトドメを刺すことができない。


「待って、いるぞ。貴様が、こちらに来るのをな」


 その言葉を最後に、グレーゲルは呪いの詠唱を開始する。

 グレーゲルは憤怒の顔でイェルケルの顔を見上げるが、そこにあった信じられぬモノを見て、あまりの驚愕に詠唱を止めてしまう。

 イェルケルは、これよりグレーゲルが死を賭した呪いを与えようというのに、何故か笑顔でいるのだ。

 それも嘲笑などではない。愉快でたまらぬことがある中、必死に笑いを堪えている風で。

 馬鹿な、これは見間違いだ、とグレーゲルは呪いの詠唱を続ける。

 確かに呪いが通じぬ可能性も高い。

 だが、よしんば通じなかったとしても、ほんの僅かでも恐怖を残すことができれば、それはグレーゲルの最後の一矢となりうる。

 なのに、イェルケルから笑みが失われることはない。

 独り言のようにイェルケルは呟く。


「そういや、返事してなかったよな」


 イェルケルが思い出しているのはただ一つ。


『おいイェルケル、お前も……さっさとこっち来ちまえよ……バーカ』


 グレーゲルの呪い、最後の詠唱と共に凝縮した死への誘いをイェルケルへと告げる。

 だが、これに対しイェルケルは、グレーゲルの方を見ようともせぬまま言い放ったのだ。


「行かねーよ、バーカ」


 それはそれは素敵な笑顔で、彼はそう言ったのだった。



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