065.スティナ対赤い刃
机と椅子が、本当に邪魔。
スティナ・アルムグレーンが三十人の殺し屋に襲われ、真っ先に思ったのがそれだ。
四人が同時にかかってくる。
さすがにこの辺りの呼吸の取り方は完璧だ。
もちろんスティナにこれを黙って見ている義理はない。
一歩前に出ることで、四人の連携を崩す。
これにより、内の一人には完全に背を向けることになるが、そもそも四人同時の連携はスティナの死角を考慮に入れてのもの。
そこは割りきりが必要なのだが、対集団戦に慣れていないとなかなかこの決断ができないものだ。
踏み出した先に居る男も剣を伸ばすが、スティナの剣閃には全く及ばず。
伸ばした腕ごと胴を斜めに斬り裂かれる。
すぐに振り返って後ろの敵に、と行きかけたところでスティナは跳躍。
ぎりっぎりで足の裏を刃がかすめる。
四人同時と見せかけて、机の下を潜って五人目も来ていたのだ。
『わぁお、やるやる』
机を飛び越え最初の四人以外の所へと突っ込むスティナ。
小奇麗な連携などに付き合うつもりはなく、乱戦に持ち込む腹だ。
最初に突っ込んだ五人が最も優れた戦士である、なんてことも考えていたのだが、スティナが向かった先の男たちもまた極めて優れた戦士であった。
スティナの正面ではなく、左右から挟むように動き、二人で同時に仕掛けてきた。
もちろん、後ろから追いすがってきている敵もいる。
また、部屋の壁際に立つ別の敵は、剣を抜いてもいないが、これは懐の短剣を投擲する機会を窺っているのだろう。
三十人全てが、無駄なくスティナを仕留めるための動きを行っている。
ここまでの腕利きは、戦場で数多の敵を屠ってきたスティナでもあまり記憶に無い。
『これが赤い刃ね。さすが、王都の闇そのものって言われるだけはあるってことかしら』
右の敵の刃を半身になってかわしつつ、左の敵の刃を剣で受け流す。
そのまま敵の剣に押されるようにくるりと回り、背後の敵の突きを避ける。
この回転に合わせて剣を振り、そちらを見もせぬままに左の敵と右の敵の首を、同時に二つ飛ばす。
ひらめく短剣。
首だけを動かしこれをかわす。
背後からの一撃であり投擲の瞬間も見えないはずの一撃だったが、手にした剣を鏡に背後を見ていたのだ。
一振り、左からの剣を弾く。
二振り、右の敵二人をけん制。
三振り、同時に投擲して来た短剣三本を、全て一閃にて叩き落とす。
スティナを襲うこれらの剣撃全てが、一流の暗殺者による必殺を期した一撃ばかり。
これを凌ぎ、ここまで生き残っているだけでも、スティナの剣技が如何に卓越しているかがわかろうものだ。
壁を背にはできない。
動ける空間を制限するようなことをしたら、一気に押し込まれてしまう。
八方に意識を飛ばし、この屋内にいる全ての敵に注意を払い、その致命の一撃をかわしつつ一人一人仕留めていく。
気の遠くなるような作業だ。
更に、スティナの目は油断無く敵の刃のぬめりを見つける。
液体が滴っているように見えるのは目の錯覚ではない。
食べ物に毒を入れてくるのだから、武器に毒を塗るぐらい当たり前にやってくるだろう。
そして、何より。
一瞬、スティナの動きが静止する。
そしてその場で動くのをやめ、迎え撃つように構える。
スティナは毒を一口、飲み込んでしまっているのだ。
そんな様子がスティナから見てとれても、暗殺者たちは感情の色を見せず。
ただ静かに、確実に、スティナを追い込みにかかる。
動きが止まるや、暗殺者達は皆がスティナから距離を取り、懐より短剣を取り出しこれを投げ付ける。
八方より迫る短剣たち。
だが、同時に投げたのは彼らの失策だ。
スティナは眼前の机を蹴り上げ、半回転して背後の盾としつつ、自身の前方から来る短剣全てを切り払う。
いや、全てではない。内の一本は残った手で掴んでいる。
毒の塗られた飛来する短剣を、素手で掴むのだからとんでもない度胸である。
手首の返しだけでこれを投げ、一人をきっちり仕留めた。
投げ付けられた短剣を、手で取ったと相手が認識する前に投げ返したのだ。
素晴らしい手練の技と言うべきか、恐るべき手癖の悪さと言うべきか。
机壁を作れば投擲はほぼ防ぎきれる。
そうとなれば、近接攻撃を仕掛けるしかない。
一斉に襲い掛かる暗殺者たち。
回し蹴りにて机壁を蹴り飛ばすと、スティナへと迫る敵の内二人がこれに巻き込まれ吹っ飛ばされる。
同時に三本の突きが伸びてくる。
右のそれを剣を立てていなし、突きによって弾かれたスティナの剣は別の突きを弾かせる。
最初の突きが逸れた先には、三本目の突きを放つ男の手が。
三本目の突きを放った男は、毒剣を手に受けるわけにもいかず、これを引かざるを得なかった。
『なるほど。解毒無し、即効性、ってところかしら』
でなければ、自分の手に刺さろうとスティナへの攻撃を優先させていただろう。
精妙無比な剣捌きを見せておきながら、こんな観察をする余裕まであるのだ。
まさに達人の御業。
だが、スティナ得意の飛び技は一切無いし、人間離れした体術も無し。
それを暗殺者たちは見逃さない。
襲う予定の人間のことは、出来得る限り下調べしてある。
今回参加した暗殺者全員、サルナーレの戦いをその目で見、かつ生き残った者から直接スティナが戦う様を聞かされている。
その時聞いた話からすれば、スティナは驚くほどに動きが少ない。
既に暗殺者側に犠牲も出ているし、スティナの剣術は暗殺者たちの及ぶ所でないのもわかった。
それでも、今が好機であるのも確かなのだ。
まるでサルナーレ戦の後半、スティナの体力すら尽きんとしていた頃のような鈍りきった動き。
それを剣術で誤魔化し凌ぐ、そこまでスティナを追い詰めることができたのだ。
暗殺者の一人が、部屋の扉を数回叩く。
これが合図であったかのように、更に二十人、ぞろぞろと屋内に入ってきた。
布陣は、新たに参入した者達が壁際よりの投擲で、最初から屋内に居た者たちは縦横よりスティナに接近戦を挑む。
ただの一人も雑兵は居ない。
全てが精鋭。
五十人弱の暗殺者たちは、一気呵成にスティナへと襲いかかっていった。
我慢して、我慢して、ひたすら我慢を続けたスティナが、ようやく笑いを表に出せるようになった。
「ねえ、どんな気持ち? 後少し、後少しで殺せるって、毒が効いてる今のうちって頑張ってたのに、実は毒なんてまるで効いてなくて、アンタたちを残らず殺し尽くすために演技してたって知った気持ちって」
驚くような剣術で凌ぎ、凌ぎ、凌ぎ続けながら時間をかけて暗殺者の数を減らしていったスティナは、最初の三十人を半数まで減らしたところで、一気に動いた。
その緩急についていけず、五人が一瞬で斬られた。
直後、スティナは高く飛びあがる。
体を捻り、天井を逆さまになって蹴り飛ばしながら、暗殺者たちが思いもよらぬ速度で迫り、三人をこれまた一瞬で。
暗殺者たちが聞いていた人間離れした体術とやらを、これでもかと披露しながら暗殺者たちの主力である三十人を全て殺し尽くす。
「あら、来るのね。教育足りてないんじゃない?」
後から来た二十人が壁際を離れスティナへと突っ込んできた。
だが、スティナが見立てた通り、最初の三十人こそが暗殺者たちの主力。
残る二十人は確かに精鋭ではあるが、最初の者たちよりは技量は劣る。
スティナは三十人を確実に殺すため演技をしてみせた。
こちらの本気を知れば、勝てぬと逃げを打つと思っていたのだが、残る二十人も来てくれるというのであれば有難い話だ。
通常ならば勝ち目が無いと考え引き下がるところのはずだ。
何かここでスティナを殺さなければならない理由でもあるか。
そこまで考え、人の悪い笑みが出る。
たとえこの場を逃げ切ったとしても、スティナは必ず見つけ出し始末を付け、最後には赤い刃の全てを滅ぼすつもりだ。
スティナには赤い刃に対し、絶対的な切り札が存在するのだ。
スティナにとってはこの優れた暗殺者たちも、五十人がまとまってきたとて加減をしてでも勝てる程度でしかないが、普通の人間たちにとってはたった一人でも悪夢としか思えぬ怪物である。
王都の今後を考え、スティナは徹底的にコレこの場にて殲滅する。
さすがに最後の十人ぐらいになってくると、無表情であった暗殺者たちの顔にも変化が生じる。
絶望と、無念と。
当然同情なんて無い。
コイツらが今までしてきたことは、きっとこんな程度ではないだろうし。
だが、因果が巡ってコイツらも死ぬ、とはスティナには思えない。
与えた因縁と同じものが返ってくるのだとしたら、コイツらの死に様はこんなあっさりとしたものではなく、もっと深く冷たい、苦痛に満ちた長い道のりであろうから。
『ま、面倒だから私はやんないけど』
ただ、殺すだけである。
最後の一人をきちんと殺したスティナは、そのまま止まることなくこの建物から外へと飛び出す。
入り口すぐの所で、誰も入ってこないよう見張っていた二人の男が、スティナの登場に目を見張る。
何をする間も与えず建物の中に引きずり込み、二人共を黙らせる。
何食わぬ顔で再び外に出たスティナは、この食堂の外から裏口へと回り込む。
そちらにも居た見張りを殺し、裏口から中へと蹴り入れる。
そして、きょろきょろと周囲を見渡した後、何も無い方向に向かって指を差し、にっこりと微笑んでやった。
その後、スティナは道行く一人の男に小銭を渡して役人を呼びにやらせた。
スティナはそれらの手配が終わると、食堂の中に入り、そこでようやく、飲み込んでしまったものを吐き出した。
『結構、効いてたのよねぇ。一皿全部食べてたらさすがに死んだかしら?』
実はスティナ、毒でそこそこ消耗はしていたのだ。
その馬鹿げた体力で表に出さずにいたが、それなりに苦しくはあった。
ただ、以前に試しにと飲んでみた量よりは少なかったので、やはり余裕はあったのだが。
「アイリも私もやってるし、コレやっぱり殿下とレアにもやらせた方がいいかもしれないわねぇ。うわー、絶対嫌がりそ」
実際に口にすれば、嫌でも味は覚えるだろうという話である。
こんな馬鹿げたことをしでかすぐらいの体力は、既にイェルケルにもレアにもあるとスティナは思っていた。




