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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第四章 王都ジェヌルキ
58/212

058.教会の後始末



 アイリが役人たちを引き連れて教会に戻ってきた時も、教会の様子はアイリが出た時から変わっているようには見えなかった。

 そもそもあまり治安のよろしくない地域で、注意深い者ならば、微かに血臭が漂ってくるのがわかるのだ。

 こんな所に足を踏み入れるような馬鹿は、そもそもここでは生きていけまい。

 なんてことを考えていたアイリだったが、馬鹿はどこにでもいるようで。

 教会の敷地内に入り、建物の扉を開こうとした時、建物の中からすっとんきょうな声が聞こえてきた。


「おいこっち来いよ! 宝石だぜ! 赤い宝石だ! すっげ! これ絶対高い奴だよな!」


 どうやらアイリが役人を呼びに行っている短い間に盗人が入り込んだ模様。

 役人たちは勢い良く扉を開き、中へと駆け込んだ。

 そんな彼らの足は、教会の中を見るなりぴたりと止まってしまった。

 入ってすぐの所に十数体の死体が転がっていたのだ。

 彼らの足が止まったので、アイリがのんびりとした様子で注意する。


「おい、賊が逃げるぞ?」


 我に返った幾人かが声のした方へと走る。

 そこら中死体が転がっている泥棒の根城でもある教会に、盗人に入ろうという度胸のある馬鹿が相手だ。

 この役人の様子では逃げられるだろうな、などと他人事のようにアイリは考えていた。

 そんなアイリの様子に、役人たちの中で最も高位であるヘンリク・フルスティが苦い顔になる。

 筋肉で盛り上がった体に、いかつい顔つき。

 最前線で体を張って働く種の人間に見えるが、れっきとした管理職である。


「誰のせいでこんな後始末をすることになったと思っているんだ」

「もちろん、賊を放置していたお前たちの自業自得であろう?」

「だから皆殺しか? 最初から我らに報告さえしてくれていたのなら、こうまで無残な有様にはならなかったものを」

「ふん、笑わせよる。お前らに報告したとして、本当に逮捕に踏み切れたのか? どうせどこぞのお貴族様に遠慮して何もできなかっただろうよ」

「貴様……」

「実際どうかは知らん。だが、私の目にお前たちは、そういう存在にしか見えぬということだ。それが嫌ならせいぜい実績を積み重ねることだな」


 こちらとしては実害が無ければそれでいいのだからな、と続ける。

 つまりは実害が出るのならば、次もまた殺すと言っているわけで。

 こんな自分の子供と変わらぬような小娘に大層な口を叩かれヘンリクは不機嫌の極みであったが、相手は騎士であり何より最近噂の第十五騎士団の一人だ。

 これ以上煽るような言葉は口にせず、部下たちに指示を下す。

 教会の地下からヘンリクを呼ぶ声が。

 アイリが簡単に報告したことでもある。地下室に放り込んでいた子供たちを見つけたのだろう。


「さすがのお前でも、子供は殺さなんだか」


 どこかほっとしたような声のヘンリク。

 アイリはつまらなそうに返す。


「子供は逆らわなかっただけだ。心配せんでも、逆らった子供はきちんと殺してあるぞ」

「……お前……」

「少し気にはなっていた。ここで捕らえた子供たちは、この後どうなる?」

「なんだ、トドメでも刺しに行く気か?」

「そんな暇なことするか。再び悪事に手を染めるようなら、わざわざ生かしておいた意味が無いと思っただけだ」

「……まだわからん。恐らく余罪もあるだろうし子供用の拘留所に送られた後、教会が引き取るか、それ以外か」


 アイリがまじまじとヘンリクの顔を見る。

 その、お前正気か、といった表情に耐え切れずヘンリクはそっぽを向いた。


「だからわからんと言っている。今回の件、教会としてもこの不祥事をどう決着つけるかまだ決まっていないだろう。王都ではここが一番大規模な孤児収容施設だったんだ、すぐに代替施設なぞ見つかるか」

「孤児収容? 盗人養成所だろう。言葉は正確に使え」

「お前ホント……敵多そうだよなぁ」

「斬る側から増えていくのだ。まったく、キリが無いな」


 大きく嘆息するヘンリク。


「一般的には、だ。不祥事の後だし、もし教会が今後も孤児救済活動を続ける気なら、次の教会施設はまっとうなものであろうと気を配るだろう。そこに、子供たちが入れればいいだろうな、とそんなことを考えてはいる」


 アイリはそこではじめて、頬を緩めた。


「そういう話が聞きたかった。誰も好き好んで人を、ましてや子供なぞ斬らん。教会に何か働きかけるというのなら、私にできることはあるか?」

「申し出はありがたいがね、アンタが口出してきたら絶対こじれる。教会はアンタのこと恨んでいるだろうからな」


 はふうと息を吐くアイリ。


「また敵が増えたのか。その恨みとやらは、殺し合いをするほどか?」

「アンタの基準はそこだけか。先に話を通してほしかった、って程度だろうよ。ただ、その程度って奴が、世間様じゃ大事なもんなんだよ。しかしまあ、教会側もここの状況をどこまで把握していたものやら」

「知っていて放置したのではないのか?」

「あの神父な、外じゃ聖人殿で通ってるんだぜ。孤児たちにも親身になってくれる、孤児救済活動の主力の一人だってな。案外今回の件も寝耳に水な奴多いんじゃないのかね」

「それはそれで救い難い話だな。いや、改善の余地はあると思うべきか」

「な、下手に口出さない方が良さそうだろ?」

「確かに、な。なるほど、結局私にできそうなことなど、斬ることだけか」

「いやそこは捕まえるにしとけ」


 ふと、ヘンリクは思う。

 このような大規模な捕り物は最近ではほとんどない。

 だが、いざ数十人規模の施設を制圧しようと思ったら、こちらも相応の覚悟を決めなければならないのではないだろうか。

 そしてそうした覚悟を決めるような戦況なら、ヘンリクたちの方でも犯罪者を斬るのに躊躇なんてしていられないかもしれない。

 なんて理屈ではわかる部分はあるのだが、こうして教会中に転がる死体を見ると、どうしても責める視線をアイリに向けたくなってくる。

 ヘンリクは、自分は兵士ではなく根っからの官憲なのだろうと思った。

 ヘンリクは確認しておかねばならないことを口にする。


「ところで、お前が暴れる予定はこれで終わりだろうな?」

「いいや」

「即答か!? おい待て! 次はどこの誰を斬るつもりだ!」

「イェルケル殿下に、第十五騎士団に刃を向ける者だ。そういう馬鹿の話、貴様の耳にも入っておるのだろう?」

「……この惨状を知れば、大抵の奴は手出しを諦めるだろうさ」

「くくくっ、どうやら居るようだな。そういう馬鹿が。まあいい、こちらの耳にも入っていることだ。誰がやるかはわからぬが、我らの内の誰かが滅ぼすだろうよ、そういう馬鹿共は」


 ずっとヘンリクはアイリを観察していた。

 人間離れして強い、そういう話であったが、その強さの片鱗を感じ取ることはできた。

 だが、まだだ。

 もしできるのなら、剣を、見たいと思った。


「なあ、一回でいい。お前が剣を振るところを、見せてはもらえないか?」


 ヘンリクの申し出に、アイリは少し驚いた顔を見せた後、にこっと笑い返してやる。


「いいぞ。わかりやすくしてやるから、目を離すなよ」


 アイリは腰に刺した剣をゆっくりと抜き放つ。

 速度は変えぬまま、剣を両手持ちに、上段へと振り上げる。

 ヘンリクから驚愕の気配が。


『ほう、構えでわかるか。なかなかどうして、目の良い男だ』


 ぴたりと静止する。

 わかりやすく、踏み出す足を鳴らしてこれから行くぞというのを教えてやる。

 まっすぐに、腰の高さまで振り下ろした後、剣を反して鞘へと納める。


「どうだ?」


 ヘンリクは絶句したまま。

 そんな反応にアイリは満足気である。


「屋敷に来る入団希望者共より、よほどお前の方が見込みはあるようだな。だが、ウチに入るにはこれを受けられねばならぬ。レアはできたから私は認めたのだ」


 何度も首を横に振るヘンリク。

 ようやく口を利く余裕が戻ったのか、かすれる声で言った。


「なあ、もしかしてアンタ、ダレンス様より強いんじゃないのか?」

「その方とは戦ったことが無いのでわからんよ」


 アイリはこの男、ヘンリクをそこそこではあるが気に入った。

 貴族におもねる輩が来るかと構えていたので、まっとうな人物が来たというだけで好評価になる、といった程度のものであるが。

 また、当人はそうしたそぶりを見せていないし、見た目だけならば強面の用心棒といった感じであるが、実は結構高い地位に居る者であろうとアイリは推測する。

 部下たちの態度もそうだが、ヘンリク自身の態度も、粗雑で乱暴に見えるがその実貴族としての応対を外れてはいない。

 いや、外れたとしても相対する貴族がそれを問題にしない程度の踏み出しに留めている。

 フルスティという家名は聞いたことがないが、どこか他所の国の貴族の家系であろう。

 と、そんなことに気付いているといったことをアイリは別段ヘンリクには教えていない。

 情報秘匿とかいったものではなく単に、ヘンリクがガサツな平民を装いたいというのであれば、黙って付き合ってやるぐらいには彼を気に入っているという話である。



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