212.エピローグ(後編)
帝国辺境領に、一万五千もの大軍が集結している。
この領域においては、ほぼ絶対無敵と言っていいほどの数だ。
小鬼の異常増殖であろうと、人馬軍団の大侵攻であろうと、魔物の森が溢れようと、全てをその圧倒的武力にて圧し潰せよう、正に無敵の軍勢である。
だが、そんな彼ら一万と五千は、誰もが勝利を約束されたとは到底思えぬ悲壮な決意を胸に抱いている。
壇上に上がった一万五千を率いる将軍は、彼らを前に大声で語り掛ける。
「良くぞ集まった勇者諸君! 我等総勢一万五千、ただの一人も欠けることなくこの地に臨めたこと! 望外の喜びである!」
一万五千はしんと静まり返っている。
「これより我らが挑むは帝国領内に非ず! 隣国! それもとても友好的であるとは思えぬ連中の国だ! そこに! 我らは往く! 何故だ!」
一万五千の視線を受け止め、将軍は昂然と胸を張る。
「我らの役目を思い出せ! 我ら帝国兵は! 帝国臣民を守るためにこそ存在する! なればこそ! かの邪竜が我らが領土を侵す前に倒さねばならない!」
将軍は叫ぶ。士気を高揚させようなんて小賢しいことを考えているのではない。己が心を、一万五千の戦友たち全てに届けたいと願っているだけだ。
「奴の侵入を許すな! 奴が我らが臣民を害する前に! 我らが倒すのだ! かの邪竜の暴威を! 何としてでも隣国で食い止めるのだ! 奴にただの一歩たりとも国境を越えさせてはならない! それは! 我らが臣民の死を意味するからだ!」
一万五千居てそれでも尚、生還も覚束ぬ。それが竜と戦うということなのだ。
「隣の友の顔を見よ! お前のために死ぬ男の顔だ! お前が命を捨てて守る男の顔だ! これから共に死ぬ男の顔だ! 竜と戦い死ぬことを許された英雄の顔だ!」
未練もある。後悔だってある。それでも、彼らが行かねば、彼らがここで死なねば、帝国で夥しい数の人が死ぬのだ。だから、彼らは往くのだ。
「全軍! 前進せよ!」
涙を流す者はいても、足を止める者はいない。
彼ら一万五千は全員一丸となって、国境を越えていった。
隣国は、それはもう目も当てられぬ惨状であった。
竜に襲われた街からの避難民により、生き残った街の混乱もまた筆舌に尽くし難く。
そんな彼らの混乱を他所に、帝国撃竜軍は進む。
途中、他国者だというのに、帝国軍が本気で竜を倒しに行くと知るや、国も何も関係なく、たくさんの人が金を、食料を、声援を、或いは、人足となってまで、彼らに協力してくれた。
情報はすぐに集まり、帝国軍はそこで初めて、この竜の詳しい話を聞くことができた。
十年に一度来る、竜の活動期というものがある。
それを知っている辺境の民たちは、十年毎に活動期の竜を宥めるべく様々な懐柔策を講じてきた。
だが今回はその活動期を迎えた竜が、特別な竜であったのだ。他の竜は活動期で気が立っていたとしても、人との融和の価値を重んじ我慢しようと努力はしてくれた。
しかし今回の竜、邪竜と呼ばれるこの竜は、最初から一切我慢も妥協もするつもりはなく、止めに入った竜仲間を殺してまで人を滅ぼさんとしていた。
何故、なんて疑問には意味がない。次々滅ぼされる村、街を見れば、もうこの竜とは殺すか殺されるかしかないのだと、誰もが理解できるだろう。
竜の侵攻は気紛れに行われているように思えたが、辺境で竜対策に奔走していた者たちにはその規則性が見えていた。
それを、彼らは本来敵国である帝国に惜しげもなく提供する。もう、竜に挑もうなんて馬鹿は、彼らしか残っていないのだから。
だが、帝国軍が進軍していくと、途中で奇妙な男たちに出会った。
見るからに歴戦の戦士然とした雰囲気のその男たちは、帝国軍の存在に驚き、そして本気で竜と戦う気ならば、辺境区最強の戦士を紹介する、と言ってきた。
なんでもその戦士たちは既に何体もの魔獣を倒しており、辺境区では災厄と同義に語られている鋼の巨人をすら打倒した勇者であるという。
「は、鋼の巨人を倒す、だと? おい、幾らなんでもそれは法螺が過ぎるだろう」
「……ああ、言葉でわかってもらえるとは思ってねえよ。だからあの人たちが、偶然遭遇したのではなくわざわざこっちから出向いて鋼の巨人を殺した理由も、敢えて俺たちからは言わねえでおくよ。まあ、会ってみりゃわかる。アンタなら、きっとな」
そうして現れた四人の戦士。
先頭の美男子に、三人の美女が続く。
これを見た大半の兵士たちはその容貌に気を取られたが、辺境で長年戦い続けてきた歴戦の兵は、将達は、そこに誤魔化されはしなかった。
言葉にならない。
ただ、馬に乗ってのんびりと進んでくるその姿だけで、途方もない、天を突くほど高く高く聳え立つ武威が見える。
将の一人、特に武具に詳しい男が悲鳴を上げた。
彼が見ているのは小柄な女が背負っている剣だ。
他の者はみな鞘に収まっているのに、この女の剣だけはあまりに巨大すぎて鞘を用意できていない。帯で支えているが刃がむき出しになっている。
「あ、あ、ああっ、あれは……まさか、鋼の巨人の、骨か?」
その呟きが聞こえたのか、小柄な女がにこりとほほ笑む。
「ほう、目敏いのがいるな。いかにも、これぞ鋼の巨人の骨を加工せし剣よ。気にはなるだろうがさすがに貴重品でな。通りすがりに眺めるぐらいなら咎めんが、手に取るだのは勘弁しろ」
鋼の巨人とは、鋼でできた巨人、ではない。鋼のように強固な肉体を持つ巨人である。
特にその骨は、竜の鱗すら突き通すほど頑丈であると言われている。そんな素材をどう加工したのか将軍には想像もつかない。
四人の戦士は馬から降りると、陣幕の内へと将軍を誘う。鋼の巨人の骨の剣を持つほどの勇者だ。将軍は喜んでこれを迎え入れた。
だが、この四人は、帝国軍に加勢に来たのではなかったのだ。
陣幕の中。兵たちには見えぬそこには将軍と帝国軍幹部が五人。護衛が五人。そして辺境の戦士四人組だ。彼らは第十五騎士団と名乗った。
小柄だが胸の大きな少女は、もう隠すつもりもないのか全身から殺気を放ち、陣幕内の十一人を威圧しながら腰に差した剣を指で弾いている。
「いきなり出てきて、竜とやらせろ、だって。帝国軍って、前もそうだったけど、ほんっと、好き勝手なこと言ってくれるよね。殺していい?」
同じぐらい小柄だがこちらは胸の小さい少女は、背負った巨大な剣ではなく、腰に差した剣の柄を手でいじりながら将軍を睨む。
「ここはもう帝国領でもないしな、帝国軍が偉そうな顔をする根拠も存在せぬ。横取りなんてたわけた真似をしようというのだ、せめても命ぐらいは懸けてもらわんとな。おい、誰が決めたことか知らんが、恨むのならばこんな愚かな命令を下した貴様らの上司を恨むのだな」
殺意を漲らせ不機嫌の極みのような二人とは別に、少し背の高い美女は苦笑している。
「ほらほら、そうやって威嚇しないの。顔見ればわかるでしょ、この人たちも相当な覚悟でここ来てるんだから。まあ、さんざ手間暇かけて今更横取りとか冗談じゃないってのは、同感だけどねっ。殿下、お願いします」
殿下と呼ばれた唯一の男性は、こちらは静かで穏やかな雰囲気で口を開いた。
「君たちの事情は、君たちに繋ぎを取った彼らから聞いた。君たちにも譲れぬものがあるのもわからないでもない。だが、そこを曲げて頼みたい。君たちはここで少し待っていてはくれないか。我々はね、あの竜とやるために二か月も準備してきたんだ。二か月もだよ。竜の鱗を破れる武器がいるっていうんで鋼の巨人を殺して骨を抜いて、魔法鍛冶見つけて、時間がないからって不眠不休で剣作らせて、それでようやっと、竜とまた戦えるってところまで来たんだ」
色々と突っ込みたい部分がある。二か月ってこっちはもっとかかってるし、魔法鍛冶ってなんだとか、また戦えるってもうやった後かい、とか。
だが将軍はこの青年の気配に呑まれて言葉も出ない。
青年は、この瞬間だけ、殺意をむき出しにして言った。
「いいか、あれは私たちの獲物だ。あれを殺すのは私たちなんだよ。邪魔をするのなら、貴様ら一万五千から先に皆殺しにしてやろうか?」
将軍から返事はない。いや、将軍は必死になって恐怖を抑え込み発言する。
「……じゃ、邪魔は、しない。君たちと、敵対するつもりはない。だが、聞かせて、ほしい。君の口から直接に。言って、くれ。君たちは、あの竜に挑むつもりなのか?」
「そうだ」
「兵はどれだけいるのだ?」
「ここにいる四人だけだ」
「……勝つ、つもり、なのか?」
そこでようやく、青年は放つ鬼気を抑え込み、逆に笑い出した。
「はははっ、そこが信じられないか。うん、それも仕方がないかな。いいよ、邪魔をしないっていうんなら観戦してても。もし私たちが負けたら、君たちは私たちの戦いを参考に戦えばいい。そこを守ってくれるんなら君たちに危害を加えるつもりはないよ」
馬鹿げた話だ。一万五千を率いる将軍を相手にたった四人の長が、危害は加えないなどと。
だが、将軍は出会ったことがある。辺境の将軍は、人の域を大きく逸脱した存在との対峙経験が豊富であり、それが故に、この四人の人ならざる気配をも感じ取れてしまっていた。
将軍は一目見たその時からもう、コイツらを人間とは思っていない。魔獣が変化した姿だと言われても大いに納得して信じてしまいそうなほどだ。
将軍が再度、彼らの邪魔をしないことを約束すると、青年だけでなく残る二人のチビもその殺意を引っ込めてくれた。
彼らは去り際、馬上でこんな会話をしていた。
「でんか。ねえ、軍隊で竜に挑むとか、最もやっちゃいけないことだと、思うんだけど」
「工夫の余地はあるだろ」
「万の兵がいても勝てる気はしませんがな。……いや、ターヴィ将軍辺りならなんとかしてしまうかもしれませんか」
「あの人凄かったわよねえ、いまだにあれ以上の将軍って見たことないし。でも、アレに効果的な攻撃ってのが限られてるんだし、私だったら無理の方に賭けるわよ」
将軍は思った。軍を使わないなら、どうやってアレを倒すというのかと。
敵の攻撃をもらったら確実に即死する。だから、殺されても殺されても敵を殺すまで攻撃を続けられるよう数を揃えるしか手はない、はず。
将軍にあの四人を紹介した男は、多少なりとバツが悪そうにしていた。
「すんませんでしたね。でも、俺たちもあの人らに逆らうとかありえないんで。後、疑問に思ってんでしょうがね、あの人たち、前に一度あの竜に突っ込んで、素手じゃどうやっても殺しきれないからって諦めて逃げてるんですよ。それ、俺、見ちまってるんですよ」
将軍は、彼らが竜に挑む時は、軍の主だった者を皆ひきつれて見に行こうと心に決めたのである。
「よう、久しぶりだな。待たせたか?」
イェルケルの姿を見るなり、竜は憤怒の雄叫びを上げた。
「ははっ、なんだよ。覚えててくれたのか。嬉しいな。じゃあ、やるぞ。今度こそ確実に殺しきってやるからな」
イェルケルへとその巨体を揺るがしながら走り進む竜。胴体より生えた四本の足はその身体を支えるのに必要なものだが、竜が移動するのに必要なものではない。
竜が最も速度を出そうとした時は、その太い胴を地面にこすりつけ、蛇のようにくねり這い進んでくるのだ。
普段は四本足で全身を支えながら歩くのだが、この動きは、そうせねばならぬと竜が判断した時のみ見られるものだ。
竜の巨体がうねり跳ねると、周囲の大地が削り取られ、木々は弾き飛ばされる。
山津波とは正にこのことであろう。問題は、その山津波が敵を見定め標的目掛けて突っ込んでくるということであるのだが。
そんな絶対に避けるべき災害に向かって、左側よりアイリが、右側よりスティナが突っ込んでいく。
二人の姿をその目に認めた瞬間、竜は全身を更に大きくうねらせ、その巨体を真横に倒す。
その動きで二人の居場所目掛けて、尻尾と首とを同時に伸ばしたのだ。
隙間なんて無かった。そう竜は確信していたのだが、対するアイリはこれを嘲笑う。
「相変わらず図体がデカイ分、動きは雑よな」
地面と尻尾との隙間を見抜き、そのわずかな間を足から飛び込みながらすり抜ける。圧倒的な質量が身体の側を抜けていくがアイリには怖れる気配もない。
尻尾を振り回したことにより発生した気流に巻き込まれ、土砂が空高くまで噴き上がるのにも負けぬ、強く鋭い踏み出しであった。
一方のスティナは、多少なりとひきつった顔をしている。
「顔がっ! 怖いのよアンタはっ!」
スティナに食らいつこうとその首が伸びる。
顔が食いつければ最善、それが為されずとも伸ばした首に引っ掛けられればそれでも十分。
そんな竜の動きであったが、スティナの跳躍は人というか生物の限界を易々と超えていき、竜ほどの巨大な頭部や首を、一跳躍のみで上へと飛び越えてしまう。
それは建物でいうのなら瞬き一つの間に屋根の上まで飛び上がってしまうようなものだ。
そして二人が攻撃をかわした次の瞬間、竜は苦痛の悲鳴を上げる。
最初の一撃は、竜が這いずり寄ってくるのに合わせ、自らも竜へと駆けこんでいたイェルケルのものだ。
鋼の巨人の骨は片刃の両手剣の形に加工されていて、これを頭上よりまっすぐ振り下ろしたのだ。
竜の腹部、白い皮に覆われてはいるものの鱗がない分多少なりと弱い部分を、深々とこれで斬り裂いた。
血が噴き出すも、それ以上ではない。
竜のこの巨体を這い動かすことができるだけの肉、こちらも生物としてはありえないほど強力な筋肉を有しているのだ。
「やっぱりいいな、この剣。これならいけそうだ」
嬉しそうにそう言うイェルケルのすぐ背後から、くすくすと笑い声がした。
「また折らないでよ?」
「っだー! まだその話引っ張るか!?」
イェルケルが怒鳴り返すのに合わせてその背を蹴った小柄な影はレアである。
こちらは十分な助走距離を得ていたおかげか先のスティナより高く遠くへ飛び上がり、鱗に覆われた竜の背中に飛び乗りにかかる。
空中でレアは二本の剣を抜く。
それはレアの小さな手の平二つ分ほどしか刃の長さがない、極端に短い短剣である。
多少特徴的なのは、柄を握る手を保護する部分がついているのと、ここにも刃がついていることか。
「せーのっ!」
斬る、というよりは殴りつけるという方が相応しい動き。
レアの剣を握った拳は鱗を砕き、竜の背中へと易々と埋没する。
鋼の巨人の骨が竜に通用するのを確認すると、レアもまたにまーっと口の端が上がる。
そしてこの間のお返しだ、と言わんばかりにそこかしこにこれを突き立てていく。
特筆すべきは、こうしてレアが竜の背に乗っている間もずっと、竜はイェルケルやアイリやスティナに対すべく全身を激しくくねらせている最中なことである。
当然その背も平坦な大地とは程遠い有様になっている。だが、レアの両手は剣により塞がっていても、レアは両足のみでその背の上を駆け回る。
上下左右に激しく揺れる背の上で、レアは一面を覆い尽くす竜の鱗を弾きはがして回る。
アイリの長大な剣がその一閃にて竜の右後ろ足を深く抉り斬るのに対し、スティナの剣は数度閃き竜の左前足をより出血を強いる形に引き裂いた。
スティナの剣は片手剣で、四人の中では一番一般的な剣の形をしている。
他の三人が対竜戦を踏まえた特異な形を要求したのに対し、スティナは応用範囲の広さを重視し見た目は普通の剣と全く変わらないものを求めたのだ。
三人は揃って、セコイ、と言ったものだが、鋼の巨人の骨の貴重さを考えたならむしろ当然の選択だろう、と他所の戦士たちは思ったものである。
足は二人に任せ、イェルケルは白い胴を狙おうと動いていたのだが、その気配を感じ取って動きを変える。
そう、これがあるからこそイェルケルたちは一度目の撤退を余儀なくされた、竜必殺の一撃。
炎のブレスと呼ばれるものだ。
竜がこれを真下に向かって撃ち下ろすと、地面に当たった炎が大地に沿って八方へと広がっていき、周囲一帯を火の海へと変えてしまうのだ。
その炎の温度は凄まじく、可燃性の物体はまず間違いなく一瞬で燃え尽きる。そうでないものも融解を免れ得ず、当然、そんなもんに当たったら第十五騎士団とて即死する。
これを避けるために、前に戦った時はその気配を感じ取るなり即座に竜から距離を取り、炎が背中を追いかけまわしてくるのから必死に走って逃げた後、炎が落ち着いてから再び竜に接近するといった極めて効率の悪い戦い方をしていたのである。
そのうえイェルケルたちですら竜の頑強な鱗は砕くのに苦労するようなシロモノで、打撃で倒すにはあまりに図体がデカすぎた。
そんなわけで前回は倒しきれず逃げる他なかったのだ。
だがもちろん、これは二度目の戦いであり、対策も講じてある。
竜の炎が撃ち放たれ、周囲一帯全てを炎が燃やし尽くす。竜もまたこの威力と効果範囲を熟知しており、その鋭い目は、今回こそ小憎らしい四匹が炎より走って逃れていないのを確認している。
だが、そうだが、だ。竜はまさか、そんな馬鹿な、と炎が落ち着いた後で、己が身体を見下ろす。
まず、左の前足だ。
鋭い苦痛のあるここには深い傷跡が刻まれており、ここから、まるで寄生虫のように、ずるりとスティナが這い出てきたのだ。
「ぺっ、ぺっ。もうっ、口に入っちゃったじゃない」
右後ろ足でもそうだ。
縦に大きく斬り裂かれた傷口から、巨剣をかついだアイリが姿を現す。
「と、とんでもなく熱かったな。さすがに熱全てを防ぐのは無理なのか? ええい、こんなべたつく目に遭ったというのに、役に立たん肉と皮よな」
腹部からはイェルケルが、背中からはレアが、それぞれ抉った傷口の中から顔を出してきた。
コイツらは、竜の体内に潜り込むことで、その圧倒的攻撃範囲を誇る竜のブレスを防いだのである。
竜の全身を怖気が走る。
これは例えば強固な盾を消耗覚悟で用いただのといった話ではない。何度でも何度でも再利用可能な、確実に回避しうる手段を、竜との戦闘域内にて連中は確保したということなのだ。
どんなに困難な状況であろうと、どれだけ追い込まれ追い詰められようと、この一撃でひっくり返してしまう。そんな必殺の一撃を竜は奪われてしまったのだ。
恐怖に駆られ、竜は羽ばたく。
この戦いは、コイツらは、竜を殺し得るのだと竜はようやく理解したのである。
「ぷくくっ、やっぱりやった」
背中の上のレアが笑う。
力強い羽ばたきと同時に、信じられぬほどの苦痛が竜を襲う。
レアは、その羽ばたきを支える竜の肉を選んで抉り続けていた。
傷だらけのその肉を酷使すれば、当然損傷はより深くなろう。竜は自らの羽を支える肉に与えられた傷を、己が手により更に深く傷つけたのである。
竜の巨体を支える強さは、最早その羽に望むことはできなくなっていた。
そうこうしている間に、竜の左前足と、右後ろ足も千切れ折れた。
竜は、もうなりふり構っていられなくなっていた。
その巨体で当たり構わず転がりまわる。這いずり、転がり、仰け反り丸まり、暴れて暴れて暴れまわる。
相手は人間だ。人間なのだ。小さく弱く、竜の身体のどこかが当たれば、もうそれだけで潰せるはずなのだ。ほんのちょっと、運が良ければそれで終わる話なのだ。
闇雲に暴れ、のたうち回り、それが攻撃だけでなく防御にもつながるだろうと信じ、竜はその力の限り動き続けた。
聞こえてきた、四人の内三人の声は竜にも理解できた。
「っだー! こんな動けたのかコイツは!? 無理に踏み込んだら洒落にならんぞこれ!」
「背中の上っ! すっごくきっつい! でんかっ! でんかー! 今すぐ代わってここー!」
「うーわっ、動きが全然読めないじゃないっ。どーすんのよこんなの」
だがもう一人が何故そんな言葉を発したのか、竜には全く理解できなかった。
「はははははっ! やるではないか! いいぞいいぞ! 戦はお互いが必死になってこそ! 見直したぞ邪竜よ!」
とても嬉しそうにそうのたまい、嬉々として竜に傷を増やしていく人間のメスに、竜はこの戦いを切り抜けることができたなら、二度と人間とは関わらないと心に決めた。
その決意も二時間ほど遅かったが。
竜の全身を覆う鱗と筋肉、その半ば以上が千切り取られ、遂に内臓までもが露出するようになっても、竜はまだ暴れ続けていた。
その旺盛極まりない生命力は、四本の足全てが斬り落とされ、首を斬り飛ばしてすら力強く脈打ち続けていて。
第十五騎士団の四人がコレを完全に殺しきったと判断したのは、戦闘開始から四時間が経過し、もう竜の姿も残っておらず、巨大な肉の塊にしか見えない有様になってようやく、であった。
戦闘の一部始終を、高所に陣取っていた将軍たちは見ていた。
いや、将軍たちだけではない。参陣した一万五千の兵全てが、あの四人と竜との人の世のそれとはとても思えぬ戦いを目にしていたのだ。
彼らはこの戦いをどう思ったか。或いは己が無力を嘆いたか、或いはわざわざ戦いに出向いた自分たちをコケにされたと思ったか。
だが、それはない、と将軍は断じる。
きっと彼らもまた、将軍が今感じているこの、感動としか形容しようのない激しい情動に全身を震わせていると確信している。
人間はあんなにも強くなれるのだ。
それを知れたのが、嬉しくて、誇らしくて、そして、何より。
側近が、潤ませた目で呟いた。
「すげぇ、かっこいいよ、あの人たち……」
そうだ。それだ。
あんなにもかっこいいあの人たちを、称えてやりたくて仕方がないのである。
でもまだ、皆感動に打ち震えていて声も出せないようだ。
だから彼らが帰ってしまう前に、我らの感動を彼らに伝えるべく、将軍は雄叫びを上げた。
すぐに一万五千の兵も倣ったのは、やっぱりみんなもアレをかっこいいと思ったからだろう。
第十五騎士団の四人は、挨拶もそこそこにこの地を去った。
将軍は思う。
あの光景を生涯将軍は忘れられないだろう。だが、きっとこの人たちにとっては、何度も何度もあるいつもの光景なのだ。
当たり前の顔で、他に強い奴の話を聞いたことがないか、と彼らに問われた時、将軍はそう思ったものだ。
これからもきっと彼らは、そこら中にかっこいいをばらまいて回るのだろう。
それはきっと、この地上にあるどんな善行よりも喜ばしいことだと、将軍には思えてならないのだ。
無双系女騎士、なのでくっころは無い 完
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。
おかげさまで最後の最後まで、好きなものを、好きなように、好きなだけ書ききる事が出来ました。
そんな私の好き放題を最後まで読んで下さった皆様が、少しでも楽しい時間を過ごせていたのでしたら幸いです。
では、よろしければまた別の作品でお会いしましょう。




