表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
209/212

209.第十五騎士団大勝利! 無双の未来にくっころは無いっ!


 デカイ人間だ。

 デカイ、だけではない。人間、だけではない。デカイ人間、なのだ。

 大きさ重さはただそれだけで凶器となりうる。それが見上げんばかりの巨体となれば、その脅威度はいかほどであろうか。

 そして人間の恐ろしさ、思考し判断し動く厄介さは他のどの動物にもありえぬ、人間という生き物の圧倒的優位点である。

 今、第十五騎士団四人の前にそびえ立つ巨人は、その双方を併せ持っている。

 人の知恵を持ち、山をも崩す巨体を振るう。人が巨大な獣を駆逐できるのは、一重にその知恵のおかげである。

 ならば此度のように、知恵のある巨大な獣を相手に、人はいったいどうやって戦えばいいのか。

 なんて疑問を、そんな恐怖を、一切感じさせぬ口調で第十五騎士団団長、イェルケルは口を開いた。


「怒っているのか?」


 くすくす、と笑うのはレアである。


「だとしたら、でんかがめっちゃめちゃに斬ったせい。そりゃ、あんだけ斬れば誰でも怒る」

「自分はやってないみたいな顔で言うなっ」


 呆れ顔なのはスティナである。


「あんなものあるんなら最初からやればいいのに。そうすれば二十時間も痛い目見ないでも済んだでしょうに」


 そんなスティナの言葉に呆れた様子のアイリである。


「魔法とは不可逆なのであろうが。ああなってしまった以上、王はずっとあのままだ。そんなモノ、そう簡単に決断できるものか」

「あはは、あれが十人もいたら食費で国が潰れそうね」


 笑いごとではない。少なくともこの四人以外、諜報に出向いていてこの現象に遭遇した三陣営の諜報員たちは皆、とんでもないことになったと顔を青くしている。

 巨人は一歩一歩、ずしんずしんと音を立てながら歩いてくる。

 その挙動を、四人はじっと見つめながら話をしていた。

 やはりと言うべきか、巨人の動きはゆったりとしたもので、足を一歩振り上げ踏み出すだけでも並の人間の数倍の時間はかかっている。

 だが、大きさとは速さにも繋がるのだ。

 人の数倍の時間かけて踏み出した一歩で、人の十倍以上の距離を稼げるのが、大きいということなのだ。

 巨人にとっては僅かな挙動が、対する人間にとっては大きな大きな動きとなる。もちろん、うっかり攻撃なんて向けられた日には、それこそ先程王が放った触手どころではない巨大さの手足が飛んでくることになる。

 また図体が大きすぎる相手と戦うと、近接に踏み込んだ時、その全身像が見えなくなってしまう。それは身体の僅かな挙動や視線の向け方から次の行動を予測する、といった行為が行えなくなるという意味だ。

 接近戦を得意とする四人からすれば、悪夢のような相手、のはずであった。

 だが、四人共がもう、この巨人をぶっ殺す気でいる。

 イェルケルが念を押すように言う。


「一人でやりたい、なんて言い出さんでくれよ」

「頼まれたって、やらないっ」

「むう、ここまで大きいと一騎打ちをする、といった気分にはならんですしなあ」

「さすがにこれはねえ。どっちかっていうと怪物退治って感じかしら」


 ならいい、と笑い、イェルケルは背負っていた剣を抜き放つ。今度こそ、この魔法の剣『トゥリヴオリの剣』を使ってやるつもりだ。

 王の不死にすら通用するという至宝であるはずのこれを、イェルケルは気安くスティナに放り投げる。


「初手はスティナ、君に任せる」


 スティナもスティナで受け取るのは手首の上で、これを腕に沿わせるように器用にくるくると回転させてから受け取った。


「お任せあれ。んじゃ、行きますか!」


 こちらに向かって、さっきからずっと親の仇を見るような顔で歩き続けている巨人に向かい、スティナは駆け出した。





 走りながら首を上に向ける形は、あまり好ましい姿勢とは言い難い。


『うわー、ここまで近づくと顔もロクに見えないじゃない。こういうところ、巨人ってのはやりにくいわよねぇ』


 以前に戦った、魔法により巨人へ変化させられた人間と比べても、こちらの方が圧倒的に大きい。

 あの巨人の特徴を覚えている。


『あれより硬い、っと。まあ、問題は、無い、わね』


 身長差から考えるに、巨人からスティナを攻撃するのはそれこそ足元を飛び回るハエを叩くようなものであろう。その難しさも含めて。

 だが、巨人はただ図体がデカイだけの木偶の坊ではない。

 速度が都度変化し位置を幻惑させるスティナの走法に、ぴたりで合わせて拳を振るってきた。

 上体がとんでもなく低い所にまで下がってきて、掬い上げるような拳だ。地面をこするようにこれを放つ難しさをスティナは知っている。ましてや巨人の巨体でこんな真似をするなぞ、よほど身体能力が高くなければできぬだろう。

 だが相手は、第十五騎士団の外道担当にして、最も流麗な技を誇るスティナ・アルムグレーンである。

 跳躍一つで拳の必殺圏内より飛び外れる。それも、飛んだのは上に向かってだ。

 跳んだスティナの足下を巨人の拳が潜っていく。もちろん、このままでは振り抜く腕に激突する。

 だからスティナは高速で足下を抜けていく巨人の腕を蹴った。

 その剛腕は拳のみならず腕にも威力を伝えており、僅かに触れただけのスティナの身体は高速で回転してしまう。

 前へと飛ぶ勢いに、巨人の膂力による回転が加わる。振り抜いた巨人の二の腕がスティナに当たらなかったのは偶然ではない。スティナがそう調整したのだ。

 飛んだ場所も勢いも、全てが狙った通りにいった。

 回転によって生じた現在のスティナに込められた凄まじい運動力を、一瞬のみ、切り取る。


『かんっぺき私っ!』


 高さも万全。スティナは全ての力をその一瞬、剣を振るうその瞬間に集約する。

 回転が直線に。その有り余る力を全て叩き込みつつ、行なうのは両断だ。

 両手で握るは不死殺しの魔剣『トゥリヴオリの剣』。回転しながら、まっすぐ巨人に線を引く。

 力のみでは巨人は斬れぬ。剣先に全神経を集中させると、剣を当てた瞬間の肉の抵抗を手の平に感じる。

 ここは刃の鋭さに頼る。そして一度刃が入れば後は繊維に対し直角にこれを当てるだけでぶちぶちと切れてくれる。

 そうであろうと予測した通り、あくまで肉だ。この巨体を支えるような馬鹿みたいに硬い肉だが、造りはあくまで肉の延長でしかない。

 ならばスティナに斬れぬものではない。問題はこの先、最もスティナの集中力が発揮される時。

 骨に触れた瞬間、剣を振り切る刹那の間にそれを感じ取れるだけの精緻な触感を、スティナは剣士としての訓練を通して身に着けている。

 押し当てるのではなく、ここで初めて引き斬るのだ。これだけの巨体を支える骨格だ。生半可な強度ではあるまい。だが、それでも、スティナは斬れると考えたし、当然、斬れるのだ。

 剣を振り抜くと、そちらに神経を使っていたせいで多少なりと空中姿勢を崩してしまうが、両足から、そして後ろに片手をつきつつ着地。跳躍と回転により生じた勢いのせいでそのまま大地を滑り進む。

 そこから、上体を大きく捻って剣をぶん投げる。


「続きなさいアイリ!」


 巨人の左足が脛の中央より両断され、上体ごとズレ落ちる。

 剣は唸りを上げて飛んでいく。

 どっちが柄でどっちが剣かわからなくなるような物凄い回転だ。

 その飛んでいく先に、知らぬ者が見れば自殺にでも向かうかのようにアイリが駆け込む。

 金属の円盤にしか見えぬ回転する剣のど真ん中に、恐れる気もなく手を突っ込むアイリ。もちろん、受け取り損なうはずもなく。

 滑り込みながら剣を大きく後ろに引き、構える。

 こちらはどっしりと低く構え、両足を大きく前後に開いている。

 巨人はいきなり片足を失ったが、駆け寄るアイリにもしっかりと気付いている。

 このチビが、巨人をすら斬れる連中だということを、彼は正しく認識しているようだ。だからこそ、防ぐべく動く。

 左足が失われ、左側に倒れた身体を、腕を使って逆に起こし、アイリがいる右足側に深く重心をかける。この部位の肉と骨に巨人の全体重が乗る形だ。

 みちりと締った肉に対し、しかしアイリに動揺はない。巨人は、アイリの頭上より拳槌を振り下ろす。


『遅いわっ!』


 大地を強く踏み出して、受けた反作用を剣に乗せる。己が膂力の全てを発揮するには、ビームで吹っ飛ばされそうになったパニーラ同様、アイリにも強固な支えが必要なのだ。

 だがアイリには熟練の技がある。まっすぐ立って大地を踏みしめるのみで、その姿勢から上ではなく前方に向かって、いやさ己が望む方向に向かって力全てを余す所なく放ちうる。

 威力は力だけでは発揮しえぬ。上に技術があってこその圧倒的破壊力なのだ。

 巨人の足首を、己の胴回りよりよほど太いこれを、ただの一閃で斬り裂いた。

 同時に、アイリの重く沈んだ重心が解き放たれる。

 大地の要石の如き重さから、そよ風一つで空を舞う薄羽のように、斬った直後にアイリは跳んでいた。

 そしてアイリが居た場所に向け、巨人の右足がズレ落ちた。

 剣が届かず斬りきれていなかった右足首内側が、ズレると同時に千切れ飛び、両足を失った巨人の身体が後ろに向かって倒れていく。

 その振動と土煙より逃れながら、アイリは一挙動で剣の柄から剣の刃に手を移す。


「やれいレア!」


 刃部を持って、これを投げ放つアイリ。こちらは回転はほとんどなし。あれはやはり取り難かったのかもしれない。

 目標目掛けて凄まじい速度でまっすぐ飛びながら、剣はゆっくりと刃先を標的に向けながら回転していく。

 レアは、立っていた。

 巨人が仰向けに倒れる、その身体に潰されるかどうかぎりぎりの場所に。いや、それは巨人の頭部ないしその周辺が激突する場所だ。

 レアから見れば剣先が自分目掛けて伸びてくるような、受け取るべき剣が小さく見えづらくなっていくような、そんなぶん投げ方であったが、片腕のみを伸ばして剣を受け取る。

 そして、面倒くさそうな顔で頭上を見上げる。

 倒れてくる巨人の影で、日は完全に塞がれてしまっている。

 その巨体を考えるに、天井が落ちてくるようなものだろう。

 こちらもアイリに倣ったでもないだろうが、深く低く構えるレア。

 身体を大きく捻り、剣を後ろの方へと大きく引く。身体は捻り続ける、引き絞った弓のように、その目は振ってくる空を見上げ、そして、小さく口笛を鳴らす。


『こんっ! にゃろっ!』


 レアの頭上に、巨人の首が来たところでレアは動いた。

 とんでもない質量がとんでもない高さから落下してくる。今のレアが遭遇しているのはそういった状況だ。

 だがレアは一切避ける動きを見せず、逆に、降ってくる天井目掛けて剣を振るった。

 肩で担ぐように、それはまるでイェルケルが得意とする上段の一撃のようで。

 だがこれは上段ではない。狙うはさらに上、頭上を斬るための剣。

 ほんの僅かでも剣が停滞すれば、たちまちレアは潰されていただろう。そんな一撃であるというのに、レアに一切の不安はなかった。

 前の二人が二度も斬っているのだ。ならば、その硬度を類推するのは容易い。少なくともレアにとっては。そのぐらいできずに第十五騎士団は名乗れぬ。

 それはいったいどのような理不尽か。

 レアの持つ剣はどう考えても巨人の首の太さと比しても短いものだ。

 なのに、だというのに、レアの一閃にて巨人の首は千切れ飛んだのだ。

 レアの身体は首と胴との間にあり、すぐ側で巨体が大地に落着するも、その震動にも全く微動だにしない。

 それほど深く、重く、重心を落としていたのだ。

 首はというと、レアが斬ってから大地に落着するまでの僅かな間に、剣速に押し出されるように一回転し、そのまま回転しつつ大きく飛び跳ねる。

 剣撃の威力で血飛沫も全て払うつもりだったのだが、首が回転したせいで上手くいかず多少なりと血を浴びてしまったレアは、肩をすくめつつ握った剣を丁寧に放る。


「でんかっ! 最後お願い!」


 巨人の首が回転しながら宙を舞う。

 この回転のせいでどこに飛ぶかわからなくなっているのだが、その圧倒的な反応速度は、首が跳ねてから追いかけて間に合うほどで。

 イェルケルは既にこの時大地を蹴り出し飛び上がっていた。

 三回目にして最後のレアの投擲は、三回の中で一番ゆっくりで、一番受け取りやすいもので。

 飛び上がったイェルケルの両手にすっぽりと収まるような形、それもイェルケル得意の上段でそうできるような位置にそっと置いておくような、普段のレアからは思いもよらないような丁寧な仕事であった。

 回転のせいで、斬りづらくはある。

 だが、その程度ならば問題にはならない。

 イェルケルは空中で剣を振り下ろす。それは最高到達点から落下し始める、その瞬間にそうできるような跳躍であった。

 首はそれほど高くは跳んでいない。

 だから振り下ろしきるのと、着地とがほぼ同じになる。いや、これもまたイェルケルの狙い通りだ。

 横に回転していた首が、イェルケルの剣撃により今度は縦に回転する。

 顔は左右に千切れ真っ二つに裂け、その中央に立つイェルケル。


「あっ」


 振り下ろした時、ほんの僅かにだが、最後の一撃ということで緊張してしまっていたようで。

 本当に僅かにだがイェルケルの振り下ろした剣先が、大地にこつんと当たってしまったのだ。

 斬りきったつもりで意識を抜いたところでのこれにより、不死破りの魔剣『トゥリヴオリの剣』は、先端三分の一が甲高い音と共に折れ欠け、くるくると宙を舞う。

 それは不死破りの剣の効果か、はたまた急所を破壊したおかげか、巨人の頭部がまず紫色の煙と共に溶けだして、それは巨人が負った傷口にも同じことが起きる。

 だが、そんなことよりも第十五騎士団の団員三人は、剣を振り下ろした姿勢のままで固まるイェルケルをじっと見ている。

 跳んでいた刃が地面に当たり、きんっ、と良い音を立てると、三人は同時に言った。


「「「あ~あ」」」

「ちょ! ちょっと手元が狂ったんだ! も、もう王はこれで倒したんだから折れても大丈夫だって!」


 紫の煙から避難しながら、スティナ、レア、アイリはイェルケルの周りに集まり、四人でああでもないこうでもないと騒ぎながら、王が消えていくのを確認する。

 そして、王が完全に消えきったのを見てから、王都を離れる。


「でもま、仕方ないかな。でんか、私たちの中で一番、剣ヘタだし」

「ちょーっと待ってくれよレア! それは聞き捨てならんぞ!」

「あー、さすがに今回は擁護できませんぞー。どうしてこう殿下はここ一番で愉快な真似をせずにはおれんのか……」

「愉快言うなっ! ど、どうせもう不死破りの剣とか使わないんだからいいだろう!」

「殿下。この話題は多分、幾ら引っ張っても殿下に有利にはなりませんよー」

「あーもうっ! その通りだけどなんていうかさ! 悔しいんだよ仕方ないだろう!」


 こほんと咳払い一つで落ち着きを取り戻し、イェルケルは改めて宣言する。


「さて、これでイジョラでのやりたいことは全部終わった。これ以上は不要だ、イジョラとの戦はここまでってことでいいだろう」

「ですな。後は反乱軍にでも任せればよろしい」

「んじゃ、結果は出たってことでいいかな。ねえ、これ、私たちの勝ちだよね?」

「王まで殺したのに私達まだ生きてるんだから、負けたってことはないでしょ」


 その通り、とイェルケルは頷き笑う。


「イジョラとの戦は我々の勝利だ!」

「「「おー!」」」」







 エーリッキ・ヘイケラ公爵は、近衛よりの急報を聞くとありったけの配下を引き連れ王都ケミへと向かう。

 そのあまりの形相と勢いに、これを止めるべく声を掛けられるのは、それこそ同じく四大貴族の一人であるエルヴァスティ侯爵ぐらいであろう。


「……陛下と近衛ですら手に負えぬ相手を、並の兵でどうしようというのですか」

「黙れ! 陛下の危地にこの私が行かんでどうするか! 貴様にはコウヴォラを任せる! 万事抜かりなく治めよ!」


 そんな雑な任せ方でヘイケラ公爵はすっとんでいってしまった。

 王の不死は、王都ケミ周辺でなくば発揮できない。

 ならば王を意識不明にし、王都から拉致してしまえばいい。そんな真似をさせぬための近衛であるのだが、四十人近く居た近衛が全滅したと報告にはあった。

 殿下商会の超絶的な戦闘力を知っていたエルヴァスティ侯爵ではあるが、まさか近衛が、それも派遣したパニーラ・ストークマンごと皆殺しにされていようとは。

 この結果を受け、侯爵は結論を出す。現状、殿下商会を止める術はこの世に存在しない、と。


「停戦も已む無しか」


 東部はもう完全に反乱軍の手の中だ。ここの住民ほとんどが蜂起するような形になっているのだから手の施しようがない。

 北部はイジョラ軍反乱軍共に無理に手を出していないので空白地帯みたいになっているが、位置関係的に東部に近い事から反乱軍をどうにかできぬ以上、いずれあちらの手に落ちよう。

 西部にはかなりの数の反乱分子が集まっているようだが、ヘイケラ公爵配下が先手を取って上手くこれらを叩き潰したようで、概ね平穏を取り戻している。

 南部はエルヴァスティ侯爵の地盤だ。イジョラで最も平民が裕福な土地であり、そもそも反乱を起こす理由がない。

 そして中央部だ。この地の民はほとんどが反乱に加わっていない。直接反乱軍が占領した街は全てが離反したようだが、魔法使いの威光が十分に行き渡っている土地でもあり、彼らが率先してイジョラに反旗を翻すとは考えづらい。

 イジョラ魔法王国は、南部を中心に西部と中央部の半ばを領土とし、新たに編成しなおす。交渉次第では北部もこちらのものになるかもしれない。

 本来、平民たちとそういった交渉をすることすらありえないはずのイジョラ魔法王国が、反乱軍に対し領地と独立を認める。それはもう、敗北以外の何ものでもなかろう。

 これをどうやって貴族たちに納得させるか、考えるだけで気が重くなる侯爵である。

 幸いなことに、ヘイケラ公爵は平民なぞと交渉など断じてありえん派の筆頭ではあるが、現実が見えないほどの愚か者でもなく、ヘイケラ公爵派閥の者には、今は苦汁を飲み込み停戦交渉に臨むべし、といった話をしていてくれたので、停戦派が多数を占めることになりそうではある。後は残った頑固な連中を説得するだけだ。

 これから先の道筋を定めると、エルヴァスティ侯爵は自らの両手を見下ろす。


「お前が、言っていた通りだったな。あの二人、まるで手に負えぬ猛獣ではあるが同時に、誰よりも先の楽しみな若者であったよ……」


 自身が決めたカレリア出兵にて失った、決して戻らぬ貴重な駒を想いながらそう呟く。

 今、侯爵の手に、侯爵の予想を飛び越えていくような強力無比かつ痛快な駒は、何一つ残ってはいなかった。




 王都ケミにて、ヘイケラ公爵の怒声が響く。


「どういうことだ!? 捜索の儀式を行ったというのに何故陛下が見つからぬか!」


 ヘイケラ公爵の前には、倒れ意識を失った魔法使いが一人。彼を介抱している魔法使いは、公爵の許可が出ないことには倒れた彼を連れていくことができないのでその場で困った顔をしている。


「公爵様、捜索の儀式に過ちはありませんでした。そのうえで、見つからなかったということは……」


 口にしないでも誰もがわかっていることを、侯爵の側近は敢えて口にする。どこにいようと絶対に対象の居場所を見つけ出す捜索の儀式は、術者の生命の危機を代償とするも、捜索対象が既に死亡していた場合はこの儀式を用いても居場所を見つけ出すことはできない。

 ヘイケラ公爵は、側近たち誰もが見たことのないような崩れた顔をしていた。


「ふざけるな! 陛下が! この私より先に逝くはずがなかろう! これより先も永劫に! イジョラの行く末を見守っていてくださる方だぞ!」


 そしてそのまま儀式の間に入っていく。

 部下たちが慌てて彼を追うと、公爵は儀式の準備を始めていた。何をするつもりなのかは、それだけで十分に伝わった。


「御止めください! 御身をなんとお考えか!」

「止めるでない! こんな重大なことを! 他人の言葉なぞで信用できるものか!」


 その一言で、狼狽えてはいても公爵には冷静さが残っていると側近にも伝わった。

 死んだという報告を受けたとしても、それこそ死体でも見なければ現状の最高責任者であるヘイケラ公爵は絶対に納得しない。当人が、絶対に納得できないだろうと確信している。

 つまりもし遺体が消滅しているのなら永劫に捜索は続き、王は生きているものとして振る舞い続けなければならなくなる。

 一番てっとり早いのは、最高責任者であるヘイケラ公爵が王の死を自身で確認することなのだ。

 死の危険がある儀式を、高齢のヘイケラ公爵が行なうことには大きな問題がある。だが、少なくともヘイケラ公爵はそうするしかないと考えているようで、側近たちの制止の声に耳を傾けようとはしない。

 王と公爵との絆を知っている側近たちは、これ以上止めることができず儀式の準備を手伝うことに。

 そして儀式を行ない、ヘイケラ公爵はその想像を絶する苦痛の中、超越的な感覚により、王がどこにも居ないことを理解した。


『おおっ……おおっ……なんたることか……最早、これまで。王よ、このエーリッキめが、すぐお側に……』


 儀式の最中ヘイケラ公爵は、苦痛に、死への誘いに、抗うことを諦めた。




 王都ケミ陥落す。

 王都ケミが反乱軍の手に落ちたとかいう話ではないので、厳密にはそういった表現は相応しくないが、王都の王と近衛が揃って殺され、兵も民も皆が逃げ散ったとなればこの言い方が相応しかろう。

 この報がトドメとなり、イジョラ魔法王国は反乱軍との停戦交渉に乗り出す。

 だがイジョラ側の予測と異なり、交渉は難航した。

 現状、反乱軍が奪える土地はほぼ奪いきった、とイジョラ側は見ていた。イジョラ中央部は民も含めてイジョラ側であるという認識であったのだが、反乱軍はそうは思っておらず、攻めれば獲れるし奪えば維持できる、そう考えていたのだ。

 そして何よりの問題が西部である。

 ここはヘイケラ公爵が反乱の目をほぼ潰しきったとイジョラ側は見ていたが、反乱軍側はこれを認めず。窮地にある同胞を見捨てることはできぬと停戦を拒んだのである。

 停戦交渉中の様々な工作により、交渉期間が長引けば長引くほどイジョラ側に有利、と見ていた部分も予想を覆された。

 農民反乱にすぎないはずの反乱軍は、金と暴力を織り交ぜた様々な交渉術にも長けており、中央部の幾つかの都市を停戦交渉中に己の陣営に巻き込んでいた。

 もちろんイジョラ側も似たようなことをしていたのだが、中央部は半分弱が反乱軍にもっていかれてしまった。

 またこの期間中に、イジョラ魔法王国の内にて反乱軍に譲歩しすぎるなという一派により内乱が勃発しかけ、ヘイケラ公爵が病死したこともあり第一人者となっていたエルヴァスティ侯爵がこれを事前に察知し鎮圧するといった騒ぎも起きていた。

 イジョラ側は身内に足を引っ張られる形で停戦交渉は進み、一応、現段階での領土として西部はイジョラ側として認められたものの、最終結論は互いを国家として認めるといった内容のみに留まり、戦争状態は継続する、といった停戦交渉としては失敗する形となった。

 シルヴィ・イソラは見せ戦力として交渉中も滞在するよう頼まれていたが、この交渉が終わり、東部と北部、そして中央部の幾つかを領地として確定し、東イジョラ国が成立するのを見届けると、親切はもう十分と国に帰っていった。

 謝礼も、報酬も、栄誉さえも断って国を去ったシルヴィは、以後東イジョラにおいて、建国の英雄として語り継がれていくことになる。

 ちなみに殿下商会なる連中の話は、子供に言い聞かせるおとぎ話扱いであった。ほーら、悪い子にしてると殿下商会が来るぞー、うわー、ごめんなさーい、的な。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ