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129.賭博場の女神


 街の完全なる支配権を確立した顔役は、そのケンカに多大なる貢献をしたイェルケルたち『殿下商会』に、事ある毎においしい話を振るようになった。

 それはほとんどが街での仕事ではなく街の外の仕事である辺り彼の意図がどこにあるかは透けて見えるようであったが、実際に話自体はおいしい儲け話ではあった。

 ただイェルケルはそこまで利益に拘っているわけでもないので、そのほとんどは丁重に辞退し他所に回してやるよう勧めた。内の幾つかのみ、断りきれず仕事を受けはしたが。

 仕事といっても極めて簡単なものばかり。別の街に行き運んだ物を渡すだけだ。行った先でのんびり観光でも楽しんでこい、といった話である。

 そう、その観光がこの旅の目的である。この街は、イジョラでも有数の賭博場を擁する街であった。



「でんか。これで、準備ばんたんっ」


 出発の日、得意げにそう言ったレアと、その隣でうんうんと頷いているスティナ。はっきりと言ってしまえば、良い予感は全くしなかったイェルケルは即座に決断した。


「レア、スティナ。お前ら留守番な。アイリ、代わりについてきてくれ」

「「えー!?」」


 これから顔役の紹介で賭博場のある街に遊びに行こうというところだ。

 カード賭博程度ならどこでもやっているものだが、高額の賭博となるとやはり相応の会場が必要であり、参加者もそれなりに認められた人間以外は許されない。

 イェルケルには顔役の紹介と、裏金で稼いだ金があるので、ここでも十分楽しむことができると判断されたのだ。実際、金にそれほど執着していないイェルケルは、賭場の側からすれば上客となるであろう。

 ただ問題は同行者である。彼女たちも金には執着していないのだが勝ち負けには執着するらしく、賭博をするにあたって準備なんてものをしだしたのである。

 特にレアは、見ていて気持ち悪くなるぐらいの手先の器用さを発揮し、まるで手品のようにカードを振り回せるようになっていた。

 ただこの技、どう見てもイカサマ仕様である。


「遊びにいくわけであって、金を稼ぐでもケンカを売りに行くでもないんだ。その辺わかってるのか?」


 レアは心外だと言わんばかりだ。


「これはあくまでイカサマ対策っ。でんかが軍資金くれるんなら、イカサマなんてしないでふつーに遊ぶし」

「わかったわかった。アイリは本当に留守番でいいのか?」

「その手の遊びは苦手でして。見てると何やら腹が立ってくるのです」


 くすくすと笑うスティナとレア。


「おこちゃまねえ」

「おこちゃまー」

「やかましい! わざわざ金を賭けねば面白くならんような遊戯なぞ、その段階で既につまらんと白状しているようなものであろうに。そんなものに時間を割くぐらいなら玉蹴りでもやっていた方が遥かに楽しいわ」

「おっこっちゃっまっねー」

「おーこちゃま、あーいりーはおーるすーばんー」

「表へ出ろ貴様らあああああああ!!」


 そして何故かいる、先日イェルケルにケンカを吹っ掛けぶっ飛ばされたヴァロが、同情するようにイェルケルの肩に手を置く。


「女の園に男一人か。苦労するねぇお前さんも」

「本当にそう思ってるんだったらまずそのにやけ顔なんとかしろ。アイリがいるから大丈夫だとは思うが、おばちゃんたちのこと頼んだぞ」

「おうよ。そっちもあの馬鹿のことよろしく頼むわ」


 このヴァロという男、いつの間にかイェルケル一党たる『殿下商会』の一員顔でここに入り浸っている。

 殿下商会の三人のケモノこと、アイリ、スティナ、レアの正体がとんでもない美人であることも知っており、三人が正体を隠すうえで生じる不便の解消に宿のおばちゃんと共に一役買っている。

 ヴァロはこうやってイェルケル相手には対等に口を利くが、スティナたちに対してはとても腰の引けた様子で話をする。それは、イェルケルとやった後でこの三人ともやってみたら、イェルケルとの時なぞ比べ物にならないエライ目に遭わされたせいである。第十五騎士団の四人の中で一番手加減が上手いのはイェルケルであるのだ。

 ただアイリは故意にヴァロを痛めつけたりはしないので、比較的マシな方とヴァロは認識している。面白半分で色々な技を試してくるレアや、何故か恨まれてるらしいスティナとやると、ただ負けるだけではなく色々と精神を削られることになるのだ。

 側にいるだけでおっかない二人がどこかへ行ってくれるのはヴァロにとってありがたいことであるが、そもそもヴァロはイェルケルが気に入ってここにいるので、不在の間は他所に出掛けることが多くなった。

 この間にアイリは、諜報員業に精を出すつもりだそうだ。そしてイェルケルとスティナとレアの三人は、賭場のある街へと出掛けていった。




 貴族向けの宿かと思われるような豪華な建物は、本来平民がこれを使うことは許されないはずなのだが、この街の支配者である貴族は平民たちに対し特に寛容であり、他所の街では許されぬこともこの街ではかなりの部分が許可されている。

 大規模賭博場もそうだし、商取引の制限等各種の権利が、この街の中であればという条件付きで許されていた。

 この一帯は平民に甘い貴族が多いと言われているが、この街はそれが特に顕著である。それが故に、近隣から人が集まるほどの賭博場なんてものが出来上がったのだろう。

 賭博場の近くの宿を取り、レアはそこで以前イェルケルに買ってもらったドレスへ着替える。

 今日はレアも表に出て遊ぶつもりなのだ。もちろんその美貌を誰かに目を付けられる恐れもあるが、現在イェルケルといえば『殿下』としてここら一帯では名の知れた暴力商人であるからして、そのツレにちょっかいを出す馬鹿もいまいという判断である。

 まさかこれが殿下のシモベの三つのケモノだとは誰も思わないであろう、という考えもあった。

 殿下配下の正体不明の三人は、昨今では中身は魔法によって獣と合成されたキメラであるという説が有力である。正解を殿下に正面から問う度胸のある馬鹿もいないが、とりあえずまともな人間とは誰も思っていない模様。

 街につくと持ってきた商品を受け渡し、賭場が開く夜まで待つ。そして夜、綺麗にめかしこんだレアと、それほどでもないイェルケルとが並ぶ。


「でんか。もうちょっと良い服無かったの?」

「いやなぁ、あんまりに見た目殿下だって言われ過ぎたもんでさ、これで服まで本気で整えたら正体バレるんじゃないかって気がしてきてさ」


 くすくすと笑うレア。


「ここはイジョラでも、カレリアからは大きく離れてる場所。イジョラ魔法兵団を倒したのが騎士軍だって知ってる人も、顔役の人しかいなかったぐらい。でんかは心配しすぎ」

「私もそう思うんだけどな。まあ、用心するのは悪いことじゃないって思ったんだよ」

「ふふっ、そうかも。新参の暴力商人の恰好としては、お似合いってことにしとこうかな」

「……商売自体はまっとうにやってると思うんだけどなぁ。そういえばスティナはどうした? スティナもドレス用意したって言ってたけど」

「ああ、それが、うん、ちょっと言いづらい」

「なんだ、何やらかした」


 とても言い難そうにレアは言った。


「食堂で牡蠣食べたら当たった。夕方頃からもうずっと、トイレ入ったまま出てこない」

「…………」


 スティナなら当たるんじゃなくて当てる方だろ、とか結構本気で思ったイェルケルだが、一応、スティナが女性に分類される存在であることもわかっている。


「触れてやらないのがいいか?」

「それが一番、当人の傷が少なくてすむ」

「わかった、この話題はここまでにしよう」


 きっとスティナならば出掛ける音は聞き分けられるだろうから、イェルケルもレアも一言も告げぬまま宿を出た。イェルケルにできる、精一杯の優しさのつもりであった。




 そこはとても平民が足を踏み入れるような場所ではなかった。

 王族であるイェルケルから見ても内装の豪華さは目を見張るほどであったし、貴族とはいえ基本田舎貴族でしかないレアはきょろきょろとあちらこちらの内装を見ては驚いていた。

 外見はちょっと豪華程度に抑えてあるのは、貴族の身分を持つ者が近くを通りすがっても見咎められないようにするためのものであろう。

 そして中に入ると、もう王侯貴族でも出迎えるのか、という勢いで豪奢な造りが姿を現す。

 本物の王侯貴族用建築を見てきたイェルケルは随所に造りの甘い部分を見出すことはできたが、貴族用としてならば十分すぎるものであるし、ましてやこれが平民専用だなどと言われてもにわかには信じられない。

 案内をしてくれた使用人が説明してくれたところによると、下手な貴族がくると平民如きが生意気だ、なんて話になりかねないので平民専用としているらしい。

 平民に甘い貴族の治める地らしいが、だからとここまでやるか、とイェルケルは感心してしまう。イジョラの平民は、イェルケルが考えていたよりずっと逞しい連中のようだ。

 遊技場は大きなホールになっている場所にあり、各種賭博のためのテーブルが用意されている。

 人は多い。このホールに五十人以上の人間が集まっているようだ。またここ以外にも賭博ができる場所や、休憩所、食事処などもあるらしい。

 イェルケルとレアを案内してくれた使用人はとても慣れた様子で、少しおせっかいが過ぎるか、というぐらいこちらを気に掛けてくる。

 これはイェルケルが貴族相手の従者の態度と比較してしまうからおせっかい、と感じてしまうのだろう。

 平民を貴族であるかの如く扱う、というのがこの賭博場の売りであるのだろうから、本来の貴族に使用人や従者がそうするものとは多少なりと違っているのは当たり前なのである。

 本物の貴族であるイェルケル、レアの目から見ても、この建物も使用人たちも、貴族用と言って差し支えないほど素晴らしいものであった。

 ただ、ホールに入ると少し、貴族っぽさが薄れてしまう。

 集まっているのは金持ちばかりとはいえ皆平民で、楽しんでいる遊びは賭博であるのだから、当然熱くなる者も出てくるという話だ。

 ただそれすらも、この賭博場を魅力的に彩る一要素となっている。誰もが気安く口をきき、体面に拘らず遊戯を楽しむ、そんな雰囲気は逆に貴族用の遊技場ではありえぬものであろう。

 ところどころに言い訳の余地なく見苦しいものが居たりするのだけはいただけないが、それはもう平民専用である以上どうしようもない部分であろうて。

 イェルケルとレアはしばらくホール全てを見て回り、どこで遊ぶのが楽しいかと物色した後、レアがこれがいい、と言ったのは、このホールでも一番賭け金の高いカードゲームであった。

 同額帯の他の賭博にはあまり人がいない。各種賭博に一台だけある高額台の一つで、イェルケルはいきなりこれかと少し驚いたが、軍資金にはとても余裕があるので、レアがやりたいというのであれば好きにすればいいと思っていた。

 ちなみに今回の軍資金はイジョラに入ってから闇金融で稼いだ金全額である。

 もともとイェルケルたちは戦の褒賞でもらった大量の金があるうえに、アンセルミ王より潜入捜査予算を回してもらっているため金には一切困っていなかったのだが、疑われない程度に金を追求していたらちょっとした財産が築けてしまった。

 アイリ曰く、金は死蔵しては意味がない、だそうで。そんな薫陶行き届いているイェルケルは、使わない金をいつまでも持っているのはあまり気持ちがよろしくなかったので、この機会に稼いだ分は使ってしまおうと考えていた。

 使用人が椅子の高さをレア向けに調節した後、レアはこれにちょこんと座りイェルケルに言った。


「でんか、知ってる?」

「ん?」

「私、こういうの得意なんだ」



 椅子に座るレアは、足をぷらぷらとさせながら次のカードを待つ。

 このテーブルは、既に満席となっている。何故か。

 見目麗しい美少女が、その背丈に不似合いの大きな胸をテーブルの上で誇示しながら、次はどうかなーとカードを可愛らしくめくるという、実に目に優しい光景が見られるからだ。

 このゲーム、カードをめくる役はプレイヤーの中でも最も多く賭け金を積んだ者に権利があるとされるが、この権利を他人に譲るということもよく行われる。

 なのでこのテーブルのプレイヤー全員は、全てのゲームでレアにカードめくりを頼んできた。レアはレアでそれを楽しみながら、勝った負けたと笑いながらカードをめくるのだ。

 もちろんめくり方も心得たもので、ゲームをきちんと壊さず参加している皆が、そして見ている者も楽しめるようやるのだから、観客たちも飽きることなくこのテーブルを見入っている。

 また金が尽きた者に対しては、代わりに入りたいという者が多数いるので、常にこのテーブルは満席で。ディーラーも営業用ではない満面の笑みである。

 このテーブルのゲームは横で見ているイェルケルも楽しくなってくるもので、ホールで一番の盛り上がりを見せる。

 もちろん人が集まっていれば、他のテーブルの者も何事かと気になるもので。長くこのテーブルを楽しんだ者は、新しい者に場所を譲ってやり自分は離れるなんてことを自然と参加者同士で融通しあっていたりする。

 ここら辺はこの賭博場が長く楽しまれている場所であるという証であろう。中にはその辺がわかっていない者もいるが、それはその者の同行者がそれとなく示唆しやはり他の者同様場所を移動していく。

 こうした動きをイェルケルは見ていた。


『平民は品がどうこうって言う奴もいるけど、なかなかどうして……』


 そんなことを考えていたイェルケルの耳に怒声が聞こえた。


「てめえクソ女が! ここでイカサマたぁいい度胸じゃねえか!」


 平民の賭博場と聞いて真っ先にイェルケルが思いついた展開だ。こういうことはこの賭博場ならないだろう、と思った矢先にこの有様である。

 いったいどういう馬鹿だ、と席を離れてそちらに向かうイェルケル。ちょっとむっときているので、力ずくが必要ならば手を貸そうとまで考えていた。

 だが、そこで揉めている男と女。というか女。凄まじい美女。ドレスも似合ってる。しかもよく見る顔。そんな女を見て、イェルケルの足は止まってしまう。


「イカサマ? 幸運の女神はブ男が嫌いなだけじゃない。人の幸運に文句付ける前に、生まれ直してその顔なんとかしてきなさい」


 別段相対している彼がブ男なわけではないが。それを口にするのが絶世の美女、スティナ・アルムグレーンであるのならば、彼女の言葉はこの上なく相手を傷つけるものとなろう。

 イェルケルは状況を全く見ていないが、この一瞬の言葉のやりとりのみを聞いた時考えたことは。謝って金を返せばイカサマも許してもらえるだろうか、であった。スティナがイカサマなんてするはずがない、などという考えは頭をかすりすらしなかったのである。

 勢いよくその場に顔を出すつもりだったイェルケルは、いたたまれない顔になりながらそろりと観客の後ろにつく。

 男はなかなかに精悍な体躯をしており、そんな彼が怒りに怒鳴る姿はそれだけで迫力のあるものだったが、対するスティナは逆に煽るように笑うだけだ。

 男の怒鳴り声を聞くに男はイカサマの証拠を掴んでいるわけではないようだが、あまりに女が勝ちすぎていると。それも相当に理不尽な勝ち方をしているようで。

 そのテーブルのディーラーが男を止めようとしているが、スティナが絶妙に男を煽るせいで男は止まる気配がない。


「エルノさん! まずいっすよエルノさん!」


 そう言って必死に止めるディーラーに、エルノと呼ばれた男はそちらにも食ってかかる。


「てめえもいっぱしのディーラーだろうが! こんなどこの馬の骨ともしれねえクソ女にやられてんじゃねえよ!」


 証拠さえきちんと掴んでいれば、いやさイカサマの仕組みだけでもわかっていればどうとでもできるのだが、ディーラーにもエルノにもスティナのイカサマを見破ることはできぬまま、ずるずると負けが積み重なっていったのだ。

 イェルケルは観客たちの様子を見ると、礼儀も何もないようで喚いて回っているエルノという男に対し、観客達はそれほど悪感情を抱いているようには見えない。

 逆に同情的な目で見られているのはどうしてだと思ったのだが、客同士が話をしているのを聞くにどうもこのエルノという男、この賭博場の用心棒のような仕事をしているらしく、客たちにとっても顔なじみであるようなのだ。

 時折こうして客に交じって遊んだりもするが、もちろん場を乱すような真似は一切せず負けたとしても笑って負け分を払う、気風の良い好漢として皆に受け入れられていた男で、そんなエルノがここまで言うのだからきっとこの女は本当にイカサマをしているのだろう、そんな話を客たちがしていた。

 イェルケルは頭を抱える。


「……もうちょっと、やり方ってもんあるだろ」


 スティナは怒り心頭のエルノをせせら笑う。


「いいわよ、イカサマ。してるってことでも。私はイカサマしてまーす。あーら、これは大変。で、貴方はいったいそんな私をどうしてくれるのかしら? ねえねえ、どーしてくれるのかしらー?」


 ぶっ殺してやると激発しているエルノをディーラーは必死の形相で止める。


「待って! 待ってください! 俺、俺が負け分出しますからどうか堪えてください! エルノさん!」


 そこに、満を持して登場したのはこの賭博場の責任者の一人。彼はエルノの不調法を叱った後、スティナに再度の勝負を持ち掛ける。もちろんこれは、断れないような空気を作ったうえでだ。

 スティナが出した条件は、あくまで揉めているのはエルノとスティナであり、ディーラーは誰を出そうが構わないが、二人での勝負という形は守ること、である。

 責任者はこれを了承。エルノももちろんこのままで済ませるつもりもなく、またエルノに同情的な客はこのテーブルに集まってきて、女、スティナのイカサマを見破ってやろうと構える。

 回り中皆スティナの敵だ。そんな中にあって欠片の動揺も見せぬ豪胆さを見せるスティナ。それを豪胆とは取らずふてぶてしいと誰もが受け取っているので、スティナがいかに美貌の主であろうともその言動もあって味方には誰もついてくれないまま。

 そしてこの日一番の人気者であった、レアもまた席を立ちこちらのテーブルに顔を出していた。

 ちょこちょことエルノの側に歩いていき、その横に立つと小さく拳を握って言った。


「がんばれっ」

「おおっ! 今夜の可愛らしい女神様もこっちについてくれたか! コイツはありがてえ! 後は任せろ! 絶対コイツを叩き潰してやるからよ!」


 小さな女神の声援に、エルノのみならず観客たちも大盛り上がりだ。これで、完璧にスティナはヒール確定である。

 これを見守るイェルケルは思った。


『ここまで計算ずくか!? 牡蠣で当たった腹はどーした!? お前ら本当タチ悪すぎるわ!』


 それまでどんなイカサマをしていたのかは知らないが、ここからどんなイカサマをする気かはわかる。

 味方のレアが敵手の側でカード見てるんだからスティナが負けるはずがないではないか。

 ゲームは、レアとスティナがつるんでいると知っているイェルケルにすらその方法がわからぬ通し合図を、レアとスティナが交わすことで観客誰もがイカサマだと叫びたくなるような圧倒的な勝負となった。

 エルノの顔は蒼白となっており、見守る観客たちもあまりの悔しさに顔が紅潮している。責任者が表情を一切出さぬままなのは、さすがに賭博場を仕切っているだけはあると言えよう。

 そして遂に、エルノの手持ちが底をつく。

 最初にディーラーをしていた男が出してやった分も含めてだ。

 だが、これで終わらせるものか、とムキになった観客が掛け金の提供を声高に叫ぶ。我も我も、と彼らがこの流れに乗ろうとしていたその時、レアが持っていたコイン全てをテーブルの上にどんと置いた。


「私が、やるっ」


 エルノに席を代われとレアが言うと、観客たちは皆こぞってこれを止める。女神に負けをつけさせるわけにはいかない、そう言って彼らは代わりに自分がと身を乗り出すも、スティナがここで小憎らしい顔で笑い言った。


「そこの子、今日一番の女神ですってね。いいわよ、そろそろ飽きてきたし、約束はその間抜けな大男とだけって話だったけど、最後の勝負だっていうんなら受けてあげても」


 責任者は場の空気を読む技術に長けている。今、この場を収めるに最適な展開を考え、そして、結論を出す。

 イカサマは見破れない。なら、いつまでもダラダラと続けたりはせず、すぱっと終わらせるべきだと。その後、盤外でこの埋め合わせはつけるべきだと。

 ホール中の皆が固唾をのんで見守る中、スティナとレアの最終決戦が始まる。

 勝負はダラダラ長引かない、レアがその日勝った全額を、スティナもこれと同額を賭けての大勝負。

 そして、ディーラーがカードを配り、小さく手元でこれをめくるレア。スティナのカードが公開された後、レアは勢いよくこのカードをディーラーに放った。

 飛来する一瞬で中身を見分けたディーラー、本来中立であるべき彼も思わず顔を緩めてしまう結果を、片手で受け取りひらりと返してテーブルの上に置く。結果は、レアの勝利であった。

 ホールはもうこれでもかという勢いの歓声で沸き返る。

 スティナはきちんと悔しそうな顔を見せた後で、負け分を払い残った勝ち分を持ち肩をすくめて席を立った。

 周囲を観察していたイェルケルは、賭博場って奴も馬鹿にしたものではない、と思った。

 責任者と幾人かが、とても険しい視線をスティナへ、そしてレアへと向けていたのだ。

 今の勝負のどこかで、確証ではないのだろうが、レアが怪しいと思える何かを見出したのだろう。だがそれでも、スティナとレアが作ったこの空気は賭博場にとっても悪いものではなかったので見逃したのだ。

 もちろんこれで終わらせるつもりはないのだろう。いつの間にかレアに感謝を述べていたエルノもホールから姿を消していた。

 ということはこっちにも来るかな、とイェルケルが思っていたらやっぱりきた。


「殿下様、支配人からお話がありますのでこちらへ」


 そう名乗ったのは自分だが、とイェルケルは肩をすくめながらこれに従う。


『殿下様、ってなんだよ』


 向こうの街でも、あまり親しくない連中は皆、殿下さんと呼んでくるのでそういう変さには慣れたつもりだったが、殿下様、はそんなイェルケルにとっても新鮮な響きであったようだ。




 スティナほどの美貌の主が夜中に一人歩く不用心さは、咎められてしかるべきだろう。

 一応当人もその辺りに配慮してか、顔と体型を隠せる大きなフードを羽織っている。

 だが、賭博場を出てからずっと後をつけている者に対して変装は有効な手段ではなかろう。

 スティナはもちろんそれと気付いていて、わかりやすいぐらいわかりやすく彼らを人気のない場所へと導く。

 そして、言った。


「で、なんのご用かしら?」


 後をつけていた者たち。その先頭にいるのはスティナがさんざ博打でいたぶったエルノである。

 その後ろには十人の、いずれも荒事慣れしたガラの悪い連中が続く。


「……支配人からな、一言預かってる。ウチで働く気があるんなら、お前のツレともども命だけは勘弁してやる、だそうだ」

「あら、ツレって?」

「あの小さい女と殿下とかいう男だ。はっ、完全に騙されたよ。ハナっからイカサマは二つ用意してやがったんだな」


 ふーん、と面白そうな顔でエルノを見るスティナの表情が先を促していたので、エルノは特に逆らわず続ける。


「あの小さい女がお前との通しに使ってた合図は、肩、だな。ウチの目敏いのが見つけたよ。真正面から見ていてもよほど注意深くなきゃ見抜けないような小さな動きだったらしい。そいつを聞いて、俺はぴんと来たね」


 行動の起こりを読もうと敵の身体の動きを注視する戦士ならば、そうした極めて小さな挙動にも敏感だろう。もちろん、優れた戦士ならば意図してそうした小さな動きをすることもできる。

 観客もディーラーたちも皆、イカサマを見張っていたせいで気付かなかったのだ。今回イカサマに加わった女二人は、どちらもイカサマ師ではなく、優れた武術を修めていたのだと。

 そんな人間が賭博に勝つにはどういう手を打つか。その大いなる武力にてディーラーを脅すのが一番手っ取り早いだろう。

 それが最初のイカサマで、次はまるっきり無関係を装ったあの少女を使ったイカサマだ。そうエルノが断言するとスティナは驚いた顔であった。


「んー、やっぱり専門家って凄いわねぇ。絶対バレない自信あったんだけど、まさか私の得意手まで見抜かれるとは思わなかったわ。でもあの場で裏を取ることもみんなに明らかにすることもしなかったのは、肩の動き、見抜けなかったんでしょ。肩が動いてると見える人間も、ほとんどいなかったんじゃないかしら?」

「俺が見てりゃ見抜いてたさ」

「かもね」

「さんざ手の込んだ真似してくれたがな、お前は最後のところで見誤った。お前、その余裕、その動き、俺より強いと思ってんだろ」


 無言のスティナに、エルノはそれまで隠していた一切隙の無い構えを見せてやる。


「あいにくだったな、お前の力は概ね見切っている。お前ら三人共大した戦士だがな、その動きを見りゃわかる。俺には及ばねえんだよ。それに、コイツら十人も大した腕なんだぜ、お前に逃げ道はねえ」


 これ以上の問答は無用と踏み込んでいくエルノは、牽制のために突き出した左拳の先にあった、スティナの姿を見失ったところで意識を失った。


「自分の実力を弱く見せる。貴方にできる程度のことが、私にできないわけないでしょうに」


 その信じられぬ動きの速さに、エルノは一つだけ腑に落ちなかった点に合点がいった。

 ディーラーがエルノの実力行使を必死になって止めていた理由、それこそ自分が損を被ってでもとそうしていた理由は、エルノでは女に絶対に勝てないと武に疎いディーラーにすらわかっていたからだと。

 脅しに屈してはいたものの、彼は彼で、エルノの命を心配してくれてはいたのだろうな、と。




 エルノが意識を取り戻したのは、揺れる馬車の上であった。

 意識を失う直前にあったことを思い出したエルノは、ここはどこだと焦り周囲を見渡す。

 幌のかかった馬車の中は薄暗いが、後尾の出入り口から入る光が今は昼間だと教えてくれる。

 そんなにも長い間意識を失っていたということに驚き、エルノは忌々し気に眼前に座る女、スティナ・アルムグレーンを睨む。


「……てめぇ」

「面倒なんで状況を先に説明するわね。貴方あの賭博場、クビになったわよ」

「あん?」

「もちろん貴方が抱えてた借金もこちらで返済したわ。良かったわね、資産マイナスの世界から抜け出せて」

「何、言ってんだてめぇは。大体俺は好きであそこで働いて……」

「知ってる。だから、向こうの支配人さんには言ってあるわ。貴方を雇い続けるのなら『殿下商会』が敵に回るけどどうするって。彼は快くこちらの申し出に応じてくれたし、今から戻っても貴方の居場所はあそこには無いわよ」


 エルノは舌打ちする。人に恨みを買うような真似をした覚えはある。そうした因果が巡り巡ってきたと言われれば、そうかと頷くしかできない身だ。


「……どこの誰に雇われたか知らねえが、随分と大がかりな真似してくれるじゃねえか。で、俺をどうしようってんだ?」

「あー、別に貴方をこれ以上いじめようだとか痛めつけようだとかって気、ないわよ。ただおばちゃんが貴方の帰り待ってたみたいだからお節介しただけだし」

「おばちゃん?」


 スティナが口にしたのは、殿下商会が世話になっている宿のおばちゃんの名で、それはエルノの実の母であった。


「はあ!? おふくろがなんだっていきなり出てくんだよ!」

「そりゃ親からすれば、一人息子が賭博場で用心棒やってます、なんて世間体悪くてやってらんないでしょうに。私たちもおばちゃんには世話になってるしね、貴方はそんな私たちの恩返しのために、おばちゃんに親孝行しなさい」

「ふっざけんな! おふくろが何言おうが俺には関係……」

「やれって言ってるのよ、私たちが。やらないんなら相応のものを覚悟してもらうわよ」


 上等だ、やれるもんならやってみやがれ、とのお言葉に、スティナはにこにこしながら馬車を止めさせる。

 面白そうだから私も混ざるー、と言って参加したレアと共に、スティナはもう徹底的にエルノをシゴいてやった。

 その過程でエルノは、この二人には絶対に勝てないと、今後数十年、数百年を修業に費やしても絶対に届かぬ頂の更に先を見せつけられ、十二分に心をへし折られたのだった。

 泣きながら地面に這いつくばるエルノを見つつイェルケルは、良い汗かいたと笑ってるスティナとレアに問うた。


「なあ、イカサマだとかなんだとかやんないで、最初からこうしておけばよかったんじゃないのか?」


 不思議そうな顔でスティナとレアは言った。


「だって」

「イカサマ、してみたかったし」


 二人は顔を見合わせ、ねー、と笑い合う。

 その後はもう、次やる時はどうやってイカサマしてやろう、といった聞くに堪えない話が延々と続いた。

 イェルケルに何も言わなかったのは、イェルケルは絶対に止めると思ったから、だそうだ。

 心の底からイェルケルは思った。やっぱり、連れてくるんじゃなかったと。


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