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短編置き場  作者: 細井雪
23/31

メガネの理由

10/1はメガネの日。

敬語男性課長と女性部下の現代ものです。




「課長、コンタクトにはしないんですか?」


 私は向かいに座っている課長に、気になっていたことを尋ねてみた。


「……なんですか、突然」


 誰に対しても敬語で話す課長は、不思議そうにそう返してきた。


「いえ、ラーメン食べるときとか不便ではないですか? メガネ曇っていますよ」

「……」


 真っ白になっているレンズを見ながら伝えると、課長はかけていた銀縁のメガネを外し、いつも鞄に入れているメガネ拭きを取り出して、ラーメンの湯気で曇ったレンズを拭いた。

 けれどまたメガネをかけてラーメンを食べるものだから、そのたびにレンズが再び曇り、几帳面な課長は何度も丁寧に拭き直していた。


「コンタクトだと楽じゃないですか?」


 私は視力が良いので、メガネの苦労もコンタクトのことも詳しくはないけれど。

 でもコンタクトだとレンズが曇るという不便さからは解消されるのではと思っていると、課長が小さな声で答えた。


「……コンタクトを外すときが怖いので」


 なにその理由、ちょっと可愛い。

 私より年上で上司だけど、コンタクトを外すのが怖いんだ。

 でも私もコンタクトをつけたことも外したこともないから、怖い気もする。

 あれどうやって外すんだろう。

 引っ張る?

 怖い。

 そんなことを考えながら、熱々のラーメンを完食した。


「あー、外の風が気持ちいいー」


 店の外に出ると、秋の夜風がラーメンで温まった体に心地よかった。

 ラーメンを食べるときに邪魔にならないよう結んでいた髪を解きながら風を堪能する。

 思わず両手を伸ばして全身で浴びたいくらい。

 平日ということでそこまで人は多くないとはいえ、帰宅する人が行き交う歩道のど真ん中でそんなことをやったら邪魔になるから実際はやらないけれど。


「課長。アイス食べて帰りませんか?」


 私はラーメンを食べたあとは、いつも冷たく甘いアイスが食べたくなる。

 風が冷たくなってきた季節だけど、そんなことは関係ない。

 今日は何のアイスを食べようかと考えながら歩き出そうとしたとき、すぐ後ろから声をかけられた。


「……さっきの話ですが」


 何の話だろう。

 振り返ると、思いのほかすぐ真後ろに課長が立っていてちょっと驚いた。


「コンタクトにすると、君が好きだと言ったメガネ姿ではなくなりますが、良いんですか?」


 顔を覗き込まれて、銀縁メガネの奥の瞳に私が映った。

 銀縁スクエア型のメガネ。

 真面目な印象の、メガネらしいメガネ。

 かけている本人も、真面目で少しお堅い性格だけど、仕事で悩んでいるときは気にかけてくれて、成果を出したときにはめったに見ることのできない笑顔で褒めてくれて、毎回メガネが曇るというのにラーメンを食べに行くのに付き合ってくれる気さくさも持ち合わせている。

 あと、メガネがすごく似合っている。

 私はいつからか、この銀縁メガネを通して自分だけを見て欲しいと思うようになった。


「……伊織(いおり)さんはメガネが似合うと思います」


 二人きりのときしか呼ばない名前を口にしながら伝えると、めったに見ることのできない、目を細めてくしゃっと笑う表情を向けられた。


「アイスを食べに行きましょうか、里香(さとか)さん」


 会社では聞くことのできない甘い声で名前を呼ばれて、耳が熱くなる。


「でも、メガネだけが好きなわけじゃないですよ? 伊織さん自身が好きですからね?」

「分かっていますよ」


 先に歩き始めた伊織さんの背を追いながら言うと、ちょっとご機嫌な声が返ってきた。

 少し前に、残業を終えた帰り道で告白したときは、銀縁メガネの奥の目を丸くして驚いていたのに。

 その後しつこいくらいに押して押して押しまくって、上司と部下以上の関係になれた。

 それでもしばらくは部下に対する態度とあまり変わらなかったのに、最近は不意打ちで笑顔を見せてくれたり甘い声で囁いたりするもんだから、こちらがドキドキすることが多くなって、正直困るのか嬉しいのか自分でもよく分からない。

 とりあえずは、あとで人通りが少なくなったら手を繋いで驚かせてやると心に決めながら、隣に追いついてメガネの横顔を見上げた。




メガネが似合う大人の男性良いですね。というメガネの話でした。

読んで頂きありがとうございました!

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