鬼の花
何度でも書きたい長命種族との年の差。やっぱり片方が高齢です。
現代×ファンタジー。
「やる」
差し出されたのは、可愛らしい籠に飾られた青いリンドウの花。
どこかに出かけてやっと帰ってきたと思えば、いきなり渡されてもこちらも困るものだというのに、いつまでたっても分かってくれない。
「どうしたのですか、急に花なんて」
「……寝込んでいたから。見舞いには花と言ってたのは、おまえだろう」
そっぽを向きながら言う声は、普段は自分本位な彼の少しだけ落ち込んだ時の声音。
昨夜、私が疲れて早めに眠ったから心配させてしまったらしい。
寝込むというほどではなかったけれど、最近は疲れやすさが増してきたから、そんな変化を彼なりに感じ取っているのかもしれない。
以前に近所の人へのお見舞いにお花を買った私を真似てくれた優しさを感じながら、花籠を受け取る。
「心配をかけてすみません。お花、ありがとうございます」
「花を買ったら、妙な紙切れも渡されたぞ」
「紙? あら、メッセージカードじゃないですか。あぁ、今日は敬老の日ですものね」
「けいろうのひ? 何だ、それ」
「おじいさんやおばあさんに感謝する日ですよ」
そう伝えると、彼は目をまん丸くして、それから表情を歪めた。
「おまえは俺のばあさんじゃないだろう! 俺の嫁だ!」
そう大きな声で言うけれど、誰が見てもきっとそんな風には思わないはず。
怒った様子で帽子を取って露になった額には、尖った二本の角が伸びる。
彼は、長い長い時を生きる鬼。
そして私は、ただの人間で、八十歳という年齢通りの見た目をしている。
髪はとっくに真っ白で、顔も手も皺が多くなってしまった。
誰が見ても、若い彼の嫁なんて思わないはず。
鬼の彼は、人間の見た目で言えば十代後半くらいにしか見えない。
真っ赤な髪色をしているから、街を歩けば不良高校生と思われているかもしれない。
「人間の成長が早すぎるからいけないんだぞ!」
「そんなことを言ったって……。鬼のあなたは、いつまでも若いですね」
「当たり前だ。俺はまだ四百歳くらいだからな」
胸を張ってそんなことを言われる。
鬼の世界では、四百歳くらいは青年期らしい。
私からしたら、ちょっと反抗期な少年にも見えるけれど。
山の中で暮らしてきた鬼の彼は、出会ったときから自分本位で、それでいて優しい鬼だった。
鬼の彼との出会いは、私が十五歳のころだから、もう六十五年も前になる。
私の生まれた故郷は深い山に囲まれ、世間から置き去りにされたようにいつまでたっても寂れた村だった。
そんな村で不作が続き、村は鬼が住むと言われている山に生贄を捧げることにした。
それが十五歳の私だった。
獣の鳴き声が響く山の中で鬼に食われるときを覚悟していると、現れたのは同じ年ごろの外見をした、額の両端に尖った角が一本ずつ伸びた鬼だった。
真っ赤な髪はまるで血のようで、恐怖で震え上がった私に向かってその鬼が口を開いた。
『なんだ、チビだな。まあいいや、遊ぼうぜ!』
生贄として食われることを覚悟していた私に、あっけらかんとした表情でそんなことを言った鬼。
唖然とする私の手を引っ張り、山の中を連れ回した。
木に上り崖を滑らされ、鬼の遊びは命がけだった。
不作でろくに食べることもできていなかった私は早々に目を回して倒れ、どれくらい時間が過ぎたのかは分からないけれど目を覚ました時には、鬼の住処と思われる洞窟の中にいた。
側には真っ赤な髪の鬼が顔を真っ青にして、捕ってきた魚やら果実やらを食べろと押し付けてきた。
その食料のおかげで私は生き延びた。
『食ったらまた遊ぶぞ!』
鬼は私を食べなかった。
一人で山の中に住んでいたらしく、暇を持て余していたのか、私のことを遊び相手にした。
『おまえ、特別に俺の嫁にしてやる!』
どこで覚えてきたのかそんなことを宣言して、私は生贄から遊び相手、そして鬼の嫁となった。
けれども、初めて出会ったときには同じ年ごろだった見た目は、一年、二年と私は成長しても、鬼の彼はほとんど変わらず、すぐに私の外見の方が年上となってしまった。
それでも彼の態度は相変わらずで、山で一番美味しい木の実が熟れ始めたときには、必ず先に私にくれた。
ときが過ぎて、私の体が少しずつ衰え始めると、彼は急に人間の町に移り住もうと言い出した。
私の生まれ故郷の村は、とっくの昔に開発とやらで村人は他の場所に移され、廃村となっていた。
鬼の彼は、数百年前から捧げられてきた貢物を換金して、山から近い町に家を用意し、そこに二人で暮らすこととなった。
彼は鬼の角を帽子で隠して、体が衰え始めた私を病院へ連れて行ってくれたり、人の営むお店で買い物をしたりと、私のことを気遣ってくれていることが分かった。
本当は、今でも山の中を駆け回りたい自由な性格なはずなのに。
腰が痛いときなどには「おぶろうか」と言って子どものような笑顔で見つめてくる彼は、生贄だった私を背負って山の中を連れ回したときと変わらない。
私だけおばあちゃんになっても、彼が私を見つめる瞳は出会ったときから変わらずにまっすぐで、それが嬉しかった。
「リンドウのお花を頂いたから、長生きできそうです」
「なんだ、その花は不老不死の効果でもあるのか?」
「それは……どうでしょうかね」
鬼の彼と同じほど長生きはできなくても、まだまだ一緒にいるために頑張らなければ。
「末永くよろしくお願いしますね」
「ん? おう」
よく分かっていない様子ながらも、あの日と同じように少年のような笑顔を浮かべる鬼の彼と、美しいリンドウの花を見つめて、微笑みが零れた。
保険証とか住民票とかは、鬼の不思議な力で解決。
けど花屋さんでどれが良いか迷って、店員さんに八十歳女性へ贈る花とか言った鬼です。
読んで頂きありがとうございました!




