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短編置き場  作者: 細井雪
18/31

千年の桜【竜の五十年 番外編】

この続きのような思い出話のような短い番外編です。https://book1.adouzi.eu.org/n0967hn/15/

桜の季節に。




「――桜を植えましょう」


 夫婦となってすぐ、彼女がそう言い出した。


「なぜだ?」


 そんな疑問が口を出た。

 桜ならば植えずとも見に行けばいいのであり、わざわざ植えるなど、そんな手間をかける必要が理解できなかった。


「桜を見たいのなら、北の山の頂に古いが荘厳な桜の木があるから、連れて行ってやる。いや、西の湖の側にある桜も美麗であったな」


 以前、暇つぶしで飛び回っていた頃に見た、国中の桜を思い出しながら、どこが良いかと選ぼうとしたとき、彼女が首を横に振った。


「違いますよ。この庭に植えたら、毎年ここでお花見をできるじゃないですか」


 彼女の手の中にある種を示され、正気かと疑った。

 桜を植える竜など聞いたことがない。

 天界の同胞たちに、向こう百年は酒の肴にされかねない。


「いや……」

「夫婦になった記念ですよ」


 しかしそう言われてしまえば反対はできなかった。


 まさか、花が咲くまでに十年以上もかかるとは思わなかった。




***




 今なら、彼女が桜を植えた理由が分かる。


「今年もそんな季節か……」


 羽を広げた霊鳥のように伸びた枝先に、薄紅色の花が少しずつ咲き始めている様子を見上げながら、遠い昔に思いを馳せる。

 あの日、彼女と種から植え始めた桜は、長い時を経て大木にまで成長し、今も変わらず花を咲かせている。

 彼女が桜を植えようと言った理由。

 きっと、私を一人にしないためだったのだろう。

 竜とヒト、その寿命はあまりにも異なる。

 夫婦となり、竜の生きる時間の中では瞬きほどで、ヒトである彼女は寿命を終えた。

 腕の中から温もりが消えて、空虚をどう埋めればいいかも分からずにいたおり、彼女のいない初めての春にも変わらず桜が咲いた。

 暖かい風に導かれて見上げた先に、変わらない薄紅色の花弁を見つけて、まるで彼女に呼ばれたように感じたあの頃を懐かしく思い返す。


「私でもきちんと世話をできたぞ」


 誰も聞いていないと分かりながらも呟く。

 彼女のいない初めての春に桜が咲いたあと、彼女が植えようと言った桜の木を枯らすわけにはいかず、水をやり、虫を追い払い、ときには教えを請いながら他者の手も借りて必死に世話をした。

 次の年も変わらず花を咲かせたのを見て、心の底から安堵した。

 天界で酒の肴にされても、もう構わなかった。

 同胞たちにヒトと同じだなと言われたとき、むしろ嬉しく思えた。


 下界に降りる前は、花を見に行くときは決まって、満開を迎えた盛りのころだった。

 一番美しいときに愛でることが、花への賛美だと思っていた。

 けれど、まだ蕾もつけない細枝のときから育て、長い時間を経てようやく小さな花をたったの数輪咲かせたのを見たとき、二人で顔を見合わせて喜んだ。

 春になれば咲くと思っていた花を、指折り数えて待ち望む日々。

 まだ咲かないと落胆しながらも明日に期待し微笑む顔を、今でも鮮やかに思い出せる。

 待ち望む喜びを教えてくれたのは彼女だった。

 花が咲くのを待ちわび、満開になるとはしゃいで花見をしようと言い、散るときまで愛おし気に眺める季節。


 桜を植えたあの日から時代は移り、時の権力者も変わり、見渡す景色も変化していったが、桜の木は変わらず側にあった。

 彼女が残してくれた桜だけは、今も変わらずあの日々と同じように花を咲かせている。


「……さて、花見の準備をしなければならぬな。君に似て、みな花見が好きだからな」


 数えきれないほどの寿命を看取りながら、数えきれないほどの誕生にも出会えた。

 別れの悲しみもあれど、繋いでくれた今がある。

 彼女が残した桜を楽しみにしているのは私だけではなく、彼女によく似た笑い声に囲まれて賑やかに花見をすることも変わらない。

 今年も、桜の季節が巡ってきた。




挿し木ではなく種から育てたので、さらに時間がかかったと思います。

読んでいただきありがとうございました。

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