最終話
木村さんが入院して一ヶ月が過ぎた頃、リハビリを頑張っていた成果が出ていた。介護用歩行器を使って理学療法士の西山さんと病棟内を歩いて散歩ができるようになっていた。
「八重子さん、今日はお天気も良いし気温も良さそうなので中庭に出てみましょうか」
「久しぶりの外で嬉しいです」
「さぁ、今日は歩行器ではなく杖で散歩してみましょうね。退院に向けての準備の第一歩ですね」
「はい。頑張ります」
ナースステーションで看護記録の整理をしていると、理学療法士の西山さんと杖をついて歩いている木村さんが目の前をゆっくりだけどしっかりした足取りで歩いている姿が見えた。
「木村さん、お散歩ですか? いってらっしゃい」
「今日は中庭まで行くんですって」
「あら、良いですねぇ。久しぶりのお外を楽しんできてくださいね」
「はい。それでは、いってきます」
理学療法士に付き添われ、病院内を歩いて中庭で休憩なのかも知れないと思った。
「戻りました」
理学療法士の西山さんの声がして視線を上げると、西山さんと笑顔で話す木村さんの姿があった。
「頑張りましたね」
「中庭の噴水が綺麗でした」
「明日のリハビリにも取り入れましょうか」
「頑張らなくちゃいけませんね」
「無理はいけませんよ」
「はい。気をつけます」
楽しそうな会話に、そろそろ退院の日も近いなぁとぼんやり感じていた。
「中野さん、ちょっといいかしら」
和多部師長に声をかけられた。
「はい。大丈夫です」
和多部師長の元へ行く。
「木村さんリハビリも進んで日常の生活も支援があれば問題なさそうなレベルまできてるから、そろそろ退院を視野に入れてもいいんじゃないかと主治医のドクターと話していたの。ソーシャルワーカーの白瀬さんへ引き継ごうと思ってるんだけど、日頃担当していてどう思うか、聞こうと思って」
「理学療法士の西村さんと病院内を歩いてそして中庭まで行けるようになっていると聞いて、そろそろ退院が近いなと思っていました」
「そう。それなら白瀬さんへ声かけしておくわ。来週辺りの退院予定で日程などは白瀬さんに任せようと思います」
「お家の改修や準備などもあるでしょうからね」
「それじゃあ、そう言う感じでいきましょう」
「わかりました」
木村さんの退院が視野に入っていたのが、現実になりそうで良かったなぁと思う。看護記録にその旨を記入しておく。
白瀬さんが娘さんと連絡を取り、娘さんに来院してもらい相談をすると連絡が入る。看護師の同席は不要とのことなのでお任せする。
木村八重子さんの退院が来週の土曜日に決まったと連絡をもらった。介護認定を受けている木村さんの自宅での生活の支援としてケアマネージャーの赤坂めぐみさんが着くことになったそうだ。
八重子さんの退院後の生活の不安もなく過ごせることができそうでホッとする。寝たきりになる人が多い中、木村さんはリハビリを頑張り元の生活に近い状態に戻れる事が嬉しく思う。
退院が決まった後も、理学療法士の西村さんとリハビリを頑張っている姿を見かける。
ウチの病院の退院時間は午前10時となっている。退院手続きや次回の外来受診の説明、退院後の注意、入院費の支払いなどがあるため午前9時半に来院してもらう事になっている。
木村八重子さんの退院当日、最後の看護をする。
「八重子さん。やっとお家に帰れますね」
「ありがとうございました」
「一ヶ月半頑張りましたね。お家に帰って無理のないように生活してくださいね」
「はい。そうします。転ばないように気をつけます」
「退院外来の受診忘れないでくださいね」
「はい。ありがとうございます」
木村さんが病衣から私服に着替えて退院の準備を進める。ナースステーションに戻り業務に戻る。しばらくして娘さんがナースステーションに声をかけて下さった。
「木村八重子の娘です。母がお世話になりました」
整形外科病棟事務の奈良橋さんが伝えに来てくれた。
「中野さん、八重子さんの娘さんが来院されました」
「ありがとうございます。今行きます」
ナースステーションへ戻り、木村さんへ渡すものを全て持ち、ナースステーション前の一角に椅子とテーブルが置いてある場所で、2週間分の処方されていた薬を渡す。退院後の注意事項を説明する。そして請求書を手渡して、全てのことが終了する。
「八重子さんを呼んできますね」
「お願いします」
病室に入り八重子さんに声をかけた。
「娘さんが迎えにきてくださいましたよ。お家に帰りましょうね」
「ありがとうございました」
介護用歩行器を使い、ホールで待っている娘さんのところに向かう。途中で
「トイレに行っておきます」
「わかりました。トイレ終わったらナースステーション前のホールに来てくださいね」
「わかりました」
八重子さんをトイレに行くのを見守り、ホールに先に戻る。
「お母さんトイレに寄って来るそうですから少しお待ちくださいね」
「大丈夫です」
娘さんとしばらく雑談などしていると、八重子さんがホールに来られた。
「八重子さん、歩行器で下に降りられますか? ご自身の杖で降りられますか?」
悩んでおられるよう様だったので、
「それじゃあ、このまま歩行器で降りられて、総合案内所の横に病院ボランティアの係の人がいるので、歩行器を八階整形外科迄戻してもらう様に声かけしてくだされば良いですから安全のためにこのまま歩行器で下に降りて大丈夫ですよ」
そう声をかけた。
「そうしますね」
八重子さんが笑顔で答えてくれた。退院を見送れるのは本当に嬉しく思う。
「本当にありがとうございました」
娘さんも私達にお礼の言葉を下さった。
「お大事にしてください」
私もそう笑顔で見送った。初めて一人で受け持った患者さんを退院という嬉しい日に立ち会うことができてこれからも頑張ろうという力をもらった。




