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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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わたしの決定は絶対なのです

作者: 毒の花

3年くらい前にリハビリがてらに書いてみたけど、続けられなかったので供養として投稿します。

ガヤガヤと賑やかな街道を1台の馬車が進んでいく。家紋が描かれていることにより、貴族が使用している馬車であることがわかるが、特別豪華というわけではない。

そんな馬車が、とある街に到着した。通行の邪魔にならないように道のわきに止まると、御者が降りて馬車の扉を開ける。


「到着いたしました」


「ありがとうございます」


鈴を転がしたような声とともに馬車から降りてきたのは1人の子供だ。

愛くるしい顔立ちをして、長い金髪を肩口で2つに分けて結んでいる華奢な子供だ。珍しい金色の瞳も相まって、非常に庇護欲をそそられるような見た目だ。服装はシンプルであるが、そのたたずまいから高貴な雰囲気を醸し出している。


「……アイン様、本当によろしいのですか?」


「はい。わたしが決めたことですから」


感情が全くこもっていないような声音で、アインと呼ばれた子供が返事をする。マントを羽織り、馬車から荷物を下ろしていく。といっても、降ろすのは先端に宝石のついた木製の杖と、家族から選別に貰った鞄だけなのですぐに終わる。


「お気持ちは変わりませんか……」


「何度も話したことです。今更でしょう」


「そうですね」


ようやく御者は説得を諦める。もっとも、家族も使用人たちも、アインが何かを決めたら曲げないことはわかっているので、説得できるはずがないと思ってはいた。


「約束通り、定期的に手紙を出すと伝えておいてください」


「かしこまりました」


「ここまで世話になりました。ありがとうございます」


「そんな、滅相もありません。……それでは、失礼します」


御者は名残惜しそうにしながらも馬車を走らせる。アインはそれが見えなくなるまで見送っていた。


「……では、行きましょうか」


馬車を見送ったアインは目的地に向けて歩き出す。初めて来る街であるが、迷いなく進んでいく。しばらくすると、目的地に到着した。


「ここが―――」


「ここが冒険者ギルドね!!」


アインの言葉に被せるようにして隣から少女の声が響く。視線を隣に向けると、その少女と目が合う。


少々―――いや、かなり見窄らしい少女だが、顔立ちはそれなりに整っている。今はボサボサで少々汚れた鈍色の髪も、きちんと手入れをすれば綺麗な銀髪になるかもしれない。だが特徴的なのはそれよりも上―――


「……獣人族」


少女の頭には獣耳が生えている。見た目からして猫の獣人族なのだろう。


「なになに? 私みたいなのは初めて見たの?」


「いえ、見かけたことはあります」


多種多様な種族が暮らしているこの世界において、他の種族を見かけることは珍しくはない。とはいえ、普段は種族ごとに固まって国家を形成しているので、そう頻繁に見かけることはない。


「この街は国境近くにありますし、冒険者を目指すのならここに来てもおかしくありません」


「そうなの? まぁ、私も近くの村から来たんだー」


「そうですか。では、失礼します」


「ちょちょちょ、ちょっと待って!!」


冒険者ギルドの建物に入っていこうとするアインを少女は慌てて引き止める。


「なんでしょう?」


「えーっとね、私、ラヴィって言うんだ」


「そうですか。わたしはアインセ―――いえ、今はただのアインです」


「へー、そうなんだ。よろしくね!!」


「よろしくお願いします。では」


「いやだから待って!!」


「なんでしょう?」


行動を邪魔されても、特に不機嫌な表情もなく淡々と返すアイン。まるで感情が無いかのような様子だが、ラヴィは特に気にした様子はない。


「アインはさ、今日冒険者になるんだよね?」


「はい。ギルド規定により、12歳にならなければ登録ができませんから」


「私も今日冒険者になりに来たんだー」


「そのようですね」


「だからさ、せっかくだから一緒に行こうよ。これも何かの縁だって」


「そうですか」


「えーっと、ダメ……?」


「特に不利益があるわけではないので、構いません」


「じゃあ決まりね!! 行こう!!」


ラヴィは勢いよく扉を開けて建物に入っていく。それに続くようにアインも静かに入っていく。

身なりの良い人族と見窄らしい獣人族という、ある意味正反対の2人が入ってきたことにより、一瞬視線が集まるがすぐに散っていく。


「おぉ、ここが冒険者ギルド……」


「まずは受付に行きますよ」


キョロキョロして落ち着きのないラヴィの手を引っ張って受付へと進む。ちょうど人がいないので、すぐに対応してもらえた。


「冒険者ギルドへようこそ。依頼ですか?」


「いえ、登録をお願いします」


「私も!!」


「かしこまりました。必要な情報を書類に書いてもらいます。代筆のサービスもしていますよ」


「じゃあ代わりに書いてください!!」


「わたしは自分で書けるのでけっこうです」


アインは書類を受け取ると子供にしては達筆な字でサラサラと書いていく。


「わーすごい。アインは読み書き出来るんだね」


「はい。勉強しました」


「うちの村で出来るのは村長一家くらいだったよ」


この世界において、識字率というものはあまり高くない。貴族などの上流階級や識者、裕福な者に限られる。農民などは読み書きが出来ないまま一生を終えることが多い。


「私も出来るようになった方がいいかな?」


「出来ないよりは良いでしょう」


「ギルドでは読み書きの講習会を行なっています。もちろん有料ですが」


「えーっ、お金かかるの? だったらいいや」


「読み書きが出来るということは、とても価値のあることです。講習会は受けるべきですよ」


「めんどくさーい」


そんなことを話しつつ、登録が終わる。これで晴れて2人は冒険者だ。


「おふたりは一番下のFランクから始まります。詳しい説明をしますね」


冒険者のランクとは、その冒険者がどれだけ有能かを表すものである。ギルドへの貢献度や依頼達成度によって上下する。ランクを表すものは首から下げるドッグタグであり、2人はFランクを表す木製だ。


「ふーん」


「今の説明、わかりましたか?」


「とにかく依頼をこなせばいいってことでしょ? かんたんかんたん」


「まぁ、今はその認識でいいと思います」


「じゃ、さっそく受けに行こう!!」


依頼の貼ってある掲示板へ移動する。依頼にもランクがあり、自分のランクと同じか1つ上か下の依頼を受けることができる。2人はEかFランクの依頼を受けることができるというわけだ。

ちなみに、冒険者も識字率が低い為、依頼書は絵で内容がわかるようになっている。詳しい内容は受付で聞くことになっている。


「うーん、いいのないなぁ」


「どんな依頼を探しているのですか?」


「強い魔物と戦ってバンバンお金が稼げるやつ!!」


「Fランクの依頼にあるわけないでしょう」


初心者であるFランクの依頼は清掃作業や薬草採取などの雑務が主だ。ラヴィが思い描くような華々しいデビューというものは無理があるだろう。


「これにしましょう。わたしたちにちょうどいいはずです」


「えー、地味~~~」


「いいから行きますよ。これに決定です」


アインは依頼書を剥がすと受諾の為に受付へ向かう。ラヴィはその後ろを慌てて追いかけるのであった。


- ☆ - ☆ - ☆ -


「で、最初は薬草集めかぁ」


「何事も基礎は大切です」


2人は街の近くの森へ来ていた。ここにはポーション用の薬草が生えているので、初心者向けの依頼として薬草採取があるのだ。


「薬草はどの辺にあるの?」


「森ならどこにでも生えているという話ですが……ありませんね。入り口付近のものは採りつくされたと考えていいでしょう」


「じゃあ奥まで行かなきゃいけないかー、んー……」


「わかりますか?」


「いやー、いくら獣人だからってわからないものはわからないよ」


「そうですか。では、あちらに進みましょうか」


アインはすっと指を差す。その動きに一変の迷いもない。


「なんであっち?」


「勘です」


「えぇ~、アインって、賢そうに見えるけど、実は何も考えてないの?」


「失礼ですね。昔から勘が良かっただけです。ですが、気になるというのであれば確認してみましょう」


キラリとアインの金色の瞳が一瞬輝く。


「あちらには湖がありますね。その周りに群生しているようです」


「だからなんでわか―――て、今目が光った? もしかして魔眼?」


「はい」


特殊な力の宿った眼は魔眼と呼ばれる。魔眼は非常に珍しく、待っている者は滅多にいない。それをなんでもないようにアインは返す。


「うわー、初めて見た。何の魔眼なの?」


「わたしのは『遠見の魔眼』です。ただ遠くを見ることができるだけですよ。他のものに比べて、あまり価値があるとは言えません」


「いや、それでも十分すごいような」


「そんなことありませんよ。とにかく、向かいましょうか」


アインに促され、2人は歩き出す。特に何かが起こるというわけでもなく、あっさりと湖に着いた。


「お、けっこう大きな湖だね」


「そうですね」


アインはしゃがむと、草を1本摘み取る。


「これが薬草です。同じものを探してください」


「りょーかい。あ、あった」


「違います」


いきなり出鼻を挫かれるラヴィ。


「よく見てください。葉の裏の色が違います。薬草はもっと白っぽいものです」


「むー……」


「採っているうちに慣れますよ」


しばらく2人で薬草を摘んでいく。何度か指摘されることもあるが、ラヴィもコツを掴んできたのかたくさん集めることができた。


「いやー、たくさんあったね。なんでここはあまり採られてないんだろ?」


「いくつか理由は考えられます。まず、ここが森の奥に進んだところにあることと―――」


アインが話している最中に、草むらがガサガサと揺れる。ラヴィはなんとなく気になり、視線を向ける。すると、そこからウサギが出てきた。愛らしいと言えるだろう。ただし―――頭から角が生えていなくて、大きさも大型犬以下であれば、だが。


「―――この湖が魔物の水場になっているからでしょう。誰でも余計な戦闘は避けたいですから」


「落ち着いて言ってる場合じゃないよ!! なんか出たよ!!」


「角ウサギですね。けっこうどこにでもいる魔物です。突進による攻撃には注意してください。人間が貫かれることもありますから」


「なんか怒ってるんだけど!!」


「餌場を荒らされたと思っているのでしょうね」


アインが言うやいなや、角ウサギが突撃してくる。直線上にはアインがいたので、ラヴィはとっさに突き飛ばす。


―――唐突だが、獣人族の特性として高い膂力が挙げられる。幼い子供であろうとも、人間の大人顔負けの力を発揮できる。そんな力で押されたらどうなるか?


「あ」


アインはロクな抵抗もせずにそのまま吹き飛ばされる。そのままボチャンと湖に落ちてしまう。だが、そのおかげで角ウサギの突進は避けることができた。


「おりゃあ!!」


そしてラヴィも攻撃をスカした隙を見逃さない。冒険者ギルドで貰った木剣を振り下ろす。


「ピギィッ」


木剣は角ウサギの首元に当たった。獣人の膂力で振り下ろされた木剣はメキメキと骨を粉砕していく。木剣も衝撃で折れてしまったが、角ウサギを絶命させることはできた。


「はぁ……はぁ……なんとかなったー」


「当然ですね」


「うわぁっ!?」


ラヴィが驚いたのはいきなり話しかけられたからではない。もちろんそれも少しあるが―――大きな理由はアインがふわふわと浮いていたからだ。


「獣人族の膂力であれば、この辺りの魔物ならなんとかなると思っていました」


「い、いや、それよりも、なんで浮いてるの!?」


アインはすたっと地面に降りる。アインのいたところには杖のみが浮かんでいた。先程はアインが浮いていたのではなく、浮いていた杖に乗っていたようだ。


「この杖は、ある程度ならわたしの意思で動かせるのです。乗れば少しだけ飛ぶこともできるので、湖から出るときに使いました」


湖から出たと言う通り、アインはずぶ濡れの状態だ。


「あーっと、突き飛ばしちゃってゴメン。おまけに湖に落としちゃって……」


「構いません。あの時はアレが最適解でしょう。わたしでは避けられたか怪しいものでした」


「なら良かったけど……服を乾かそっか。風邪ひいちゃうよ」


「わたしは生まれてこの方風邪など引いたことはありませんが、確かにそうですね。火を起こすので薪を拾ってきてもらえますか?」


「りょーかい」


ラヴィは薪を求めて歩きだす。周囲は森なのですぐに見つかるだろう。その間にアインは服を脱ぎだす。一切の躊躇もなく、あっさりと全裸になる。


「……こんなものですかね」


浮かべている杖を物干し竿代わりにしてかけていく。今日は天気が良いので、すぐに乾くだろう。


「持ってきたよー、これくらいでいいー?」


ラヴィが戻ってきたのでアインは振り返る。薪の量は十分なようだ。


「ありがとうございます。さっそく火をつけましょう」


「うん。でもどうやってええええぇぇぇぇ!?」


ラヴィの絶叫が森に響き渡る。アインは意に返さずに魔法で薪に火をつける。乾いていなくとも、これくらいは魔法で余裕だ。


「魔法で種火を作ること程度なら出来ますので、すぐにつきますよ」


「そ、そそそそ、そんなことより!!」


「なにをそんなに動揺しているのです」


「そりゃ動揺もするよ!! だって―――アインが()()()だったんだから!!」


ラヴィはアインの姿を上から順に見ていく。可愛らしい顔立ち、長い金髪、白い肌に華奢な肩幅、ほっそりとくびれた腰つき―――そして股間のモノ。


「わたしが女性だと言った覚えはありませんが」


「そうだけどさ、どう見ても女の子じゃん!! というかいい加減隠しなよ!!」


「別に見られて困るところなどありませんが」


「恥ずかしくないの!?」


「いえ別に。減るものでもありませんし」


どこまでも平坦なアインにラヴィも落ち着いていく。むしろ、自分の方が間違っているのではないかという考えまで出てきてしまった。


「いやいや、私の方が正しいから!! アインの方が変だよ!!」


「そうですか? しかし、わたしが男だとしても何か支障があるわけではないでしょう」


「えっ、いやさ、ほら、男女が一緒だと間違いが起こったりとかするじゃん」


「間違い……? それはいったい?」


「うぐっ」


純粋な視線にラヴィはたじろいでしまう。さすがに男女の営みについて説明する気にはなれない。


「アインにはまだ早いんだよ!!」


結局、ラヴィには誤魔化すことしか出来なかった。


- ☆ - ☆ - ☆ -


「かんぱーい!!」


「乾杯です」


カチャンとグラスをぶつける。初のクエスト達成ということで、2人で食事に来たのだ。グラスに入っているものは2人とも果実ジュースである。


「いやー、なんやかんやあったけど、無事に終わってよかったねー」


「そうですね」


結構な量の薬草や角ウサギの肉などにより懐が温かくなった。ただし、初心者にしてはというくらいなので、あまり贅沢もできないが。


「ね、アインってなんで冒険者になったの?」


料理に舌鼓を打っていると、不意にラヴィが尋ねた。


「アインは良いとこの出なんでしょ? わざわざ危険な目にあう必要なくない?」


ラヴィがガチャガチャと音を立てながら食べているのに対して、アインはナイフとフォークを使って音も立てずに食べている。いたるところに美しい所作というものが現れているのだ。それだけで高い教育を受けていたことがわかる。


「とある目的の為です」


「目的?」


「はい。そのために世界を見て回る必要があるので、比較的自由な冒険者になることが望ましいと思ったのです」


もちろん、高貴な身分というものも便利なことは多いのだが、融通が利かないこともあるので冒険者になったのだ。無論、家族からは盛大に反対されたが。


「そう言う貴女はどうなのですか?」


「私? んーっと……」


「言いたくないのであれば、無理に言う必要はありませんが」


「いやなんか重い訳があるってことじゃなくて……ねぇ、アインは勇者って知ってる?」


「勇者……ですか? もちろん知っていますが」


―――かつて、世界の危機というものがあった。堕ちた神である邪神が世界を手中に収めようと侵攻を開始した。苛烈な侵攻はいくつもの国を滅ぼし、世界は荒れた。そんな中、神に選ばれた勇者が現れ、激闘の末、邪神を封印することができた。そんな話が現在まで伝わっている。


「お伽話や吟遊詩人の詩、劇団の演目などでよく聞きますね」


「私も勇者の話が好きなんだ。で、今も勇者っているんだよね?」


「はい。と言っても、神に選ばれたわけではありませんが」


初代勇者の死後、平和の象徴として勇者が選ばれるようになった。神ではなく、各国の王が協議して決めるようになったのだ。その為、プロパガンダとしての意味合いが強い人選になっている。ちなみに、初代勇者が使っていた聖剣は初代勇者が興した国に国宝として引き継がれている。勇者に貸与という形で渡しているのだ。


「まぁ細かいことはわからないけど、とにかく私は勇者に憧れているんだ。強くて、優しい勇者に」


「そうですか。それで、そのことと貴女が冒険者になったこととの関係性はなんでしょう?」


「いや、だから、勇者に憧れてるの」


「はい」


「…………」


「…………」


「……勇者になりたくて、村を出たの」


ラヴィは恥ずかしくなったのか、うつむきながら言う。今までこのことを話したとき、なれるわけがないと笑われることが多かったからだ。


「そうなのですか。立派な目標を持っていらっしゃるのですね」


「え……笑わないの?」


おずおずとラヴィは尋ねる。アインは今までとなんら変わらない。嗤うこともなく、淡々と受け止めている。


「この話をすると皆言うんだ。なれるわけがないって。だって―――」


「人間以外が勇者に選ばれたことがないからですか?」


「……うん」


勇者に相応しい者を選ぶと国の共同声明で発表されているが、今まで人間以外が勇者に選ばれた記録はない。初代勇者が人間であったので、それに倣った結果だ。


「それでも、私は諦めきれないんだ」


「そうですか。……ひとつ、聞かせてください。貴女はなぜ勇者の称号が欲しいのですか?」


「なぜって……だから憧れで」


「―――質問を変えましょう。勇者に選ばれた後はどうするのですか?」


「後?」


「はい。勇者となれば莫大な富や名声が手に入るでしょう。その後はどうするつもりですか?」


「え、うーん……」


今までは漠然とした考えだったのか、言葉に詰まるラヴィ。しばらく間が空き、考えを話し始める。


「えっと、そういうのが欲しいってことじゃないと思う。もちろん、お金は欲しいけど、それは助けたお礼とか、依頼の報酬とかで勇者だから貰うとかじゃないと思うんだ。有名になるのも、なんか違うというか……よくわからないや」


「今はまだ答えが出ないということですか」


「うん。こんなんじゃ、やっぱり勇者になるなんて無理かな」


「いえ、自分の芯となるものなのですから、なかなか答えが出ないのは当然のことです。いつか答えが出たら教えてください」


「うん。……ありがと」


ラヴィは照れ臭そうに笑う。こうして真剣に話してくれることなんて初めてだからだ。


「ね、私たち、このままパーティ組まない?」


「パーティですか?」


「うん。私は勇者を目指して世界を回りたいし、アインも目的の為に世界を回りたい。やることは一緒でしょ? それに今日も2人でいい感じだったし、このままパーティ組もうよ!!」


「確かに利害は一致していますが……」


「ダメ?」


「懸念事項として、わたしと貴女に差があることが挙げられます」


「うっ……確かに私は学がないから釣り合わないかもしれないけど」


「違います。釣り合わないと言えるのはわたしの方です」


「えっ、なんで?」


「まず種族差というものが挙げられます。獣人族である貴女と人間であるわたしでは身体能力に差があります。今後も縮まるどころか差は開く一方でしょう」


「うーん、そうなるのかなぁ」


「次に、わたしが強くなることがないであろうことが挙げられます」


「え、どういうこと? アインは魔法が使えるんでしょ? 魔法使いとして頑張ればいいんじゃないの?」


「確かに、生活魔法などのちょっとした魔法くらいなら使えますが、攻撃魔法や治癒魔法についてはまともに扱うことが出来ません」


「え、そうなの? なんで?」


「体質というものです。とにかく、わたしが強くなることはないでしょう。貴女が勇者を目指すのであれば冒険者のランクを上げる必要がありますが、わたしという足枷があっても大丈夫と言えますか?」


アインの言葉に少しだけたじろぐが、ラヴィの意思は決まっていた。


「私の夢を笑わないでくれたのは、アインが初めてなんだ。それだけで、嬉しかったんだよ。だから―――」


「…………」


「だから、私はアインと一緒に進んでいきたいって思ったんだ」


アインが見つめてくるのに対して、ラヴィも真剣に見つめ直す。その瞳からは強い意思が感じられた。


「それに、仲間が弱いからって突き放すのは私が目指す勇者じゃないしね!!」


「……そうですか。では、これからよろしくお願いしますね、ラヴィ様」


「うん!! あ、仲間なんだし、様とか敬語とかいらないよ。なんかむず痒いし」


「わたしはこの話し方が慣れていますので」


「そういうもの? あ、おねーさーん、エール2つね」


「お酒ですか? まだ早いのでは?」


「私たち冒険者になったんだし大人の仲間入りだよ。大人はお祝いのときにお酒を飲むものでしょ? パーティ結成のお祝いってことで飲もう」


ラヴィに押し切られる形で注文することになった。そして、2人の前にエールが運ばれてくる。


「じゃあ改めてパーティ結成を祝って、かんぱーい!!」


ぐいっとエールを流し込むラヴィ。が、苦味が口に広がり戻しかける。とりあえず、口に含んだ分は気合で飲み込んだ。


「にがぁ……え、お酒ってこんな苦いの?」


一口でギブアップしたラヴィを尻目にアインは相変わらず無表情でエールを飲んでいく。


「アインは平気なの?」


「はい。問題ありません」


もしかしたら気のせいなのではないかと思い、もう一口飲んでみるラヴィ。先程と変わらない苦味が口に広がる。


「にが……なんで大人はこれを美味しそうに飲むんだろう……」


「美味しいから飲む、というよりは酔っていい気分になりたいというのが理由でしょう」


「よくわかんないや」


「無理して飲む必要はありませんよ」


「もったいないから飲む……」


ラヴィはげんなりした表情を見せるもエールを一気に呷る。アインが止める暇もないほどだ。


「うっ……なんか変な感じ……」


一気に飲んだせいか、急激にアルコールが回ってしまったようだ。


「一気に飲むからですよ。今日はもう休んだほうがいいですよ」


「うん……そうする……」


バタッとテーブルに突っ伏すラヴィ。そのまま寝息が聞こえてくる。


「……ここではなく、宿屋でという意味だったのですが……仕方ないですね」


アインは会計を済ませるとラヴィを引っ掛けるようにして杖に乗せる。非力なアインでは持ち上げることができなかったのだ。


「そういえばラヴィ様の宿はどちらなのでしょう? 聞いておけばよかったですね」


仕方ないのでアインが泊まる予定の宿屋に連れて行く。店主には追加料金を払うことでラヴィを泊めることを認めてもらった。

部屋につくと、とりあえずベッドに寝かせた。この部屋にはベッドは1つしかないが、ギリギリ2人で寝られるだろうとアインは考える。……この時点で、アインには同衾するということがどういうことなのかわかっていない。翌朝ラヴィが騒ぐことになるのだが、今のアインには考えもつかないことのようだ。


「さてと、」


アインは杖を目の前に立たせると膝をつき、両手を合わせて祈りのポーズをとる。アインは女神に祈るのが毎晩の日課なのだ。


「我らが偉大なる女神フォルティーナ様……本日も貴女の恵みに感謝します―――」


アインの祈りによって杖の先端についている宝石が一瞬キラリと輝く。それはこれからの旅路を祝福するかのようであった。


- ☆ - ☆ - ☆ -


それから4年後、アインとラヴィは16歳になった。様々な土地を旅し、仲間も増え、今ではDランクパーティとして活動している。


「いやー、今回も無事に終わったねー」


4年経ち、ラヴィも大きく成長した。手足はスラリと伸び、短く切りそろえられた髪はきれいに洗われて銀の輝きを取り戻している。体つきはなだらかであるが、身だしなみに気を使うようになったのか清潔感が出るようになった。

そして腰には2本の剣を差している。アインの勧めもあり、双剣を使って戦うようになったのだ。


「では、わたしはいつも通り冒険者ギルドへ報告へ行ってきます」


アインも4年経ったので成長し、男らしい顔つきとなった―――というわけもなく、相も変わらず華奢で少女のような顔立ちである。ちなみに、身長も全く伸びておらず、童子に間違えられて警備隊に保護されることもしばしばある。

戦闘面でも特に何かができるわけではないので、パーティの事務的なことを行うことが多い。


「じゃーオレらは荷物置いて酒場行ってるな。先に注文しとくわ」


粗暴な言い方をするのは新しく仲間になったクオンである。男勝りな言動が多い犬の獣人であり、長い黒髪を後ろで1つに纏めている。獣人国で出会った槍使いの仲間だ。


「遅くなると思うので、先に食べていてください」


「おうよ」


「あ、私も行くわ。クオンちゃんに任せるとお肉しか頼まないし」


「オレに言わせりゃ野菜しか食べねーエルフがおかしいんだよ」


「それでもバランスというものがあるでしょう」


クオンと話しているエルフの名前はエルシィ。森で暮らすことを好むエルフ族の中で、森を飛び出してきた珍しい存在だ。弓による遠距離支援や魔法による攻撃など何かと助けてくれる存在だ。


「オレらは冒険者なんだから肉食わねーと力が出ねぇだろ。な、レナもそう思うだろ?」


「え、えっと、わたくしはどちらかというとお野菜のほうが……」


「おめーそれでも竜人かよ」


「そ、それは関係ありませんわ」


おどおどと返事をしたのは竜の翼と尻尾を持つ大柄な竜人族のレナ。竜人は普通、頑丈な鱗を持つので特に鎧を身につけることはないが、レナはフルプレートアーマーを身に着けている。また、大きな盾を使ってパーティを守ってくれるのだ。


「ま、とにかく一旦解散―――って、アインは?」


「もうギルドへ向かいましたよ」


「アイツ集合場所とか聞いてないのに大丈夫なのか?」


「まー、アインのことだし、勘でわかるよ」


アインの勘が優れていることはパーティにとってはわかりきっていることなので全員納得する。


「じゃ、今度こそ解散ね」


- ☆ - ☆ - ☆ -


その後、各々やるべきことを終わらせて酒場に集合した。手続きに手間取っているのか、アインだけはまだ来ていない。料理はもう来ているので先に食べることになった。


「んぐっ、んぐっ、ぷはぁっ。あー、この一杯のために仕事してんなー」


「オッサン臭いよ」


「酒も飲めないおこちゃまは黙ってろ」


「はぁー? 別に飲めるけどー?」


「どうせ蜂蜜酒だろ。そんなだからペチャパイなんだよ」


「アンタだって同じぐらいでしょうがぁ!!」


「まぁまぁ、楽しく飲めればいいでしょ。それに別に大きくなくていいじゃない」


「エルフみたく貧乳種族とは考えが合わねぇんだよ」


「そうだそうだー!! 人族や獣人はムチムチなのがいいんだー!!」


「あなた達そういうところは気が合うんだから……」


「でも大きくてもいいことはありませんよ? わたくしなんて胸だけではなくて身長も高いから合う服や鎧がなかなかなくて……」


「「黙れデカ乳!!」」


「ひ、ひどい……」


「はいはい、そのくらいにしておきなさいねー」


ラヴィとクオンがじゃれ合いレナが巻き込まれエルシィがたしなめる。いつもの食事風景だ。


「それにしてもアインは遅いわねぇ」


「遅くなると言っていましたし……なにか時間のかかる手続きでもしているのでは?」


「かもねー。でもまぁ、任せておけば大丈夫でしょ」


「……なぁ、アインについてだけどよ」


先程までとは打って変わって真面目な声になるクオン。


「アイツ、このままパーティに入れといて大丈夫なのか?」


「……ちょっとそれどーゆー意味? まさか、アインを追放しようってこと?」


ラヴィが不機嫌そうに返す。


「そーじゃねぇけどさ、アイツは全然強くならねぇじゃん。オレらは今後もっと強い魔物と戦ったりするんだろ? なら連れて行かない方が良いんじゃねぇか?」


「ダメだよそんなの!!」


「別に追放だとかそんなことじゃねぇよ。どっかに拠点でも買ってそこにいさせるべきなんじゃねぇか?」


「ヤダヤダ!! アインと一緒に旅をするって約束したんだもん!!」


「だからなんかあってからじゃ遅いっつってんだよ!!」


「フシャァァァ!!」


「ガルルルル!!」


「落ち着きなさい2人とも」


威嚇し合う2人に割って入るエルシィ。止めなければこのまま取っ組み合いになっていたかもしれない。


「正直なところ、私もちょっと気になってきてはいたわ」


「エルシィまで!!」


「だってそうじゃない。大怪我でもして稼げなくなったら一大事だし、死んだら元も子もないのよ」


うぐっと押し黙るラヴィ。言っていることが正しいとわかっているからだ。


「だ、大丈夫ですよ。わたくしがアインさんをお守りします」


「あなたはパーティの盾役であってアインくん専属の盾役じゃないのよ。そこを履き違えちゃダメ」


「うっ、そ、そうですね……」


「とにかく、なにか対策を考えるかしないといけないのよ」


「そもそも、なんでアイツ冒険者なんてやってんだ? 別に旅がしたいんなら冒険者じゃなくてもいいよな。いいとこの坊っちゃんなんだろ?」


クオンがラヴィに目を向ける。この中では一番アインと古い付き合いだからだ。


「前に聞いたことあるけど、目的のために自由な方がいいとかなんとか」


「その目的って?」


「さぁ……? そういえば聞いたことないなぁ」


「家族と不仲ってわけでもないのよね。頻繁に手紙のやり取りもしてるみたいだし」


「こうして考えてみますと、アインさんって秘密というか、謎が多いですよね」


「勘が良すぎるところとか?」


「全然成長しねぇとことか」


「魔力は膨大なくせして全然使えないところもそうね」


「敬虔な信者のはずですのに、教会に所属していないというのも不思議ですね」


「「「「う~ん」」」」


「悩み事ですか?」


「「「「うひゃあ!!」」」」


突然現れたアインに驚く一同。


「いきなり話しかけないでよ。びっくりするじゃん!!」


「そうですか。申し訳ありません」


「いやまぁいーけどよ。よくここがわかったな」


「勘です」


「はいはい、いつものね」


アインは手近な席に座り、食事を始める。


「それで、何かあったのですか?」


「あー、いや、そんな大したことじゃ……」


まさかパーティから外す外さないの議論があったなんて本人に言えるはずがない。ラヴィとしては言葉を濁すしかない。


「アインくんって謎が多いな~って話してたのよ」


「ちょ、エルシィ!!」


「大事なことでしょ」


真剣なエルシィに対してラヴィも二の句が継げない。


「……わたしのことなど、面白くもなんともないですよ。どこにでもいる、ただの人間です」


「えー、そう?」


「それより、ギルドでのことで報告があります」


「んもー、露骨に話題をそらすんだからー」


「大切なことなので」


「今日はいつもよりも遅いようでしたけど……何かあったのですか?」


「ランクアップの打診を受けました」


「え、それって……」


「Cランクになります。皆様の力量を鑑み、妥当だと思いましたので受けました。手続きの方は終わらせましたので、次にギルドへ行ったときにタグの交換をお願いします」


「「「「おぉーーー」」」」


アインの報告に全員が色めき立つ。Cランクとは中級冒険者であり、この先に進めるか否かは本人たちの頑張り次第だ。ほとんどの冒険者はここで一生を終えることが多いので、ある意味壁とも言われている。それでも、一人前として認められたということであり、嬉しいことに変わりはない。


「やったー!! Cランク!!」


「遂に私達も一人前か……意外と早かったわね」


「感慨深いですね……」


「祝いだー!! 酒だ酒だ!!」


途端にお祝いムードになる一同。それをなんとも言えない表情でエルシィは見ていた。


「なんか、うまく躱されちゃったよな。ま、今は楽しみましょ」


こうなったら酔わせて聞き出すかとも考えたが―――アインが酔ったところなど見たことがないので早々に諦めた。


- ☆ - ☆ - ☆ -


「あ゛ぁ~~~頭いたい~~~」


「飲みすぎですよ。もう少し、自制すべきだったのでは?」


翌日、頭を押さえるラヴィを連れてアインは街の大通りを歩いていた。ガヤガヤといつにも増して賑やかである。ちなみに、クオンとエルシィはまだ寝ているのでレナに介抱を任せておいた。


「しばらくお休みなんでしょ~~~、今日くらい寝かせてよ~~~」


「今日はラヴィ様にお見せしたいものがあります」


「私に? なに?」


「貴女の夢です」


ザワッと喧騒が増した。街の入り口からそれがどんどん移動してくる。その喧騒の中心にいる人物たちを取り囲むように民衆が移動しているようだ。


「有名なパーティでも来てるの?」


「そうですね。とても有名です。いえ、有名になったというべきでしょうか」


「へぇー、どんな人達なの?」


「そうですね、まずは聖騎士のクライン様。史上最年少で教会に認められたそうです。それと最も聖女に近いと名高い神官のエミル様と魔導学園で天才と言われていた魔法使いのエイリーン様。ですが一番有名なのは―――」


「有名なのは?」


「勇者のアイゼンガルド様です」


「勇者?」


ラヴィの耳がピクッと動く。勇者パーティを見ようとするが人が多くて見ることができない。キョロキョロと辺りを見回すと、獣人の膂力に任せて建物の壁を登り屋根の上に立つ。


「あれが勇者パーティ……」


遠目で見ても実力があることがわかり、装備もそれに合わせて上等なものだ。おまけに皆美男美女である。


「いきなりこんなところに来ないでください」


アインも遅れてやってくる。自力で登ることなど出来ないので杖に乗って飛んできたようだ。


「ねぇ、あの勇者ってどんなやつ?」


「アイゼンガルド様はフレスヴェルグ侯爵家の出であり、剣や魔法、勉学に秀でており幼い頃から神童と謳われておりました。武闘大会等での優勝経験もあり、実力は申し分ありません。また、孤児院の経営など民に対する施しも積極的に行っており、彼を慕うものは多いと聞きます」


「……なんでそんなに詳しいの?」


「新聞に書いてありましたし、度々『視て』いましたから。……新聞はラヴィ様にもお渡ししたはずですが」


「うっ、か、活字は苦手だもん。それよりも何その勇者。貴族で強くて頭も性格良くておまけに顔も良いとか完璧じゃん。……私と全然違う……」


「ラヴィ様はあまり裕福でない家庭の出だと仰っていましたね。ですが、出身に関して気を揉まれても仕方がないのでは?」


「貧乏ってだけじゃないんだよ……私、あんな高潔じゃないんだ」


「……では、諦めますか?」


落ち込むラヴィに対して特に感情も込めずにアインが尋ねる。


「貴女はCランクになりました。一般的な冒険者であれば十分に成功したと言えるでしょう。身の丈にあった依頼をこなし、平凡な人生を生きていく。それでもいいのではありませんか?」


「それは……」


「今は決められないというのであれば、しばらく待ちます。わたしは貴女の選択を尊重いたしますよ」


そう言うとアインはラヴィから視線を外し、勇者パーティへと目を向ける。ラヴィもそれに釣られるようにして目を向ける。2人は勇者パーティが領主の館へ入っていくまで見ているのであった。


- ☆ - ☆ - ☆ -


「で、アイツはまだ部屋にいんのか?」


翌日、アインたちは宿屋の食事処で話していた。ただし、ラヴィだけは部屋に残っているのでここにはいない。


「しょうがないわよ。勇者と自分との差を知っちゃったんでしょう? そりゃ落ち込むわよ」


「もう勇者になるだのなんだのと無邪気に言える齢でもねぇからな。現実見なきゃなんねぇだろ」


「アインさんはどう思います?」


「わたしはラヴィ様の選択を尊重いたします」


「あん? 諦めさせるとかじゃねぇのか」


アインのことだから現実的なことを言うだろうと思っていたクオンは驚く。


「ラヴィ様が勇者を目指すと仰っていたのでわたしは今までついてきたのです。他の方が勇者として選ばれたからと言って、諦めろなどと言えるわけがありません」


「でも今後ラヴィちゃんが勇者になれる可能性があると思うの?」


「勇者とは、いつも諦めずに進み、勇気を持って困難に立ち向かう者です」


アインはラヴィとの日々を思い出す。困っている人を助けようとしてトラブルを招くこともよくあるが、いつも前に進もうと頑張っている。そんな姿をずっと見てきた。


「ラヴィ様も十分に素質があると思います。実力の方は、追々身につけてもらえればよいでしょう」


「ふーん。アインも結構夢を追うタイプなんだな。あ、じゃあ今の勇者のアイゼンなんとかってやつのことはどう思ってんだ?」


「アイゼンガルド様です。彼も国が認めただけあって実力、人格など申し分ないと思います。ただ……」


「ただ?」


「天才ゆえに失敗経験というものがほぼ無く、大きな挫折を味わったときにどうなるかがわかりませんね」


「えぇ、アインさんってそんなところまで見ているんですか?」


「新聞だけでわかるもんか?」


「まぁ、それなりに視て―――」


突如、辺りが暗くなる。先程までは快晴で太陽の光が差し込んできてとても明るかったが、今は仄暗くなっている。


「なんだ? いきなり暗くなったぞ」


周りもザワザワと騒がしくなる。そんな中で、ラヴィが慌てた様子でやって来る。


「みんな大変だよ!!」


「お、もう出てきて平気なのか」


「まぁまぁかな―――じゃなくて、外がすごいことになってるんだよ!!」


ラヴィに促されて外に出る。アインたちだけでなく、多くの人が何事かと外に出てきている。


「なにあれ……」


「空が、赤い?」


雲ひとつない青空だったのが、暗い夕焼け空のようになっている。


「もう夜になっちゃった……ってことはないよね?」


「いきなり太陽が沈むとかないでしょ」


「どういうことでしょう?」


「アインならなんかわかるか?」


「どうやら、街全体に結界が張られたようです」


「街全体に……? そんなの、1人でどうにかなるものじゃないわね。それに街の外壁には魔物除けの結界があるでしょ? それと干渉し合うことになるんじゃ」


「街の外周上に特殊なマジックアイテムが埋めてあるのでしょう。干渉に関してですが、今展開されているものは結界というよりも―――」


突如、悲鳴が響き渡る。そして、何かが壊れる音もする。


「なに!?」


「危ないです!!」


レナがアインを庇うようにして立つ。そこに大きな狼のような獣が噛み付いてくる。が、レナの鱗に牙を通すことはできない。そんな隙を見逃すわけもなく、レナは狼を地面に叩きつける。


「はぁっ!!」


「オラッ!!」


左右からラヴィのパンチとクオンの蹴りが炸裂する。狼は潰れるようにして絶命し、そのまま塵となって消えていった。


「消えた?」


「死体も残らねぇとか変だな。生き物なのか?」


「これは……」


「なにか知ってんのか?」


アインが答えるよりも先に再び悲鳴が聞こえてくる。それも1つではなく複数だ。


「考えるのは後!! まずは助けに行かないと!! アイン、どうすればいい!?」


「住民たちを避難させるべきですね。避難場所は警備隊の詰所、冒険者ギルド、あとは領主邸……」


アインは何かを確認するかのように周りを見渡す。


「詰所は警備隊が、領主邸では領主様の私兵が避難誘導を行っていますね。わたしたちは住民の救助と誘導を行いつつ冒険者ギルドへ向かいましょう」


「わかった!! 皆、急いで装備を整えて助けに行こう!!」


言うやいなやラヴィは宿屋に入っていく。それに少し遅れて他のメンバーも入っていく中、アインだけはその場で待っている。特に装備を整える必要もないので周囲の見張りも兼ねて待つことにしたのだ。


「……ラヴィ様も、自制が利くようになりましたね」


ふと、ラヴィの成長を感じた。以前ならばアインに尋ねることも装備を整えることもせずに飛び出していったはずだ。少しは考えることができるようになったということだろう。


「でも、誰かのために動くところは変わらない……やはり、素質はあるのでしょう」


アインはチラリと領主邸の方向を見る。アイゼンガルド達が領主邸から出てくるのが視えた。


「ちょうどいい、と言ってもいいかもしれませんね」


- ☆ - ☆ - ☆ -


「や、やっと着いた」


ラヴィたちは住民の避難、救助をしながら冒険者ギルドに到着した。途中、何度か獣のようなものに襲われたが、なんとか無事に到着した。


「これからどうすればいいのでしょう……」


「そんなの皆を助けるべきに決まってるじゃん!! 逃げ遅れた人がいないか探しに行くべきだよ!!」


「この騒ぎを起こしてるやつをぶっ飛ばしゃいいんじゃねぇか?」


「そんな単純じゃないでしょ。ここの防衛をしつつ情報を集めるべきよ」


「あー、もうっ、アイン、どうすれば―――アインは?」


「先程、ギルドの職員さんのところへ行きましたよ」


「もう動いてるのね。なら、それを待ちましょ」


「えー、でも」


「休めるときに休んでおくのも必要なことよ」


「そっか……わかった」


「……どうやら、そうも言ってらんねぇみてぇだな」


冒険者ギルドの前に様々な獣が集まってくる。友好的な雰囲気など微塵もない。どの獣も牙をむき出し戦闘態勢に入っている。


「うわぁ、たくさんいる」


「ここには戦えない人たちもいるから、絶対に負けられないね」


「ま、戦いなら任せろってんだ」


「頑張ります!!」


武器を手に、建物の外へ向かう。ラヴィたちだけでなく、他のパーティも同様に武器を取って戦いに赴く。


負けられない戦いが始まった。


- ☆ - ☆ - ☆ -


「はぁ……はぁ……」


「ふぃー……」


ラヴィたちは他の冒険者と交代で休憩を取りつつ戦っていた。敵が強力なのもあり、疲労困憊な冒険者も多い。


「い、いつまで続くのでしょうか……」


「わからないわよそんなの……とにかく、休めるうちに休んでおきなさい」


「お疲れさまです。こちらをどうぞ」


いつの間にかいるアインから差し出された水に全員が一斉に手を伸ばす。携帯食料もあるので腹に入れていく。


「で、なにかわかったことはあった?」


「はい。まず、街の外へ出ることは不可能だとわかりました。結界に阻まれて外に出ることができないと」


「マジックアイテムの方は?」


「見つからないので街の外に埋められたものかと。こうなりますと、術者をなんとかしない限りは出られませんね」


「つまりそいつをぶっ飛ばしゃいいわけか。どこにいるんだ?」


「不明です」


「かーっ、使えねぇな」


「匂いでも辿ってみたら? 犬みたいに」


「ああ?」


「余計に疲れるからやめなさい。で、何か算段はあるの?」


「あの獣たちが召喚獣のようなものであるのならば、召喚元へ行けば辿れるかもしれません」


「結局のところ、あの獣たちは何なのでしょう? 死体も残らないなんて、普通じゃないです」


「あれは邪獣ですね」


「邪獣って……邪神の尖兵ってやつ? 本気で言ってるの?」


「特徴としては合っています」


かつての邪神による進行の際、戦力として眷属の邪人族がいた。その邪人族は邪気を集めて獣の形にし、尖兵として扱っていた。それが邪獣と呼ばれているものである。邪気でできているため、死体が残るということがないのだ。


「じゃあ今回の騒動には邪人族が関わっているってこと? 大昔に滅ぼされたって聞いてるけど」


「邪人族は少々特殊なので、滅びるということはありません。なので関わっている可能性が大きいです……いえ、関わっていますね」


「なんで分かるんだよ?」


「今、アイゼンガルド様が邪人族を名乗る男と交戦に入りました」


「やっぱりアインくんの魔眼って『遠見の魔眼』じゃなくて『千里眼』だよね?」


「些細な差です。それより、相手の目的がはっきりしましたね」


全然些細じゃないよー!!と叫ぶエルシィをさらりと流し、アインは説明を続ける。


「邪神復活のための儀式を行う……それが目的でしょう。我々は結界に閉じ込められたというより生贄の祭壇に捧げられた供物といったところでしょうか」


「なるほど。そこに勇者も巻き込んじゃえば士気も下がって万々歳と」


「その通りです」


「あの、邪獣が邪気で出来ているというのであれば……無限に出てくるということですか?」


「はい。今は倒しているように見えますが、あれはあくまで邪気を散らしているだけです。すぐに集まってまた邪獣になるでしょう。聖なる武具ならば邪気を祓うことができるでしょうが」


「そんなん勇者の聖剣しかねぇだろ。じゃああれか、勇者がアイツを倒すまで続くってか」


「邪獣を倒す手段がありませんからね。術者本人を倒さない限り終わりません。……どうしますか?」


アインはラヴィをじっと見つめる。いつもならアインが方針を示しているが、今回はラヴィの考えを聞きたいのだ。


「あの勇者は強いんだよね? で、聖剣も持ってる」


「はい」


「……じゃあ、私達はここで皆を守ろう」


一瞬逡巡したが、ラヴィは勇者の応援に行くのではなく、避難民を守ることを決断する。


「あら意外。ラヴィちゃんなら勇者の助太刀に行くって言うかと思ったのに」


「そりゃ本当は行きたいよ。だけど、ただでさえギリギリなのに私達が抜けたらここが持たないし……だったらやれることをやらないと」


「よろしいのですね?」


「うん。向こうに行った後にここの人たちが死んだら意味がない。守るべきものは間違えちゃいけない……でしょ?」


「わかりました。貴女の意思を尊重しま―――おや」


「どうしたの?」


「少々、面倒なことが」


「おぉい、化け物共が消えていくぞーーー!!」


表で戦っていた冒険者が大声で伝えてくる。話を聞くところ、いきなり邪獣が塵となって消えていったらしい。


「邪人を倒したってこと?」


「ほー、やるじゃんあの勇者」


「これで皆さん救われましたね」


「いえ、そういうことではないようです」


「えっ?」


ラヴィが疑問に思うのと同時に、外から悲鳴が聞こえてくる。それと何かが壊される音も響く。ラヴィが慌てて外に飛び出すと、ボロボロになった街が広がっていた。


「ぐぅ……まだまだ……」


「ちょ、大丈夫ってアンタ―――」


ガレキの中から這い出してきたのはアイゼンガルドであった。綺麗に磨かれていた鎧にはあちこち傷が付き、身体も怪我が多い。


「ふん、しぶとい奴だ」


低い耳障りな声とともにズシンズシンと大きな足音を響かせて何かが近づいてくる。


「な、なにあれ……」


「ヤツは邪人……周りの邪獣を取り込み、邪気を纏うことであのような姿になったのだ」


「あ、アイツが!?」


現れたのは巨大な狼のような獣。2本足で歩き、強靭そうな肉体や鋭い爪や牙は今までの邪獣と格が違うことを伺わせた。その威圧感のせいか、そこにいた冒険者たちは身体が重くなったかのように動けなくなる。


「やれやれ、さっさと死んでほしいもんだ。お前を殺した後もやるべきことはたくさんあるんだ。仲間たちはもう虫の息だというのに、本当にしぶといな」


「私は勇者だ。そう簡単にやられたりはしない。倒れていった仲間たちのためにも、この聖剣で貴様を滅する!!」


「やれるものならやってみせろ」


アイゼンガルドが聖剣を手に斬りかかる。それに対して邪人はあっさりとそれを受け止める。


「なに!?」


「ふん、何のためにわざわざ邪獣を大量にぶつけたと思っている」


邪人が力を込めると、バキンという音と共に聖剣がへし折られる。


「なっ―――」


「如何に聖剣であろうともそのエネルギーには限りがある。最早その剣は聖剣でもなんでもない!!」


「うぐっ!!」


聖剣を折られて呆けている隙をつかれ、アイゼンガルドはふっ飛ばされる。


「ごほっ、ごほっ……」


「くははははっ、宗主様の仰っていたとおりだ!! 聖剣は風前の灯同然であった!!」


「そんな、まさか聖剣が……」


「絶望とともに死ぬがいい!!」


邪人の渾身の一撃が放たれる。未だに聖剣を折られたショックから抜け出せないのか、アイゼンガルドは避けようとしない。


「なにボーッとしてんの!!」


攻撃が当たりそうになった瞬間、ラヴィが体当たりをするようにしてアイゼンガルドを逃がす。重圧で皆がまともに動けない中、気合だけで動いているのだ。


「邪魔をするな小娘!!」


「するに決まってるでしょ!!」


再び攻撃が来るが、ラヴィはアイゼンガルドを引きずるように振り回して避けていく。


「アンタもいい加減戦いなさいよ!!」


「だが、聖剣はもう……これではヤツを倒せない。もう、対抗手段はないんだ」


「だから何だって言うの!! ふざけんなぁぁぁぁぁ!!」


ラヴィは力を込め、アイゼンガルドを邪人と反対方向に思い切り投げて避難させた。自身は双剣を抜き、邪人に対峙する。


「聖剣が折れても腕があるなら素手で戦えっ!! 腕が折れたら噛みつけよっ!! 勇者だって言うなら最後の最後まで諦めんなぁぁぁぁぁ!!」


咆哮とともにラヴィは駆け出す。本当は自分だって怖くてたまらない。だが、守るべき人達がいる。そのことが、ラヴィを奮い立たせる。


「おりゃあ!!」


「その程度ものが効くか」


ラヴィは剣で斬りつけるが、邪人は歯牙にもかけない。ただ腕を振るだけで剣撃を防いでしまう。剣のほうが衝撃に耐えられずに折れてしまうほどだ。


「まだまだぁ!!」


ラヴィは咄嗟に折れていない方の剣を邪人の目に向かって投げつけるが―――目玉に当たったのに弾かれてしまう。


「嘘でしょ!?」


「効かんと言っている!!」


邪人が爪を奮ってくるが、ラヴィはギリギリで避ける。武器を失ったので一旦距離を取った。


「目玉まで硬いって有り!?」


「……ヤツは邪気を纏っていると言っただろう。硬いに決まっている。そもそも、あそこはヤツの本当の目ではない」


「はあ!? そういうことは早めに言ってよ!!」


「……最初に言ったと思うが」


理不尽なことをアイゼンガルドに言いつつ、ラヴィは何となくのあたりを付ける。


「全身鎧を着てるみたいな感じ……? だったら、殴る!!」


折れた剣は捨てて、拳を握る。そして地面を踏みしめ邪人に殴りかかる。


「だから無駄だと……うぐっ」


余裕の表れか、防ぐこともせずにラヴィの拳を受けた邪人は苦悶の声を漏らす。


「やっぱり衝撃は通じる!!」


「この……小娘がっ!!」


邪人はラヴィを仕留めようと爪による攻撃を重ねるが、ラヴィはギリギリで避けていく。隙を見てラヴィも攻撃していたが、もう気を緩めていないのか邪人にダメージを与えられていない。


「ちょこまかと……鬱陶しいっ!!」


「うわぁっ!!」


邪人が上げた咆哮が衝撃波となってラヴィを襲う。流石に避けられるものではなく、ラヴィは吹き飛ばされて建物の壁に当たる。


「うぅっ……ま、まだまだぁ……!!」


ズキリと全身に激痛が走るが、ラヴィは気合で立ち上がる。身体のあちこちから出血しており、足元もおぼつかないがそれでも諦めていない。


「……何故まだ立ち上がる!! ここにいる奴らがそんなに大事か!? どいつもこいつも自分のことしか考えない愚か者だろう!! 一時感謝しても、いずれ裏切るような者たちだろう!! そんな奴らなど守るに値しない!!」


誰に向けた言葉なのかわからない、怒気を含んだ声を荒げる。そんな邪人に対してラヴィは昔のことを思い出す。


「……確かに皆、自分のことが一番大切だよ。私だって、冒険者になる前は食べ物を取り合ってたし、村ぐるみで山賊まがいのことだってしてた。皆、良い生き方をしていたなんて言えない」


「ならば!!」


「けど!! それでも、皆一生懸命生きようとしてたんだ!! 死にたくないって思っていたんだ!! 頑張って足掻いていたんだ!!」


ラヴィの鋭い目が邪人を貫く。その熱い眼差しに邪人は一瞬たじろぐ。


「私は生きたいって願う人を見捨てたくない!! たとえ裏切られることになっても―――私はその意思を否定したくない!!」


「……ならば望み通り、弱者を守って死ぬがいい!!」


「やれるもんならやってみろぉぉぉぉ!!」


再び2人が激突するその寸前―――


『―――傾聴せよ―――』


世界が静寂に包まれた。


- ☆ - ☆ - ☆ -


時間は少し遡る。


「か、身体が重い……」


「動けないです……」


「つーか、なんでアイツは戦えんだよ」


「皆様、大丈夫ですか?」


動けなくなっている冒険者たちを尻目にアインは仲間たちのもとへ近づく。


「大丈夫に見えんのかって、なんでお前は動けんだよ」


「皆様が動くことが出来ない理由は、あの邪人の威圧のせいですね。根源的な恐怖を呼び覚ましているので身体が竦んでいるのでしょう。わたしのように感情が希薄であると効果が薄いようです」


「アイツが動けるのは?」


「勇気で恐怖を乗り越えているのではないでしょうか」


「気合かよ。そんなんアリか」


「大切なことです」


アインはチラリとアイゼンガルドの様子を見た後、ラヴィと邪人の戦いに視線を向ける。


「アイゼンガルド様は今回はダメでしたか。どうやら、全てはラヴィ様にかかっているようですね」


「あの勇者もやられちゃったし、聖剣も折られちゃってるんでしょ。どうやったら勝てるのよ」


「わたくしたち、ここで死んでしまうのでしょうか……」


「…………」


アインは何も答えず、じっと戦いを見つめている。


「きゃあっ」


「うわぁっ」


邪人の咆哮による衝撃波でラヴィが吹き飛ばされる。その余波が周りの冒険者たちにも軽微ながら被害を与えており、何人か吹き飛ばされている。


「……むっ」


アインはしゃがみ込み、近くにあった瓦礫に掴まるようにして吹き飛ばされるのを防ぐ。土煙に覆われるが、魔眼を使って視界だけは外さない。


「……ラヴィ様」


ラヴィが諦めずに立ち上がる姿が視える。そして、吠えるような宣言も聞こえる。


「……できれば、もう少し成長を待っていたかったのですが、十分でしょう」


「あっ、おい待て」


クオンが制止するも、アインは意に介さず戦いの場へと進んでいく。


「わたしは、貴女を選びましょう」


杖の先端についた宝石が輝き始める。


『―――傾聴せよ―――』


アインの声が、どこまでもどこまでも響いていき、世界から音が消えた。


- ☆ - ☆ - ☆ -


『―――この世界に生きる生命たちよ―――』


世界中の人々の頭の中に声が響く。


『―――世界を創造せし偉大なる女神フォルティーナ様の名のもとに―――』


いや、人々だけではない。あらゆる生命体が強制的に(・・・・)声を聞かされている。


『―――『選定者』アインセル・シュタインベルクが―――』


赤子は泣き止み、死の淵にいた老人は踏みとどまる。戦闘や捕食すら止め、ただひたすらに次の言葉を待っている。


『―――勇者を選定する―――』


その言葉に皆驚く。今までは国が決めて発表していたのに、今回は一個人が決めたと言っているからだ。


『―――その名はラヴィ―――』


おまけに、国が発表した名前ではない。聞いたことのない名に各国の王は違うと叫び出したい気持ちになったが声が出ない。聞くという行為以外を行うことが出来ない。


『―――貴女を新たなる勇者に任命します―――』


神託にも似た宣言に教会の枢機卿たちも動揺を隠せない。もしも教会関係者以外に神託が下っていたとしたら、教会の権威が揺らぎかねないからだ。


『―――貴女に女神フォルティーナ様の御加護があらんことを―――』


この言葉を最後に、人々はようやく別の思考をすることができるようになった。信じる信じないに関わらず、人々は新たな勇者が生まれたことを認識する。この宣言を聞いて人々がどういった反応をするかは、まだわからない。


- ☆ - ☆ - ☆ -


『―――『選定者』アインセル・シュタインベルクが―――』


アインがゆっくりと近づいてくる間、ラヴィと邪人は動けずにいた。ただひたすらにアインに注目している。


『―――勇者を選定する―――』


目の前で話しているのに声は頭の中から響いてくるという不思議な感覚だ。


『―――その名はラヴィ―――』


遂にアインがラヴィの側へとやって来る。


『―――貴女を新たなる勇者に任命します―――』


すっとアインが手を伸ばす。ラヴィはどうしたらよいかわからず、困惑した目で見ている。


「……手を、こちらに」


アインに促されるままに手を伸ばすと、アインが指を絡めるようにして手を握ってくる。瞬間、アインの杖が眩く光り、ラヴィの手にピリッとした感覚が走る。見ると、手の甲に幾何学的な模様が刻まれていた。


『―――貴女に女神フォルティーナ様の御加護があらんことを―――』


その言葉を最後に、不思議な感覚が消えていく。身体の自由が戻り、思考できるようになっていく。


「アイン……」


「はい」


「わ、わた、私、は―――危ない!!」


ラヴィはアインを抱きかかえるようにしてその場から離れる。先程までいた場所には邪人が奮った爪痕が残っていた。


「……何だ今のは」


邪人が唸るような声を出す。


「その小娘が勇者だと……そんなもの、認められるものか!!」


「別に貴方に―――いえ、世界中の人に認めて貰う必要はありません。わたしが決めたことなのですから。覆すことができるのは、わたし自身か、フォルティーナ様のみです」


アインが淡々と話す。自分に間違いがあるなど微塵も疑っていないようだ。


「ならば今ここで殺す!!」


邪人が勢いよく襲いかかってくる。アインを下ろして離れさせる暇がないほどの猛攻であるため、ラヴィはアインを抱えたまま逃げ回る。


「このままじゃ埒が明かないよ!! 勇者になったんなら、なんかすごい力とかないの!?」


「あくまで選んだだけですから、大きく変わるところはありません」


「じゃあ何のために勇者にしたの!?」


「勇者の特権として、聖なる武具を扱うことが出来るようになります」


「聖なる武具……聖剣ってこと!?」


「別に剣である必要はありませんが……そうですね、剣が扱いやすいでしょう」


「でも聖剣って折れちゃってるじゃん!!」


「いえ、聖剣はここにあります」


アインはスッと自分の胸元を押さえる。


「え、なに? 心にあるとかロマンチックなこと言い出すの?」


「違います。わたしの力の大部分は聖なる武具の素となっております。貴女が思い描く武具を、わたしから(・・・・・)抜き出してください」


「え? 抜き出す? どうやって?」


「勇者の印をわたしに」


「勇者の印って……この手にあるやつ? それで―――うわぁっ」


2人の近くの壁が突然爆発する。ギリギリで避けられたようだが、いつまでも避けられるものではないだろう。


「なに今の!?」


「どうやら邪気をぶつけてきたみたいですね。邪気を祓わない限り無限に撃ってくるのでは?」


「あぁっ、もうっ、やけくそだぁーーー!!」


ラヴィは片腕でアインを抱えるとその胸元に手を突っ込む。突っ込む瞬間、勇者の印が輝き、アインを傷つけること無く沈み込んでいく。


「これ!?」


何かが手に触れている感触があるので、それを掴んで引き抜く。


「うわぁ……」


引き抜かれたものは光の塊。よく見れば、何となく剣の形をしているようなものだ。


「な、なんだそれは……!?」


邪人も何か驚異的な力を感じるのか、動きを止めて恐れおののく。


「これが、聖剣?」


「……物質化も固定化も出来ていません……そもそものイメージが固まっていないのでしょうか。このままだと消えます」


「ええっ、どうすんの!?」


「今はさっさと使ってしまいましょう」


「使うって……ええい、おりゃあぁぁぁぁぁぁ!!」


ラヴィは邪人に向けて勢いよく振り抜く。聖剣の軌跡から光の奔流が発生し、邪人に向かっていく。


「なっ、これは……うぐぅぅぅぅぅ!!」


光の奔流に巻き込まれた邪人の身体はボロボロと崩れていき、消えていく。街全体を苦しめた強力な邪人とは思えない、あまりにも呆気ない最期であった。


「え……倒したの……かな?」


「はい」


「いよっしゃあ―――ああっ、聖剣がぁっ!!」


ラヴィの持っていた聖剣が溶けるように消えていき―――その手には何も残らなかった。


「消えちゃった……」


「まだ未熟であるということでしょう。今後、成長していけば聖剣として形を留めておくことが出来るようになるはずです」


「え、そう? 私、勇者失格だから称号取り上げるとかそんなことない?」


「それは今後の行動次第……です……」


「アイン!! どうしたの!? 大丈夫!?」


「少々、力の消費が、多かったみたいです……しばらく、休みます」


言うだけ言って、アインの意識はそこで途切れるのであった。


- ☆ - ☆ - ☆ -


アインが目覚めると、目の前に知らない天井が合った。


「……?」


いや、天井ではない。天井がこんなに目の前にあるはずがないし、何より真っ直ぐでない。頭に柔らかい感触があることを考えるに―――


「レナ様ですか?」


「あ、起きましたか?」


胸が邪魔で顔が見えないが、レナの声が聞こえてくる。やはり膝枕をされているようだ。現状を把握したアインは起き上がる。


「もう少し休んでいたほうがよろしいのでは?」


「いえ、もう大丈夫です。それよりも、これは何の騒ぎですか?」


アイン達がいるのは広場の隅であり、その広場では警備隊や冒険者に街の住人たち、果ては領主の私兵たちが騒いでいる。


「あー、初めは冒険者ギルドで宴会してたんだがな、段々と数が増えてきてここに移動してきたんだよ。それより腹減ってねぇか? メシ食うか?」


「いただきます」


酒瓶片手に料理を持ってきてくれたクオンに礼を言いつつ食事を摂り始める。何やかんやであまり食事を摂っていなかったので空腹だったのだ。


「勇者様はどちらに?」


食べながらラヴィの姿が見えないことに疑問を抱くアイン。ついでに言うとエルシィもいない。


「勇者様? あー、ラヴィのことか。アイツなら領主の執事っぽいやつに連れて行かれたぞ。まぁ、この宴会のどっかにいるんじゃねぇか?」


「変に言質を取られないようにエルシィさんも着いていきましたよ」


「そうですか。ならば大丈夫ですね」


「お前が言うなら問題ね―か。……にしても、マジでアイツが勇者なのか」


クオンは持っていた酒瓶をぐいっと呷る。すでに結構顔が赤い。


「飲み過ぎでは?」


「あー? ……まぁ、祝い酒だよ。別にいいだろ」


「そうなのですか?」


「どちらかと言うと、ヤケ酒ですよね。実はクオンさんも勇者に憧れていましたから。ラヴィさんが勇者になって複雑な心境なんですよ」


「そういうものですか」


「うるせぇ、そんなんじゃねぇよ」


「クオン様も勇者に相応しいのであれば認定しますよ」


ぷいっとそっぽを向くクオンに対して、アインは何でもないことのように言う。聞き流すことの出来ない情報にクオンとレナは驚く。


「勇者って、1人だけではないのですか?」


「そのような制約はありません」


「マジかよ。そんなんアリか」


「中々、興味深い事を話しているね」


会話の中に、突然誰かが混ざってくる。見ると、アインにとっては馴染み深い男が立っていた。


「アイゼンガルド様」


「やあ、アインセル君。ちょっといいかな?」


「構いませんよ。来ると思っていましたし」


「助かる。……君たちは席を外してもらえるかな?」


「あ?」


「え、それは……」


「2人とも、おかわりをお願いします」


難色を示す2人にアインは食べ終わった皿を差し出す。


「いいのかよ?」


「はい」


「わかったよ。行ってくる」


「アインさん、今日はよく食べますね」


「未完成とはいえ、聖剣を創りましたから。いつもより空腹です」


「では、たくさん貰ってきましょうか」


2人が離れていったのを見計らって、アイゼンガルドがアインの隣に腰掛ける。


「気を使わせてしまってすまないね」


「いえ」


「それにしても、久しぶり……でいいのかな? 陛下の誕生会で挨拶したとき以来か」


「夜会で一度会っただけなのに、よく覚えていますね」


「まぁ、君は印象的だったからね。こんな再会になるとは思ってもいなかったけど」


「わたしは何度か視ていました」


「見て……? あぁ、新聞か何かかな。姿絵も出回っているらしいし」


「それもあります。お仲間はどちらに?」


「治療のおかげで命に別条はないよ。今は領主邸で休んでいる」


「そうですか」


「……ところで、先程の話なんだが」


他愛もない話をしている中で、アイゼンガルドは本題を話し出す。


「勇者は君が決める……ということでいいのかな?」


「はい。わたしはフォルティーナ様から『選定者』の役割を与えられました。なので任命権があります」


「君は女神から神託を受けたのかい? エミルや教皇が聞いたら卒倒しそうだな」


「信じる信じないはご自由に。ただ、わたしが勇者を決めることに変わりはありません」


「そうか……私は、君の御眼鏡には適わなかったのか」


「あの状況で、貴方は立てず、勇者様は立ち上がった。その違いです」


「…………」


アイゼンガルド

は何も言わずに手元に視線を落とす。アインはそんなアイゼンガルドの―――正確には腰にあるものに目を向ける。


「……聖剣、まだ持っているのですね」


「ん? ああ。折れてしまったとはいえ、国宝であることに変わりはない。持ち帰らないといけないからな」


「そうですか。では、回収させていただきます」


聖剣が独りでに鞘から抜ける。そのままアインの目の前に飛んでいくと、光の粒子となってアインの中に吸い込まれるように消えていった。


「なっ―――なにをしたんだ!?」


「回収し、リソースとして分解しました。力を失っているとはいえ、聖剣に違いはありませんから」


「自分が何をしたのかわかっているのか!? 国宝を盗ってしまうなど……!!」


「聖剣は元々、先代の『選定者』が創り、勇者に与えたものです。今代のわたしに返却したと陛下に伝えておいてください」


「それで納得などされるはずが―――いや、決定したことだから覆らない、陛下の意思よりも優先されるとでも君は言いそうだな」


「ご理解いただけて何よりです」


「いや、理解していないし、陛下も納得されないだろう」


「でしたら、いつか貴方が引き抜いてください」


じっと見つめてくるアインに対して、アイゼンガルドは戸惑いを隠せない。


「私が、か?」


「はい。まがりなりにも、かつての聖剣の力を引き出していたのです。ならば、勇者としての資質はあるのでしょう」


「…………」


アイゼンガルドは何かを言おうとして、言葉が出てこない。アインは話すことは話したと何も言わない。2人は無言で見つめ合う。


「ア~イ~ン~」


そんな中、空気を読まずにアインに抱きついてくる者がいる。


「勇者様」


「んも~アインまで固い~。いつも通りに呼んでよ~」


「ラヴィ様」


「うむ、よろしい」


「酔っていますね。飲み過ぎでは?」


「そんなことないにゃ~」


顔が赤いし息が酒臭い。明らかに酔っている。そこにエルシィも少し遅れてやって来る。さらにその様子を見たクオンとレナもやって来る。


「話の邪魔しちゃってごめんなさいね。すぐに引き取るから」


「おら、さっさと行くぞこのバカ!!」


「すみませんすみません」


「ふふっ、いやいいよ。もう戻るよ」


アイゼンガルドは立ち上がりアインに向き直る。


「いつか、君に認められるような―――相応しい男になって会いに行くよ」


「はい。お待ちしております」


その言葉を最後に、アイゼンガルドは領主邸へと戻っていく。途端に皆が騒ぎ出す。


「なに今の言葉!! アインは渡さないんだから!!」


「もしかしてアインさんは男の人のほうがいいんですか!?」


「いやそんなこと……ないよな?」


「落ち着きなさいよ。どうせ恋愛とかじゃなくて勇者関係―――って、なんで興奮してるのよ」


「どうなのアイン!!」


「選定者は勇者様を任命する立場ではありますが、従者でもあります。……勇者様が望まれるのであれば、性転換も可能です」


「「「「嘘でしょ(ですよね)!?」」」」


もしかしたら一番の驚愕の事実かもしれない言葉を聞き、更に騒がしくなる面々。それを尻目に、持ってきてもらった料理を食べ始めるアイン。


今後、世界各国や教会、あらゆる組織の思惑が絡み合い、様々な騒動に巻き込まれていくことになるのだが、それはまた別の話。今はただ、宴を楽しむのであった。






























「……うっ……俺は……」


薄暗い大広間の中で邪人の男は目覚めた。ズキズキと痛む頭で、何があったかを思い出す。


「……確か、聖剣の光に呑まれて―――」


『―――その後、我が回収した』


頭に響く男とも女とも取れない声。あらゆる生物が畏怖を浮かべるような声だが、男にとっては敬うべき声だ。


「これは―――宗主様!!」


男の見上げる先には、玉座に座る人物がいる。黒衣を纏い長い白髪をしたその人物は目元を仮面で隠しており、どんな顔をしているのかわからず、体格から性別を読み取ることすら出来ない。更に会話も念話を使用しているので声を聞いたものがいないという謎に包まれた存在だ。


「まさか宗主様に救っていただくなど、身に余る光栄にて―――」


『―――汝を救ったつもりはない』


礼を述べようとする男に被せるようにして宗主が言う。


『ヤツに渡る情報は少ないほうが良い。それだけだ』


「ヤツ……あの勇者のことですね!! でしたら私めにご命令を!! 今一度あの勇者を襲撃し、討ち取ってみせましょう!!」


『いらぬ』


宗主はにべもなく男の提案を却下する。


『我は汝を必要としない』


「そんな……宗主様、どうか私に名誉挽回の機会を!!」


『何があったかは視ていた。汝の勇み足で勇者が誕生したこともだ』


「確かに勇み足であったことは認めます!! ですが、勇者が成長する前に討たねば!!」


『邪人でない汝に討つことなど不可能だ』


その言葉に男は一瞬思考が止まる。慌てて邪気を練ろうとするが、邪気を感じ取ることすらできなくなっていた。


「なっ、こ、これは……」


『聖剣は邪気を祓う。その攻撃を受けた汝はもはや邪人ではない』


世間では邪人族と呼ばれているが、実際のところ、邪人族は種族ではない。邪気を取り込み操れる様になることで邪人は生まれる。そのため、多種多様な種族が邪人になる可能性があるのだ。逆に言うと、邪気がなければ邪人族ではない。


『此度の失態、その生命で償え』


「そんな……どうか、どうか御慈悲を!!」


『……ふむ、そうだな。今まで邪神様のために働いていたことを考慮してやろう』


男の周りに濃密な邪気が集まっていき、男の姿が見えなくなる。


『邪神様復活のための糧となるがいい』


グシャリと邪気が一気に収縮し、霧散していく。後には何も残っていなかった。それに対して、宗主は何も反応せず、今までと変わらず玉座に座っているだけだ。


「宗主様」


宗主の側から呼びかける声がする。男は気づいていなかったが、この場には宗主以外にも側近として侍っているものが何人かいたのだ。


「あの者の言うことにも一理あります。勇者が未熟であるならば、今のうちに討つべきなのでは?」


『無駄だ』


宗主は平坦な声だが、どことなく忌々しげな声で答える。


『ヤツにとって、勇者など女神に献上する道具に過ぎん。今の勇者を殺したところで別の者を選び直すだけだ』


「そう、なのですか? ではその『選定者』というものを殺すのは」


『ヤツ自身には女神の加護―――いや、呪いがある。死ぬことはない』


「宗主様は『選定者』のことをご存知なのですか?」


『…………』


宗主は何も言わない。何も言わないということは答える気がないのだということを側近は知っているので、別の話題にする。


「では、今後はどういたしましょう? あの者以外にも抜け駆けしようとするものは多いと思いますが」


基本的に邪人は我が強い。誰かの下につくことなど殆ど無く、各々がやりたいようにやる。宗主のもとに集まっているのは、宗主が他と隔絶した力を持っているので集まっているに過ぎない。


『そのような奴らは放っておけ。我は必要としない』


「現状維持ということですか?」


『……我が動く』


宗主は玉座から立ち上がる。古参の側近ですら宗主が玉座から立ち上がった姿を見たことがないので、その姿に感無量といった声を出し、周りもザワザワと騒がしくなる。


「おぉぉ……遂に宗主様自らが動かれるとは……!!」


「これは我らの悲願が達成される時も近いのか!!」


「して、宗主様、これからいかがされますか?」


『国を盗る』


ちょっと散歩に行ってくる、と同じくらいに気安く言われたが、内容を理解した側近たちは言葉を失う。固まる側近たちに意を介さず、宗主は歩き出す。その後を、側近たちは慌てて追いかける。


―――遂に、悪意が動き出した。これより世界は動乱の時を迎える。




前と途中だけ書いた。どういう終わり方をするかも設定はあるけど、それまでの経緯を書く気力がない。誰か書いて。

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