表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウォルヴァンシアの王兄姫~番外編集~  作者: 古都助
~WEB拍手小話・季節のイベント編&その他~
70/85

2015年お正月イベント~ルイヴェル&セレスフィーナ編~

2015年1月中に、WEB拍手のお礼にUPしていたものです。

◇◆◇◆◇2015年・エリュセード神社へようこそ!③◆◇◆◇◆



 『貴方』が次に足を運んだのは、『お守りやお札』の類を求めて大勢の人々が群れを成す販売所。

 ぴょんぴょんとその場で飛び跳ね、前の方に視線を届けてみると、巫女服姿のセレスフィーナがせっせとお客さんの対応に追われている姿が見えた。

 他にも、セレスフィーナの右側に座ってお守りやお札を袋に入れて、同じように頑張って販売をしている騎士団の隊長格達の姿がある。

 これは、すぐに一番前まで辿り着こうとしても、多分、いや、まず無理だ。

 『貴方』は仕方なく列の一番最後に並び、セレスフィーナ達と言葉を交わせる機会を待つ事にした。

 

 ――待つこと、……三十分。


 一体どれだけの人数が減っていくのを見守った事だろうか。

 『貴方』はようやく販売所の一番前まで辿り着いた。

 

セレスフィーナ

「はい、次の方どうぞ。……あら、『貴方』も来てくれたのね。

 寒い中、大変だったでしょう? もう少ししたらお客さん達の数も落ち着くと思うから、

 裏口の方から中に入って来て貰ってもいいかしら?」


 『貴方』の来訪に、喜びの表情を浮かべながら、セレスフィーナは販売所の裏手にある入口へとまわってほしいと促してくる。

 『貴方』はそれに頷き、必要なお守りを幾つか購入すると、裏手へと歩き出した。


 ――販売所・室内。


 中に入ると、白い紙面に向かって黙々と筆を滑らせているルイヴェルの姿があった。

 汚れひとつない、白の上衣と水色の袴を纏っているルイヴェルは、一枚、一枚、失敗のひとつも犯さずに、紙面へと何かを書きつけていく。

 一体何を書いているのだろうか……。貴方は彼の邪魔をしないように忍び足で背後に歩み寄る。

 

 ――さらさら……。


 エリュセードにおける、術を行使する際に出現する陣の形をなぞった紋様を紙に書き記し、それを魔力によって生じさせた風で一瞬にして乾かしていく。

 

アイディアンヌ

「ルイヴェルさん、追加で三十枚お願いします」


ルイヴェル

「わかった。……」


 ――さらさらさら……。


 ルイヴェルの作成した紙面を、傍に控えているウォルヴァンシア騎士団の隊長格の一人、女性隊長のアイディアンヌが一枚一枚綺麗に折って、白い封筒に収めていく。

 そして出来上がった物を、販売を担当しているセレスフィーナや、他の隊長格達に渡している。

 まさに、流れるようなその無駄のない作業の光景は、まさに職人の技。

 暫し見惚れてしまっていた『貴方』の存在に、アイディアンヌがようやく気付いた。

 

アイディアンヌ

「……あ、ごめんなさい。作業に夢中で気付かなかったわ。

 外は寒かったでしょ? こっちに来てストーブに当たりなさいな」


ルイヴェル

「あぁ……、お前も来ていたのか。

 気付かずにすまなかったな。アイディアンヌ、茶を頼めるか」


アイディアンヌ

「はい。お任せください。

そうだわ。さっき陛下から差し入れて貰った、たこ焼きがあるんですよ。

 それも一緒に持ってきますね」


 『貴方』に座布団を勧め、アイディアンヌは席を離れていく。

 あとに残されたのは、右手を軽く振りながら、凝った肩と首を労わっているルイヴェルと、『貴方』だけ。

 セレスフィーナ達は、まだ大勢のお客さん達を相手にしている為、休息に加わるのは、まだ少しだけ後のようだ。


ルイヴェル

「ふぅ……。新年とは、人の数も、持ち込まれる願いの数も多いとはわかっているが、

 ……一体この数時間でどれだけの守護陣符を書き続けた事か」


 どうやら先程までルイヴェルが書いていたものは、『守護陣符』と呼ばれる物らしい。

 疲労の滲む溜息と共に、それが、人々の一年を不幸の類から守る効果を持つ事をルイヴェルから聞かされた『貴方』は、……あぁ、この人が作った物ならバッチリ効果がありそうだなぁ、と、納得を込めてコクコクと頷いてしまった。


ルイヴェル

「お前も必要なら、あとで一枚書いてやるから持っていくといい。

 ちゃんと魔力を込めてあるからな、効果は疑いようもないから安心していいぞ」


アイディアンヌ

「はい、お待たせ~。

 さっき、陛下のやってるお店から沢山持って来て貰ったから、遠慮なく食べてね」


 お茶とたこ焼きをお盆に載せて戻って来たアイディアンヌが、『貴方』を長机の方に促し、持って来た飲食物を置いていく。

 

ユリウス

「おやおや、何やら美味しそうな匂いがしますね~。

 私達もご一緒してよろしいでしょうか?」


 座布団の上に座った『貴方』が、緑茶の入った日本製の湯呑を手に取っていると、お守り売り場の方が一段落したらしく、ガデルフォーン魔術師団に所属しているユリウスとクラウディオが休憩を兼ねて近寄ってきた。

 ユリウスの方は、普段と変わらずにこやかな表情を崩してはいないが、クラウディオの方は、余程疲れたのだろう。疲弊しきった気配と共に、机の上に顔を突っ伏してしまう。


クラウディオ

「……こんなに多いとは、聞いていなかったぞっ」


ユリウス

「新年なんですから、人が多いのは当たり前ですよ、クラウディオ」


 座布団に腰を下ろし、『貴方』に気付いたユリウスとクラウディオも、新年の挨拶を告げると、長机に載っている緑茶の湯呑と、空腹を煽ってくるたこ焼きの匂いの前に、小さくお腹の音を鳴らした。


アイディアンヌ

「ふふ、お二人の分のお茶も用意してきますね。

 あ、貴方はそのまま、ゆっくりしてて。すぐ戻って来るから」


 アイディアンヌがまた向こうに行ってしまい、ユリウスとクラウディオが座った状態を見遣りながら、……『貴方』はとりあえず、たこ焼きを爪楊枝でひょいっと持ち上げると、無言のままぱくりと口内に放り込んだ。

 もぐ、もぐ、もぐ……。

 ユリウス達も、どうやら相当疲労が溜まっているらしく、言葉も交わさずに緑茶を手に、ほぉ……と、吐息をついている。

ちなみに、ルイヴェルはいまだに作業をしていた机から腰を上げる事はなく、緑茶だけを取ってくれるように、『貴方』へと頼んできた。


ユリウス

「……あ、ふふ、いけませんねぇ。

 私とした事が、つい、ぼーっと呆けてしまっておりました。

 なにせ、朝からほぼ休みなしでお守りを売り続けていましたからね」


クラウディオ

「それだ!! 何故俺達が販売担当をしなければならんのだ!!」


ユリウス

「クジで決まったからですよ~。公平に役割分担がなされたんですから、文句を言ってはいけません」


クラウディオ

「公平? どこがだ!!

 俺やお前が苦労している後ろで、ルイヴェルは気楽にストーブを独り占めしながら、

 ひたすら、マイペースに守護陣符を書き続けていたんだぞ!! 理不尽だ!!」


 急に元気……というか、怒りのパワーで勢いを取り戻したクラウディオが、たこ焼きを口に運ぼうとしていたルイヴェルをズビシッ!! と、指差し、怒鳴り付けた。

 ……理不尽はどっちだ? と、そう言いたげな目でルイヴェルは応戦する。


ルイヴェル

「俺が完成させた守護陣符の枚数は、百や二百の問題ではない。

 ひとときの休みもなしに、魔力と気力を消耗し続けた俺の気持ちがわかるか?

 ついでに、長時間の正座のせいで、さらに辛い目に遭っている」


 淡々と事実を語りながらも、その眉根が不機嫌そうに寄せられているルイヴェルを見遣った『貴方』は、……彼が正座状態のまま、全くこちらにやって来ようとはしない事を、ようやく理解した。

 何時間も正座のまま、真剣に守護陣符を書き続けてきた疲労と痺れが、足にきているのだろう。

 それを知ったクラウディオが、ゆっくりとルイヴェルの許に向かう。

 まさか……。


ユリウス

「やめなさい、クラウディオ」


クラウディオ

「ふん!! いつも人の事を小馬鹿にしている最低最悪の男が、

 成す術もなく、無防備な状態で座り込んでいるんだぞ? 

 ……日頃と本編での恨み、ここで晴らしてやらねば、気がおさまらん!!」


 どう考えても子供っぽい嫌がらせだ!! と、『貴方』と『ユリウス』が抗議の声を上げるが、余程恨みの念が深かったのだろう。

 クラウディオは、ルイヴェルの足の裏に視線を定めると、自分の足袋を履いている足で……。


 ――むぎゅうううう!!


ルイヴェル

「――っ」


クラウディオ

「はっはっはー!! どうだ!! 物凄く嫌な痺れっぷりだろう!!」


ユリウス

「……知りませんよ。どうなっても」


 大声こそあげないものの、ルイヴェルは足先からビリリリッ! と、嫌な痺れが伝うのを何とか無言で堪えながら、その震える右拳を作業机に打ち付けた。

 

ルイヴェル

「……」


 心配になった『貴方』は席を立ち、ルイヴェルの傍へと様子を窺いに近寄った。

 下を向き、肩を小さく揺らしているその姿が何だかとても可哀想に見える。

 けれど、それよりも『貴方』には、『これから何が起こるのか』という事の方が正直気がかりだ。

 

クラウディオ

「去年は散々な目に遭ったが、ふっ、今年は幸先が良い。

 ルイヴェル・フェリデロード……、貴様の無様な姿を目にする事が出来たのだからな!!」


ユリウス

「……クラウディオ、謝るなら今しかないと思いますよ?

 いえ、謝っても許しては貰えないでしょうが、……やりすぎです」


クラウディオ

「はっ!! 戦闘不能状態のこいつに、何が出来るというんだ!!」


アイディアンヌ

「お待たせしました~。……って、あら? 何か、足下、……揺れてない?」


 追加のお茶を持って来たアイディアンヌが首を傾げ、自分の足下を見下ろす。

 『貴方』もそれに倣い、視線を下へ……。


 ――ゴゴゴゴゴ。


 確かに、極僅かではあるが、微小な揺れを感じる。

 

ルイヴェル

「人の弱点を狙うというのは、戦闘において当たり前の事ではあるな……」


 不意に、『貴方』のすぐ傍で、ルイヴェルの……不穏過ぎる低音が響いた。

 掠れ気味になっている声音は、クラウディオから足の裏を踏まれた故の、酷い痺れのせいで生じた疲労のせいなのか……。 

 痺れて辛い足を踏ん張り、ゆっくりと……怒気の気配を漂わせながらルイヴェルは立ち上がる。


ルイヴェル

「だが、……仕掛ける相手は、正しく見極める事だな?

 手を出しても良い相手かどうか……、見誤れば……後悔するのは、お前自身だ」


クラウディオ

「なっ……、ちょっ、ちょっと待て!!

 足の裏を踏んだくらいで、殺気を漲らせる奴があってたまるか!!」


ユリウス

「いえいえ、私だって、あんな事をされれば怒りますよ……」


 コクコク。『貴方』も穏やかに緑茶を啜りながら呟くユリウスに賛同する。

 アイディアンヌに至っては、この状況が非常に不味い事を察し、急いで『貴方』の手を引き、避難へと走る。


アイディアンヌ

「巻き込まれると面倒だから、早く逃げるわよ!!」


 ――すたこらさっさ。


 ようやくお客さんの数が少なくなり、ひと心地吐いているセレスフィーナの許に逃げ込むと、事情を把握した彼女が、被害が及ばないようにと、適切な処置=結界を展開してくれた。


セレスフィーナ

「はぁ……、あの子、……ルイヴェルの場合、怒らせると本当に面倒なのよねぇ」


アイディアンヌ

「出来れば、この建物と神社一帯に被害が及ばないようにお願いしたいところなんですが」


セレスフィーナ

「結界があるから、多分……大丈夫、……かも、しれないけれど」


アイディアンヌ

「多分って、そんなぁ……」


セレスフィーナ

「だって、ほら……、あの子、詠唱する気、なさそうよ?」


アイディアンヌ

「ぇええええっ」


 基本的に、魔術師は術の詠唱を行う事によって、その力を制御し、調整するのが当たり前の事だ。

 けれど、上位の術者になると、詠唱を行わずとも術を行使、また、通常以上の何倍もの威力と、行使するまでの時間を短縮する事が出来、連続で間を空けずに攻撃を行う事が出来る。

 しかし、その分、術者にかかる負担は通常よりも大きい……。

 それを、ルイヴェルはクラウディオに向けて躊躇いなく行使し始めている様子を指差したセレスフィーナの後を追い、視線だけそちらに向けたアイディアンヌと『貴方』は、お互いの両手を重ね合わせて、ぶるりと震えあがった。


アイディアンヌ

「ひいいいいいいいい!!」


セレスフィーナ

「最悪の場合、建物以外は守れるように、頑張ってみるわね……」


 直後、遠い目をしたセレスフィーナの視線の先で、緑銀の閃光が販売所内を溢れんばかりに満たし、全員が目を瞑らなくてはいられないような眩しすぎる光と大きな爆音が響き渡った。

 

 ――十分後。


セレスフィーナ

「ルイヴェル、クラウディオさん……、暫くの間、『そこ』で、大人しく、反省してくれるかしら?」


 ルイヴェルが容赦なしに放った高位レベルの攻撃魔術が販売所の建物を半壊させてから、セレスフィーナ達とお客さん達は何とか無事だったものの、販売を再開するには暫くの間時間が必要と判断され、騎士団の隊長格であるアイディアンヌ、クレイス、レオンザードが建物の修復に奔走する羽目になった。

 そして、事の原因となったクラウディオと、術を発動させたルイヴェルは、……。


ルイヴェル

「大木に逆さ吊りにしなくてもいいんじゃないか? セレス姉さん」


クラウディオ

「何で俺までこんな目に遭わねばならんのだ!!」


 仕事を妨害し、建物まで酷い目に遭わせてくれたルイヴェルとクラウディオを、問答無用でレオンザードに命じ、大木から横に伸びて張り出している幹に逆さ吊り仕様の刑に処したセレスフィーナは、顔には不穏極まりないながらも美しい笑顔を纏いながら、背を向けた。


セレスフィーナ

「ちゃんと反省するまで、貴方達はご飯抜きですからね!!」


 クラウディオはともかく、ルイヴェルにこんな真似をして、無事でいられるのは流石双子の姉だと評せばいいだろうか。

 ぶらーん、ぶらーんと、強まってきた風に揺られ始めるルイヴェルとクラウディオ。

 『貴方』はそんな二人を少しだけ見上げた後、セレスフィーナに促され、その場を後にする事となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ