番外編~カインの育児奮闘記②~
続きが遅くなり、大変申し訳ありませんでした。
俺は……、『子育て』を甘く見ていた……っ。
ウォルヴァンシアの城下町で拾った身元不明の赤ん坊。
それを王宮に連れ帰って、風呂に入れたり飯を食わせ、あらかたの仕事を終え、
赤ん坊を傍において、寝台で次の日を迎えるために目を閉じたところ……。
「おぎゃああああああああ」
「どわぁああああっ!!」
眠ってから二時間ぐらいしか経ってないってのに、この大音量の泣き声ときた。
そりゃ赤ん坊なんだ。夜泣きは専売特許だろうよ。
だが、困った事に……、腕の中に抱いていくらあやしても泣き止まねぇ……。
それどころか、どんどんヒートアップして泣き喚く始末だ。
くそっ、思ったより手こずるじゃねぇか。
「おい、泣き止めって!
漏らしたわけじゃねぇよな……」
赤ん坊を寝台に置いて、オムツを替える必要がないかを確認するが、その必要は、なし、と。
じゃあ、腹が減ったってことか?
セレスフィーナに貰ったミルク用の粉でそれを作るために、部屋を出ようとする。
しかし……。
「おいてくわけにもいかねぇよな……」
腕にミルクの缶と哺乳瓶を袋に入れて下げ、
泣きじゃくる赤ん坊を腕に抱え上げると、厨房へと向かって部屋を後にした。
途中、この王宮の奴らの眠りを妨げるわけにはいかねぇから、
音を防ぐ術を俺達の周りに張って、闇に隠れた回廊を赤ん坊をあやしながら歩いた。
「おぎゃあああっ、おぎゃっ、あうぅっ」
「すぐミルク作ってやるから、少しは大人しくしろっての。
あぁ、耳痛ぇ……」
ウォルヴァンシア王宮の厨房にやっと辿り着いた俺は、厨房の一角に向かった。
台の上には、いつでも保温が効いている湯の入ったボットがある。
それを、消毒済みの哺乳瓶にミルク粉を入れて湯を注ぐ。
蓋を閉めて、何度か振ると、それが適温になるように湯冷ましを行う。
その間も、赤ん坊は止むことなく声を上げ続けているが、
早く泣き止ませてやんないとなぁ……。
「お……、そろそろいいか?」
手の中で丁度良い温度になった哺乳瓶を赤ん坊に向けると、
嬉しそうにそれに吸い付いた。
やっぱり、腹が減ってたわけな。
二時間前に飲んだばっかなのに、この勢い……。
赤ん坊って奴は、無邪気で貪欲だよなぁ。
「あぶっ、ちゅぱっ」
「おう、飲め飲め。……ふあぁ……」
ヤバイ。赤ん坊がミルクを飲んでいるのを見てたら、眠くなってきた。
哺乳瓶を持つ手がぐらりと揺れかける。
「あっ、やば……。お? もう全部飲んだか?
よし、じゃあ、部屋に戻るか。と、その前に……」
またどうせ腹が空いて泣くのはわかってるから、
予備のミルクを持ってきた他の哺乳瓶にストックを作り、
ポットにかかっている術と同じ保温の効果をそれに付加させた。
袋に哺乳瓶を詰め、またそれを腕に下げると、赤ん坊を抱えて厨房を出た。
また、夜中に何回も起きるんだろな……。
「あぶっ、ば~ぶ~!!」
「ご機嫌だな、お前。そんなにミルクが美味かったのか?」
「あうっ」
途中、憩いの庭園付近を通りかかり、俺は東屋で休んでいくことにした。
誰もいない、花が奏でる心地良い音と、静かな風だけが俺達を出迎えた。
イリューヴェル皇国と違って、本当にここは落ち着く場所が多いよな。
敵だらけだった俺の故郷の王宮は、どこも面倒なしがらみばかりが蔓延していて、
とてもじゃないが寛げる場所じゃなかった。
だから、だろうな……。
俺がここに根を張ったのは……。
「よっと、お前はこっちな」
東屋の椅子、というか、明らかに材質がふわふわとしているこれは、外用のソファーだよな。
座ると、包み込まれるように腰が沈み込む。丁度良い位置で止まるところがまた便利だ。
横に赤ん坊を寝かせてやって、その小さな手に指を近づけるとぎゅっと握りこまれる。
「そういえば、お前、なんて名前なんだろうなぁ。
赤ん坊、は名前じゃねぇし……、何か代わりのもんを考えるか」
「あうー、ばぶっ」
リィィン……。
聞こえてくる花の音に、俺と赤ん坊は東屋の天井部分、夜は夜空が見えるようになっているそれを見上げる。
エリュセードを加護する三人の神を象徴する三つの月……。
そして、それを取り巻くように散りばめられた星の瞬き。
禁呪を封じるために見上げたあの時とは違う。
穏やかな幸せを感じながら、俺は月の光に目を細めた。
「神様って奴が本当にいるなら……。
お前の母ちゃんをここに連れて来てほしいよな?」
悪かった、と。もう捨てるようなことはしないと言って、こいつを抱き締めてやってほしい。
何も知らず、路地に捨てられた哀れな赤ん坊。
こいつの人生を愛されたものにする為にも、母親の存在は必要不可欠だ。
視線を夜空から外し、赤ん坊から指を引き抜くと、その頬を撫でた。
「絶対、見つけてやるよ……。
だから、それまで、俺がお前の代理の家族だ。いいな?」
「あぶ? あ~うぅ~」
俺の言葉がわかっているわけでもないだろに、赤ん坊は嬉しそうに笑う。
その顔を眺めていると、ふと、東屋の中に何かが入ってくる気配がした。
よく見知った奴の気配……。
「おい、深夜だぞ。なんでガキがこんなとこに来てんだ?」
テーブルの下をさっと覗き込んでやると、案の定真夜中の訪問者達はそこに座り込んでいた、
同じ顔が三つ……。色はそれぞれ違えど、まだ性格に差もない奴らだ。
ウォルヴァンシア王国の王子、三つ子のガキ共だ。
「あかちゃんのこえ、きこえた~」
「ないてた~」
「なでなでした~い」
そう言ってテーブルの下を飛び出すと、椅子の上の赤ん坊の元によじ登り始めた。
おいおい、なんで真夜中にこいつらが勝手にこんなとこに来てんだよ。
どうやって部屋を抜け出して来たのか、……と、そこで俺は気づいた。
東屋の外で頼りなげな気配を漂わせているの一人。
「……ユキ、お前が連れて来たのか?」
そう外に向けて淡々と声を投げてやれば、蒼い髪の女がおずおずと顔を出した。
ユキ・ウォルヴァンシア……、この国の王の姪御だ。
元は別の世界にいたという話で、俺と出会った当初は、ユキの髪の色は黒だった。
それが、禁呪事件の後暫くして、こいつの力を封じている枷が緩んだせいで、
生まれた時に宿した髪の色が表面に出て来てしまったらしい。
それ以来、ずっとそのままだ。
「すみません、部屋で寝てたら赤ちゃんの声が聞こえてきて……」
「ようすみにきた~!」
「あかちゃんみたかった~!」
「かいん、あかちゃんやわらか~い!」
そういや、ウォルヴァンシアは狼王族だったな。
音を遮断する前の赤ん坊の泣き声をその驚異的な聴力で聞き取ったってわけか。
で、ユキを起こして連れ出したんだろな……。
「お前も大変だな」
「はは、いえ、私も赤ちゃんが泣いてるって聞いて、気になったので」
ユキが椅子に座り、赤ん坊の頭を優しく撫でた。
そして、赤ん坊の顔と、俺の顔を交互に見て……。
ゆっくりと目線を逸らした……。
「おい、……なんで下向いてんだよ」
嫌な予感しかしねぇ……。
頬を赤く染めて、言い辛そうに口をパクパクとさせている。
うわー……、何が言いたいかわかりやすいな、こいつ。
「あの、カインさん……」
「なんだよ」
「……ちゃんと、責任は取った方が良いですよ」
恥じらいながらも、どこか真剣な表情でそう言われ、俺はもうツッコむ気力もない。
なんで誰も彼もが、俺の子供と思い込むんだ。
あれか? 昔のツケか? 俺の罪業か?
なんにせよ、ユキだけには……言われたくなかった。
告白までした男を疑うこの神経……、夢なら覚めてほしいところだ。
怒る気力もない俺は、溜息を吐き出して訂正を入れた。
「城下町で捨てられてたんだよ。……その赤ん坊」
「え……」
「親の残したメモみたいなのだけ残っててな。
そのままにもしておけねーから、ここに連れて帰ってきたんだよ」
「そうだったんですか……、失礼な事を言ってごめんなさい」
「別にいい。もう何度も言われたから、今更どうってことねぇよ」
本音を言えば、ユキに誤解されたことが一番大打撃だったがな……。
それを表に出さなかったのは、言われ続けて疲弊していたのが逆に良かったんだろう。
おかげで、ユキに冷静に対応できたぜ。
にしても、そろそろ部屋に戻った方が良いな。
赤ん坊が風邪でも引いたら、それこそ俺の苦労が倍増しちまう。
「ユキ、部屋に帰るついでにお前らも送ってやるから、
そろそろ行くぞ」
「大丈夫ですよ、王宮の中は危なくありませんし、三つ子ちゃん達と喋りながら帰り……」
「女を一人で帰せるわけねぇだろ。いいから付いてこい」
赤ん坊を抱き上げて、俺は三つ子達の方にも戻るように告げる。
足元を飛び跳ねる三つ子達を引き連れて、それを追ってくるユキと共に部屋へと向かい始めた。
最初は赤ん坊の夜泣きで、面倒くさいなと思っていたわけだが、
夜の散歩も悪くないな。思わぬ機会に恵まれた。
目の上のたんこぶ、もとい、銀の髪の番犬もいねーし、ユキと自由に言葉を交わすことが出来る。
「三つ子が出たいって言ったからって、簡単に外出んなよなぁ、お前も」
「でも、王宮内は安全ですし、あまり危険はないかな~と」
「万が一とかの可能性も考えろ。
安全なんてもんは、いつ崩れるかわからねぇ脆いもんなんだ」
「うっ……、気を付けます」
……って、こんな事を言いたいんじゃねぇのに、なんで俺は説教なんかかましてんだ。
軽率な行動をしてしまった事を反省するユキが、俺の目にもわかるほど項垂れてしまっている。
「あぁ……、くそっ、……別にそんなに落ち込む事ねぇだろうが。
要は、俺が心配だから軽率な真似すんなって言ってるだけだ」
「いえ、三つ子ちゃん達もいるのに、考えもせずに部屋を抜け出した私が悪いんです。
カインさんに言われて、少し反省しました。ごめんなさい」
ユキは、こういうところが素直なんだよなぁ。
言われた事に反抗するんじゃなくて、言われた事の意味を考えてる。
だから、昨日よりも今日、今日よりも明日へと成長を繋げていける奴なんだよな。
俺は赤ん坊を抱いていた手を片方離すと、隣を歩くユキの頭をクシャクシャと撫でてやった。
「もし、どうしても夜中に外出が欲しい時は、
騎士団の奴らか、俺を連れて行け。
レイフィードのおっさんに頼めば、部屋に誰か呼び出すための道具くらい用意してくれるだろうよ」
「カインさん……、はい、ありがとうございます」
やっと落ち込みから浮上したユキが、柔らかく俺に微笑んだ。
「カインさん、私も赤ちゃん抱っこしてもいいですか?」
「あぶ? だぁ~」
話題を変えて、俺の腕の中の赤ん坊を覗き込んだユキに、
赤ん坊が小さな手を泳がせて。そっちに行きたがる。
どうやらユキに抱っこされたいらしいな。
「いいぜ。落とさねぇようにな」
「はい」
そっとユキの腕の中に赤ん坊を下ろし、ようやく俺の両手が軽くなった。
まぁ、そのかわりに三つ子達が赤ん坊を羨ましがって抱っこをせがんできたんだが。
こいつらもまだ子供だもんな。仕方ねぇから両腕に二人と、背中に一人が俺に重みをかけることになった。
「かい~ん、あかちゃん、なまえないのぉ~?」
「捨て子だからな……。名前はメモになかったんだよ」
「じゃあ、なまえ、つける~!」
「かわいいなまえ~、つけてあげる~!」
あ~、こいつらは夜中でも本当にテンション変わんねぇな!
俺の前と後ろで、赤ん坊を見つめながらきゃっきゃっと騒ぎやがる。
ユキに抱かれている赤ん坊も、その声にびっくりして目をぱちぱちとさせてこちらを見る。
自分の話をされてるって感じてるみたいだな。
「だぁ~っ」
「名前、……カインさん、この子って性別どっちなんでしょう」
「男だな。風呂に入れる時確認した」
「じゃあ、今日はもう遅いですから、明日にでも皆で名前をつけてあげませんか?」
「いつまでも名前がないのも面倒だしな。……それもいいか」
呼び名がないというのは、色々不便だ。
この赤ん坊には、もしかしたら親が付けた名前が存在するのかもしれないが、
今はそれを俺達に知る術もないしな。
それに、ユキが協力してくれるってなら色々面白くなりそうだし、
その提案に乗るのも悪くない。
了承の返事をユキに返した後、俺は明日の楽しみが出来たとほくそ笑んだ。
続きは現在執筆中です。申し訳ありませんが、もう暫くお待ちくださいませ。




