IFルート・アレクディース編~2017verホワイトデー・イベント~
大変遅くなってしまい、申し訳ありません!!
アレクディース×幸希のホワイトデー編です。
『あ、アレクさんっ、……うぅっ、く、擽ったい、ですっ』
「だが、触らなければ何も出来ないだろう?」
大人の姿と比べれば、まだまだ幼い少女期の獣姿。
幸希は自分の蒼い毛並みに触れてくるブラシと、彼のしっかりとした指の感触に身悶えながら、精神的な逃げ場を探していた。
日本で言えば、バレンタイン・デーの返しにあたる日。
ホワイト・デーこと、イリュフィア・デーを迎えた今日、幸希は朝から恋人のアレクディースと共に他国で楽しいひとときを過ごし、ようやく自分の部屋へと帰って来たのだが……。
まだまだお返しが足りないだろうと考えているらしき彼の手によって、今度はブラッシングタイムへと突入してしまった!
アレクディースの懐に抱え込まれ、優しい手つきで体躯を撫でられる。
「普段人の姿で問題なく過ごしていても、たまには獣姿の手入れもした方がいい」
『そ、それはっ、わ、わかってます、けど……っ。……んっ、自分でするのと、人にして貰うのは……、感覚が違うので、ちょっと』
獣と人の姿を併せ持つ者達にとって、幼い頃は両親に、少し成長してからは友達などに毛繕いを手伝って貰ったりするのは普通の事だ。
幸希自身も、幼い頃はそうやって子狼姿の身体を丁寧に手入れして貰っていた記憶がある。
だが、……やはり、好きな人に触れられるという行為は、人の姿でも、獣の姿でも、気恥ずかしさを覚えるもので……。アレクディースの手やブラシによって刺激を与えられる度に、幸希の身体はビクビクと戸惑いに震えてしまう。
それに、……場所が寝台の上、というのも、何だか危ないような気もして。
「緊張しなくてもいい。幼い頃はよく、ルイやセレスにも手入れをされていただろう? あの頃のお前は、心地良さそうに目を閉じてうっとりとしていた」
『あ、あれはっ、……んぅっ、こ、子供、だった、から、でっ。い、今は』
「大丈夫だ。あの時と同じように……、慣れてしまえばいい。お前の身体が俺の感触を覚えてくれるように」
『アウトぉおおおっ!! あ、アレクさんっ、別の意味に聞こえてきますっ!! そんな色っぽく囁かないでくださぁあああああいっ!!』
下心があるのかないのか!?
アレクディースの巧みなブラッシング・テクに翻弄されながら、獣耳へと甘く囁かれた、熱い吐息とうっとりするような低い声。
「お前も……、よく俺の身体を愛でてくれているからな。愛するお前に触れられて、俺がどんなに幸福なひとときを過ごしてきたか、それを、お前に伝えたい」
『ひぃいいっ!! だ、だからっ、んんっ……、だ、からっ、い、言い方、がっ』
アレクディースの狼姿にはもう何十回、何百回と触れてきた幸希だが、反対の事をされると困ってしまうのだ。嫌、という感情からではなく、相手が好きな人だからこそ……、触れられている事が、辛い。獣の姿は、生まれたままのそれと同じ、だから……。
『クゥゥウン……』
幸希が首を巡らせてみると、穏やかな目をしたアレクディースがふさふさの蒼頭を撫でてくれた。
滑らかではない、剣ダコのある大きな手のひら。頼もしい温もりに、気恥ずかしさの情が薄まって、心地良い安心感が生まれてゆく。
「獣の性を抱く種族(俺達)にとって、成長してからのこうした触れ合いは、互いの絆を深めたいという意思の表れだ」
『き、聞いた事は、あります、けど……っ』
「なら、わかるだろう? 普段は俺ばかりがお前に愛されて、その逆がないというのは不公平だと」
『で、でもっ。……は、恥ずかしい、ん、ですっ』
それと、アレクディースに触れられていると、変な気持ちや感覚が湧き上がってくるから困る、と……、続けるかどうか迷っていると。
あれ……、目の前には、珍しく満面の笑みを浮かべている恋人の美しい顔が。
「わかった。慣れるまで触り尽くそう」
『ぇええええええええええ!? い、いやっ、ちょっ、きゃぁああああっ!』
なんたる暴挙!! 普段は物分かりが良く、幸希の意見や気持ちを尊重してくれる人なのに、時々こんな風に、頑固というか、思わぬ強引さを見せるところがある。
それは、幸希と両想いになる前……。アレクディースがその恋心故に出した答えのひとつだった。
遠慮ばかりしていては、大切な者の心に踏み込む事は出来ない、異性として意識される事はないから、と。
だが、何もそれをこんな場面で発揮しなくてもいいだろうに!
バタバタと弱々しく暴れる幸希をたっぷりと撫でまわし、完璧なほどにブラッシングを掛けまくった後……、アレクディースはスッキリとした笑顔でようやく彼女を解放したのだった。
「はぁ、はぁ……っ。あ、アレクさんの……っ、ド、ドS!!」
本来であれば、別の誰かさんに向けるべき褒め言葉……、いや、罵りの言葉だったが、今日だけはアレクディースに捧げたい称号だ。
人の姿に戻った幸希は全身に熱を抱き、顔を愛らしい林檎色に染めて息を乱している。
自分が彼の狼姿に触れる時とは全く違っていた、魅惑のブラッシング・テク!!
一体どこであんなにも凄いテクニックを身に着けたのか……。
恥ずかしいのもあったが、あまりにも気持ち良すぎてやみつきになってしまいそうだった。
アレクディースが注いでくれた冷たい水を前に、幸希はテーブルへと突っ伏していた顔を上げ、罪悪感の欠片もない彼を恨めしげに睨み上げる。なんて満足そうな顔。
「今日はイリュフィア・デーだからな。お前に尽くしたくて仕方がなかったんだ」
「うぅ~……っ。尽くす、というよりは、アレクさんが楽しんでいただけに見えましたけどっ」
「楽しかったのも事実だな。俺が触れる度に見せてくれた、お前の愛らしい反応や」
「いやぁあああああっ! お、思い出させないで下さいぃいいいいっ!!」
グラスをひっくり返して立ち上がった幸希がアレクディースの口元を両手で塞ぐと、それを利用して逞しい腕の感触が華奢な身体を包み込んできた。
幸希が一番好きな、一番安心出来る……、愛する人の温もり。
何だか罠に嵌まったような気もするけれど、幸希はぎゅっと抱き締めてくるその感触に逆らえなかった。優しく穏やかな彼も、時折見せてくれる、少し強引な彼も、やっぱり好きだから。
「……ブラッシングや、あの姿での触れ合いは、少しずつ、でお願いします」
「あれだけやっておけば、すぐに慣れる……」
「もう……っ。私がどれだけ恥ずかしかったかっ」
「すまない……。だが、恥じらい慌てるお前を観察するのも楽し」
「それ以上言ったら、本気で怒りますからね!!」
強引な行動をとったり、我儘な面を出す事で幸希の新しい顔や反応を見られる事を知ってから、アレクディースの言動も、少々困った方向に転がり始めているように思える。
ルイヴェルやカインがそうしているように、幸希のいじり方を覚えてしまったというか……。
幸希がむっと怒った顔で睨み上げても、彼は嬉しそうに微笑むばかりだ。
「お前の感情は、どれも味わい深いものばかりで……、心地良い」
「なっ! な、何言ってるんですか……っ」
「前にも言っただろう? お前を宝物扱いしてばかりでは、その本質に触れる事は出来ない、と。だから俺は変えたんだ。お前へに対する遠慮を捨て、嫌われる覚悟を恐れずに踏み込んでいく事を」
「うぅ……っ」
「そのお陰で……、俺達はこうやって幸せな今を掴み取る事が出来た。違うか?」
あぁ、本当にずるい人……。
大切にしてくれる、誰よりも優しい人。けれど、一方では時折見せる強引さで自分の弱さや色々な感情を引き摺り出す事も厭わない人。
彼が決めたその変化が、今の関係を形作った事は……、否定出来ないかもしれない。
幸希はむぅっと眉を顰めた後、アレクディースの唇から手を離し、背伸びをしてキスをした。
「その通りですけど……、攻められ過ぎると、やっぱり困るんです」
「すまないな。そんなお前を見たくて、やはり……、やめられそうにない」
からかったり、強引な行動で翻弄させる事によって得られる満足感に味をしめてしまったらしい恋人。不味い、これは物凄く不味い!
このままでは、愛する人が某ドSな王宮医師二号みたいな性質に染まってしまう可能性が!!
「る、ルイヴェルさんに似てもいいんですか!? 皆から、この腹黒鬼畜ドS! って言われるんですよ!!」
「ははっ。大丈夫だ。ルイの場合は日常茶飯事でそういう性格だろう? だが、俺は違う。時々しかやらない」
「不意打ち系でも、やる事に変わりはないじゃないですかっ。もう……」
「同じだろう?」
「え?」
何が? と、首を傾げた瞬間、今度はアレクディースの温もりが幸希の唇を優しく啄んできた。
「お前も、さっきから可愛い顔ばかりを見せて、俺の理性を翻弄している」
「えぇええっ!?」
「だからお互い様だ。そうだろう?」
「いやいや! い、意味がわかりませんよっ!!」
「単純明快な事だ。毎日のように俺の心を乱して誘惑してくるお前に、俺も同じ事をする」
「わ、私っ、アレクさんの事を振り回してなんかいません!」
好きだと、そう言われた日と同じように、幸希には心当たりがひとつもなかった。
自分のどこに彼を翻弄させる要素があるというのか……、逆ならわかる話だが。
しかし、アレクディースは困っている幸希に微笑ましそうな表情を向け、その小柄な身体を腕に抱き上げて椅子に腰かけた。テーブルの上に置いてあった、イリュフィア・デーのプレゼント、彼の手作りであるクッキーが盛られている皿が引き寄せられ、その中の一枚が選ばれた。
口元に運ばれたハート型のクッキーが幸希の唇にそっと押し当てられる。
「お前がわからなくても、俺は十分にその魅力に振り回されている。本人が無自覚でもな」
だから、否定しても意味はない。
口を開くように促され、クッキーの甘い匂いを鼻先に感じながら受け入れると、幸希は不満そうにそれをもぐもぐと咀嚼し始めた。
自分にはわからない、彼を翻弄する一面。だが、それが事実だったとしても、自分の場合は無自覚だ。アレクディースのように、わざとやるわけじゃない。
だから、絶対に、『同じ』ではない。けれど……。
彼が一生懸命、想いを込めて作ってくれたクッキーを味わいながら、優しく穏やかな蒼の瞳を見つめる。幸希の強さも、弱さも、全てを包み込み、愛してくれる人。
……困るけど、この人に翻弄されながら生きるというのも。
「案外、楽しい……、の、かも?」
好きな人の新しい一面を知りたい。それは、自分も同じ気持ち。
愛する人に翻弄される事だって、きっと楽しみのひとつ。
まぁ……、慣れていない内は試練だらけなのだけど。
幸希は自分の思考が唇から漏れている事にも気付かない。少しずつ絆されかけている事実にさえも。
「お前が楽しんでくれるようになるまで、回数を増やすか」
「えっ!?」
「今、慣れたらいいと言った。俺に翻弄される事も、楽しいかもしれない、と」
(声になってたぁあああああああああああっ!!)
「俺と同じだな。愛する者になら、振り回されても構わない。むしろ、それが大きな喜びとなって、新たな絆を作ってくれる。ふふ、積極的に不意打ちをしていく事にしよう」
「アレクさぁああああああああああんっ!?!? 何やる気になってるんですかあああああっ!!」
さらなるやる気燃料の投下を無意識にやってしまった!
アレクディースは早速実行とばかりに、今度は小さめのクッキーを一枚取ってその口に銜え、「ん……」と、幸希に差し出してきた。これは……っ、間違いない! 二人で一緒に食べましょう! 的な、バカップルのノリだ!!
(これ……、ノリにノッたら、もっと凄い事になるんじゃっ)
アレクディース、恐ろしい子!!
幸希の脳内で響いた謎の叫び。その通り、彼が不意打ちのレベルアップを重ねていけば、あっという間に、彼女の手に負えない猛者となってしまう事だろう。あぁ、本当に恐ろしいっ。考え直した方がいいかもしれない!
でも、やっぱり逆らえない……。嬉しそうに微笑む恋人の姿を見ていると、彼を喜ばせる為なら、どれだけ困っても頑張れそうな気がしてくるから。
「ん……っ」
幸希が口を開けると、小さなクッキーとアレクディースの舌が同時に滑り込み、二人の交わる熱の狭間で、甘く蕩けるような味がじんわりと広がっていく。
最初は優しく、労わるように口内を味わっていた感触が……、やがて、深く、激しく、幸希の存在を呑み込むように貪り始めた。
「アレ……、っ、……ぁ」
噛む必要もなく、クッキーがじんわりと溶けて消えていく。
瞼を閉じずに至近距離で見つめてくるアレクディースの蒼に囚われながら、幸希も彼から視線を隠す事が出来なかった。
キスの最中に幸希がどんな表情をしているか、余裕たっぷりに探ってくる双眸。
あぁ……、本当に困る。
(うぅ……、アレクさんには純粋なままでいてほしかったのにっ)
意地悪や強引な行動で何が得られるか、彼はもう知っているのだから。
「……はぁ」
「ユキ……」
互いに初めての付き合い同士なのに、何故こんなにも自分ばかりが翻弄されるのか。
あっという間にキスの仕方も、男女の接し方もレベルが高くなっていく恋人に頬を撫でられ、また抱え上げられると、幸希はうっとりとした心地で何も言わずに身を委ねてしまった。
アレクディースが幸希を寝台へと寝かせ、テーブルにあったクッキーの皿を持って戻ってくる。
幸希の枕元にそれを置き、自身も彼女の横に身体を横たえてゆく。
「イリュフィア・デーが終わるまで、まだまだ時間がある。このクッキーを食べ終えるまでに……、お前がどれだけの愛らしい反応を見せてくれるのか、楽しみだ」
「んっ。あ、アレクさん……っ、ま、まだやる気なんですかっ」
「楽しいからな」
「なぁああああっ!?」
いつも穏やかに笑う恋人が見せたのは、悪戯めいた子供のようなそれ。
まだまだいじられるっ! 確かな予感、いや、この現実に慄きながらも、幸希は愛する騎士様の猛攻に抗う事は出来ず、最後には自分まで美味しく頂かれてしまったのだった。
それ以降……、アレクディースがどこまでドSなレベルアップを遂げたのかは、幸希だけが知る秘密だ。




