82. 社長の素質
まだ二十代の鷹緒と広樹は、二人で原宿の街を歩いていた。立ち上がったばかりのWIZM企画プロダクションは、まだ鷹緒も正規雇用されていないながらも、広樹の仕事を手伝っている形である。今日も慣れない契約に二人で行った帰りだ。
「うちも目玉になるモデルが欲しいよね」
広樹のつぶやきに、鷹緒は口を曲げる。
「企画会社なんじゃねえのかよ」
「それはそうだけど、元々は三崎さんの会社を継いだ部分もあるわけで、その時代から所属してるモデルも少なからずいるからさ。このまま拡大していきたいじゃん」
「まずは企画部を軌道に乗らせるのが第一だろ」
鷹緒がそう言っていると、広樹が突然立ち止まった。視線の先にはゴスロリと呼ばれる格好をしている少女が数名、路上に座っている。
「ヒロ?」
呼んでいるそばから、広樹はもう走り出していた。
グループの中心にいる少女は、メイド服のような黒い服を着て、厚底ヒールの靴に真っ黒でストレートの髪を二つに結っている。
広樹はじっと少女を見つめると、すかさず名刺を差し出した。
「WIZM企画プロダクション社長の木村です。君、モデルやらないかな?」
キラキラした目の広樹に、少女は胡散臭そうに顔をしかめる。
「はあ? キモイんだけど」
「ゆっくり話したいな。そこのカフェに入らない? もちろんみんなまとめておごるよ」
興奮した様子の広樹のもとに、鷹緒がやってくる。
「ったく、急に暴走しやがって」
「ちょっと話そうと思って。見て、すでにモデルちゃんみたいだろ」
「さあ……俺はスカウトマンじゃねえし」
話している鷹緒と広樹を前に、少女の一人が口を開いた。
「あんたも怪しげな会社の人?」
そう言われて、鷹緒は苦笑する。
「怪しげなのは確かだけど、俺はまだ正社員じゃないかな」
「嘘だろ。おまえはもううちの社員だと思ってたけど」
「だったらちゃんとした扱いしてほしいね……」
呆れた様子の鷹緒に背を向けて、広樹は少女たちに笑いかけた。
「とにかく話だけでもさせて! 怪しかろうがコーヒーおごられるくらいはいいでしょ?」
「まあ……話だけなら」
それから十数年後。スケッチブックに向かう綾也香の横で、沙織が目を輝かせて口を開く。
「わあ、可愛い服!」
それを聞いて、綾也香は照れ笑いした。
「えへへ……そうでしょ? 私の原点はゴスロリだからね。こうしてデザイナー業する時も、レースやフリフリは忘れないんだ」
楽し気に話す沙織と綾也香の前で、麻衣子だけは口を曲げた。
「で、それが綾也香と社長の出会い?」
「そう。怪しいでしょ」
「へえ……社長もスカウトとかするんだ」
珍しそうに言った麻衣子に、沙織が笑う。
「よっぽど綾也香ちゃんが輝いてたんだよ。鷹緒さんが言ってたもん。ヒロさんの目はすごく肥えてるって。ヒロさんに見初められた人は絶対売れるって」
「確かに綾也香は大成だよね。デザイナーとしても売れてるし」
「そんなこと言ったら、麻衣子も沙織も社長に可愛がられてるじゃん」
綾也香がそう言ったので、麻衣子も悪い気はせずに沙織を見つめる。
「確かに」
「そんな昔話はいいから、仕事、仕事」
忘れられない部分を振り切るかのように、綾也香はそう言ってデザイン画のペンを走らせた。
広樹は駅前広場のベンチに腰掛け、ぼんやりと行き交う人を見つめていた。
「スカウトマンの目だな」
そこに、鷹緒が煙草を咥えて声をかける。
「鷹緒……帰りか?」
「ああ。そこの喫煙所で一服しようと思って」
「そう」
「おまえは? 社長がサボってるわけじゃねえよなあ……誰かいいの居たか?」
「いいや。島谷綾也香以来の逸材はなかなかいないね……」
煙草をしまいながら、鷹緒は苦笑する広樹の横に座った。静かな時間が流れる。
「綾也香を見つけた時、三崎さんがおまえを社長に選んだ意味がわかったよ」
「え?」
「俺には売れる売れないの目はないからな……」
「……それなりの自信はあるよ。うちに所属している子は、みんな頑張ってくれる子だから。それは僕の力じゃないけどね」
そう言って、広樹は立ち上がった。
「帰るのか?」
「うん。おまえは?」
「一服してから」
「じゃあ、お先」
鷹緒を置いて去っていく広樹は、綾也香と出会った時のことを思い返していた。
なぜだかわからなかったが、声をかけずにはいられないオーラというものが綾也香にはあった。あれから何度も通って、やっと所属モデルにこぎつけたものの、己の恋愛というもので潰しかけたこともある。
「……仕事。仕事」




