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岸田の後ろ姿を不思議そうに見遣る俺に、辻は一つ溜息をついて踵を返した。
「ほら、早く荷物持ってきて」
「んあ? あぁ」
辻の声に我に返ると、肩の上に担いでいた荷物を腕におろして慌てて後ろを追い掛けた。
中に入ると、まだ誰も来ていないらしくカーテンの引かれた部室は薄暗い。
真ん中の長机に荷物を置くと、辻と手分けしてカーテンと窓を端から開け放った。
「今日も暑くなりそうだな」
「そうだね」
既に気温の上がってきた空気が、部室に入り込む。
反対側から窓を開けていた辻が、あと一枚を残して手を止めて俺を見た。
「アオさんて面白い人だね」
「っ、なんだよ急にっ」
何の脈絡もなく言われた言葉に、大げさなくらい声が上ずった。
そんな俺を見ながら、少しも動揺せず辻はにっこりと笑う。
「その上、凄く察しがいい。気持ちも優しいし、素敵な人だね」
「え……?」
突然言われた言葉に、動きが止まる。
辻はそんなことお構いなしに、残っていた窓を開けた。
「付き合ってる人とかいるのかな?」
満面の笑みの辻の声に、どくりと鼓動が大きくなった。
「それって、どういう……」
脳内にまわるのは、昨日、俺がいない時に何かあったのかという事。
辻が、……アオに対して……
「え? どういうって、そのままの意味だけど。付き合ってる人いないなら、僕が立候補してもいいわけでしょう?」
「よくないっ」
勢いで返して、すぐに口を噤んだ。
辻はそんな俺を見てにやっと笑うと、頷いて窓際から離れる。
「なるほどねぇ」
そう呟く表情を見て、かま掛けられたことに気が付いた。
やられた、くそっ!
部室内を歩いている辻を睨みつけると、まったく気にしない風体で肩を竦める。
こいつ、ぜってー腹黒い。
「そっかー、原田がそこまではっきり気持ち固まってるとは思わなかった。じゃあさ」
長机の上の荷物をぽんぽんと叩きながら、俺を見た。
「世話焼きも大概にしないと、ね?」
「どーいう意味だよ」
アオに対しての気持ちを言わされたことにもやもやとしながら、適当にその言葉に問い返す。
分かんないかなぁと呟きながら、辻はくすりと笑った。
「特定の人を好きになったのなら、不特定への世話焼きは自粛するべきだよって言ってんの」
すると辻は、何か気づいたようにドアの方へと顔を向けた。
「? どうした?」
その行動に思わず声を掛けると、辻は片手をあげて俺を制すると少し大きめの声を上げる。
ドアの外へと向って。
「ごめん。もしかして、そこにいる? まだ着替えてないから、入って大丈夫だよ」
「え?」
つられてドアを見ると、それがゆっくりと開いた。
そこから顔を出したのは、さっき教官室に行った岸田だった。
何か困惑したような表情で、せわしなく視線を動かしている。
けれど辻は何も気にすることなく、何でもない様に岸田に声を掛ける。
「待たせちゃってごめんね、岸田さん。着替えはここじゃないし、何か用?」
岸田は少し戸惑う様に眉を顰めた後、机の上の荷物に目を留めた。
「あ、紙袋! この中に私の荷物も入れちゃってて……!」
「そっかー、これ?」
辻は紙袋を手に取ると、ドアの隙間からこっちを覗いている岸田に差し出した。
「ごめんね、岸田さん。ホント鈍くて」
その言葉に、荷物を受け取ろうとした岸田の動きがとまる。
けれど俺はそのことではなく、辻の言葉に首を傾げる。
「鈍い? 言葉ちがくねーか、辻」
腕を宙に止めたままの岸田に紙袋を渡して、辻がドアを閉める。
岸田は着替えに使っている教室にでも行くのか、駆けていく足音が段々と遠ざかった。
辻はそれを確認するように窓から外を見ると、その体勢のまま顔だけ俺の方に向けた。
「鈍いのは、お前だよ原田」
……なんでだ?




