慣れ
「それでは早速精霊に慣れていってもらいましょうか。皆、もう来ても大丈夫よ」
そのリースの言葉をきっかけにして、わっと天幕の中にたくさんの精霊達が姿を現した。
待っていましたとばかりに一気に集まってきた精霊に、先程嫌いだと肯定したばかりのユリウスの顔は引きつっている。
「ちょっと待て。さすがに急には……」
「こういうことは思い立ったが吉日ですよ。早く力の制御をできるようになりたいでしょう?」
「うっ……」
それを言われると反論できないのか、ユリウスは出かかった言葉を呑み込む。
そして、これまで無視され続けた鬱憤を晴らすかのように、たくさんの精霊がユリウスに群がったのだ。
「うわっ」
思わず椅子を引いてのけぞるユリウスを、リースはまたもや加護持ちの力で蔓を生み出し、ユリウスを椅子と一緒に拘束した。
「なにを⁉」
非難を含んだ眼差しをリースに向けたが、当のリースは優雅にお茶を飲んでいる。
「お茶と一緒に甘い物が欲しいですねえ。荷の中に持って来ていたでしょうか? あ、なにか持っていらっしゃいます?」
と、なんとも呑気に食べ物の要求をする。
「そこの木箱の中に、王太子から贈られた焼き菓子が……。ってそれより、これをなんとかしろ!」
しかし、リースはもう焼き菓子のことしか頭になく、いそいそと木箱を開けて物色している。
ごそごそと中身を確認していると、一年の間でわずかな時期にフィーリアの森でしか採れない木苺を漬けたもので作られた焼き菓子が入っていた。
「お兄様ったら私にはもうないっておっしゃっていたのに、こっそり隠していたのね」
リースはユリウスには聞こえない小さな声で呟いた。
皇帝に贈るものなので、どこでも手に入るものは意味がないと贈ったのだろうが、正直ユリウスが食べるとは思えなかった。
「陛下、この焼き菓子をいただいてもいいですか?」
「その前に今の俺を見て言うことはないのか?」
リースは首をかしげる。
「精霊に重さがなくてよかったですね?」
疑問形だったのは、それが正解か分からなかったからだが、どうやら不正解だったようでユリウスに睨まれる。
しかし、精霊を頭、肩、膝、背中と、もう乗る隙がないほど至るところに乗せている姿を見るとまったく怖くない。
蛇に似た精霊が首に巻きつくとユリウスが声なき悲鳴をあげる。
だが、精霊はうっとりとした表情で、とっても満足そうにしていてなによりだ。
「くそっ、離れろ!」
ガタガタと椅子が揺れるほど体を揺すって精霊を振り落そうとしているが、その程度で精霊が離れるはずがない。
涼しい顔でユリウスに乗っかっているが、ユリウスにくっつきたい精霊は他にもたくさんおり、順番待ちの列ができていた。
これはしばらく続きそうだなと、長期戦を覚悟したリースは焼き菓子をテーブルの上に置いて一人食べ始める。
ちゃんと贈り物として個包装されていた焼き菓子を堪能しながらも、ちゃんと役目を果たすべくユリウスと精霊のなごやかな? 交流を見守った。
そこから小一時間ほどして、我慢の限界が来たのか、天幕の外から声がかかる。
「ロゼット殿、もうそろそろいいかなー?」
アルウィンの声だ。
時々発せられるユリウスのうめき声は当然外に聞こえていただろうが、ユリウスが二人きりを望んだこともあって一度も入ってくるようなことはなかった。
おかげで精霊達はゆっくりとユリウスと接することができたようで、満足げにしているが、まだまだ待っている精霊はたくさんいる。
どうしたものかと悩むリースだったが、今すぐに変化を求めているわけではない。
ユリウスの意識は少しずつ変えていけばいいのだ。
なので、リースはアルウィンの入室を許可する。
「ええ、どうぞ」
「失礼いたします。、陛下!」
リースの言葉とともに中に入ってきたのはアルウィンではなくアグニである。
恐らくずっとアルウィンが抑えていてくれたのだろう。
我慢の限界だったのは間違いなくアグニだ。
アグニは椅子に縛られているユリウスを見てぎょっとする。
「陛下ぁぁぁぁ! どうしてそのような姿に⁉」
衝撃を受けているアグニはぎっとリースを睨みつけた。
「貴様か! 陛下をこのように辱めるとは、万死に値するぅぅ……ぎゃ」
鼓膜が悲鳴をあげそうなうるさいアグニを黙らせるため、リースはちょいと手を振る。
そうすればユリウスを拘束しているものと同じ蔦が伸びてアグニをグルグル巻きにしてその場に転がす。
もちろん黙らせるために口にも蔦を噛ませる。
「うーうー!」
なにやら文句を言っているが、轡のように口を封じているため言葉になってはいない。
だが、怒髪天をつくほど怒りを爆発させているのは伝わってきた。
アグニの後からのんびりと入ってきたアルウィンは、拘束されたユリウスとアグニを見て顔を引きつらせている。
「なに、このカオスな空間は。ロゼット殿、できれば陛下だけは解放してもらいたいんだけど……」
アグニはあっさりと見捨てられた。
「仕方ありませんねぇ」
リースは困ったように頬に手を当ててから、やむなくユリウスの拘束を解いた。
そして、パンパンと手を叩いて精霊達の注意を自身へ向ける。
「はーい。皆、今日はここまでね。陛下も急には疲れてしまうからまた今度にしましょう」
リースがそう声をかけると不満そうな意思が伝わってくるが、荒療治もやりすぎるとトラウマになる。
もともと精霊に対して好意的でなかったなら、精霊に囲まれるだけでもユリウスが感じるストレスは大きいはずだ。
「陛下にも時間が必要よ。時間はこれからたくさんあるわ」
そう言うと納得した精霊達は一気に解散した。
姿が見えなくなってようやく一息吐けたのか、ぐったりしているユリウスが残される。
「大丈夫ですか、陛下?」
「そう見えるか?」
リースは特に嫌みを言ったわけではなかったが、ユリウスからはじとっとした恨みがましい目を向けられてしまい、リースは苦笑する。
「何度も言っていますが必要なことですよ。力を暴走させたくないでしょう? 特に火の力は周囲を巻き込んでしまう危険性をはらんでいますからね」
それは今さらリースに諭されずとも、ユリウス本人が一番分かっているはずだ。
反論ができないのがその証拠と言えた。
「これから毎日今のように精霊と接する時間を設けるので、絶対に逃げないでくださいね。暴れるようならそこに転がっているアグニ隊長のようになりますよ」
いまだ簀巻きのように拘束されて身動き取れずにいるアグニに視線が集まる。
さすがにこれは嫌だと思ったようで、ユリウスの口元がひくりと引きつった。




