魔像、再び
ブラハムの説明を聞き終えたアムルは、次の部屋へ向かう事を決した。
しかしその直前、ブラハムは気になる事をアムルへと問うたのだった。
「……よし。それじゃあ、行くか」
アムルはブラハムより先ほどの技「血華斬」の説明を一通り受け、2人は移動を再開する事にした。
アムルの号令を受けて、ブラハムも重い腰を上げる。彼の疲労は目に見えて顕著で、とうてい体力が戻っているとは言い難い。
しかし、体力や魔力が完全に回復したとは言い難い状況なれど、いつまでも敵地でのんびりとしている訳にもいかないのだ。
「まぁ幸いなのは、伝魔境で魔王城の中を具に確認出来ないって事なんだけどな。それでも、いつこの部屋に魔獣が押し寄せてくるか知れたもんじゃあないからな」
そんなブラハムに気を掛けたのか、アムルがそう補足説明をする。その言い様は、もう少しならこの場に留まり休むことが出来ると言っているようでもあるのだが。
「……確かに。こんな所じゃあ、回復するもんも回復しやしないからなぁ。とっとと最上階でのんびりと休憩したいもんだぜ」
ブラハムは、そんなアムルの気遣いを不要と言わんばかりに返答したのだった。
もっとも。
「ははは。こんな所ってのは言い過ぎかもな。それを聞いたら、マロールが気分を害するぞ?」
「はっはは。ちげぇねぇ」
ここは元々、悪龍マロールが守護し常駐している場所なのだ。そんな住処を「こんな所」呼ばわりしている事が知れれば、間違いなく彼はへそを曲げるだろう。
そうなれば、どのような被害が出るか知れたものでは無い。決して笑い事では無いのだ。
「とにかく、先に進むか」
引き締まった声音となったアムルが、ブラハムに声を掛けた。小さく、それでいて力強く頷き返したブラハムの仕草で、2人は歩み始めようとしたのだが。
「ああ、そういえば次の階層はどんな敵だったんだっけ?」
ブラハムのこの質問で、結局1歩も進むことは無かったのだった。
水を差したかのようなブラハムの言動だが、これはかなり重要な問いかけだと言える。しっかりと情報を共有しておくことは、何よりも大事な事なのだ。
「次は、ご神体を模した魔導兵器が配置されていたなぁ……。あれはあれで、随分と厄介だった」
そしてアムルは数年前の出来事を思い出しながら、ウンザリと言った表情でブラハムに答えを返した。
以前アムルとカレンが魔王城を攻略した折、マロールの護る次の部屋に配置されていたのは、魔界で広く信仰されている鬼子母神像を模した魔導兵器だった。
強力な疑似重力魔法を駆使するその魔導像に、アムルたちは四苦八苦してどうにか勝利を収めたのだ。彼は、その時の事を思い出して辟易としていたのだった。
「でも、そいつぁお前ぇとカレンで破壊したんだろ? じゃあやっぱり、他の魔獣が守ってるって事なんだろうなぁ」
ブラハムの言った通り、その魔導像はカレンによって粉々に打ち砕かれた。普通に考えれば、代わりに別の魔獣なり兵器が居座っていてもおかしくない話であるのだが。
「……まぁ、同じ様な魔像が設置されているとは考えにくいけどな。何らかの部屋を守護する魔獣がいるのは間違いないだろう」
アムルも、ブラハムの意見にはおおむね賛成の言を口にした。
以前設置されていた魔像は、この城の伝魔境で造られた物ではなかった。実際に建造され、安置されていたのだ。
それを破壊したのだから、同じものは存在していないだろうと彼は考えていた。少なくともアムルは再建を指示した事など無いのだから、そう考えてもおかしくない話である。
「どっちにしろ、戦わなきゃならないって事か」
乾いた笑いの後に小さく嘆息して、ブラハムがアムルの言葉に答える。それにアムルも同じような笑いで応じた。
どのような魔獣が守護していようとも、そこを通るためには戦わねばならない事を考えれば、彼らの気が重くなることも仕方がないと言えたのだった。
「お……おいっ! こ……こりゃあ、カレンの……!?」
圧し掛かる様な、地面へ強力に引きつけられる様な感覚に動けないブラハムがアムルに問いかけ。
「ああ!? カレンがどうしたって!?」
アムルも、地面に倒れ込まないように踏ん張りながらブラハムへと返答する。力を込めての返事は、どうしても大声になりぶっきら棒にもなる。
「こりゃあ、カレンの使った精霊魔法と同じじゃねぇのか!?」
直接食らった訳では無いのだが、ブラハムもつい先日これと似た様な事象を体験した事があり、彼はその事をアムルに問うているのだが。
「カ……カレンの精霊魔法は、こんなもんじゃあねぇよ! ……だが、厄介なのには変わりないな!」
アムルは以前、カレンと戦った時に受けた重力魔法を思い出してブラハムへと答えたのだった。
ブラハムとアムルでは情報の齟齬が発生しているのだが、今回においてそれは問題とはならない。何せ、受けている事象は概ね同じようなものだったからだ。
アムルの受けた攻撃はカレンの精霊剣よりも更に上位となす「聖王剣」から繰り出された「重力魔法」であり、その時はカレンもアムルを倒す気で使用している。アムルもその身に魔法を受けており、その時の威力は今も忘れられないほどであった。
対してブラハムは、カレンの使用した精霊魔法に依る疑似重力魔法を見知っているだけであり、しかも直接その魔法を体験したわけではない。
ゆえに、2人の間には内容に隔たりがあるのだが、今この時をもってすればそれは些細な違いとしか言いようが無かった。
―――今、2人は、強力な重力魔法に晒されて動きを阻害されていたのだった。……この部屋に安置されている「魔像」によって……。
マロールの部屋から次の部屋へと辿り着いたアムルとブラハムは、それまでに抱いていた予想を覆されていた。
それは、破壊されて再び設置されていないだろうと考えていた「魔像」がしっかりと鎮座していたからだった。
もっとも、その見た目は先の「鬼子母神像」とは違い、どちらかと言えば球体の様な姿をしていた。それも完全な球体ではなく、無数の石材を用いて球状に造られており、まるでレンガを組み合わせて球形の石像を作りだした様なシルエットをしていたのだ。
そしてその中央部には、まるで彼らを見つめる目のように赤い石……透明度のある宝石の様な鉱石が埋め込まれていた。
「あ……あれを止める術はないのかよ!?」
剣を杖代わりにして重圧に耐えるブラハムが、攻略法をアムルへと問うも。
「……あの石像の中に、恐らくは『核』となる魔石が埋め込まれてると思うんだけどな。見た目が以前の魔像とは全く違うし、何よりも伝魔境で作り出された魔像なら弱点が前回と同じとは断言できねぇ」
アムルの返答は、確実性を欠いた曖昧なものであった。
その魔像はアムルたちが室内に入ると同時に作動し、その場から浮き上がり浮遊して彼らを待ち構える姿勢を見せたのだった。
軽口を聞きながら警戒し接近を試みようとした2人であったが、僅かに進んだところでこの「疑似重力魔法」の洗礼を受けていたのだ。
「け……剣での攻撃は……き……効くのか!?」
それでもブラハムは、魔像についての情報をアムルへと求めた。
このままこの状態が延々と続くとは考えられないが、それもいつまでなのか定かでは無い。先に2人の体力が失われてしまう可能性の方が高いのだ。そうなる前にブラハムは、攻撃を試みるつもりだったのだが。
「わ……分からねぇ! 前回の魔像は、全身をアダマンタイト鉱で造られていたな……。カレンが斬り付けても、小さな傷を負わせるだけだった」
「カ……カレンの武器って、確か……」
「あ……ああ。……オリハルコン製だ」
「……うへぇ」
アムルの答えを聞いて、ブラハムは思わず辟易したという様な声を上げたのだった。
彼の持つ武器は、この魔界で最硬を誇るアダマンタイト製である。
再現された魔像が同じ素材であると言う確証はないが、同じ情報をもとに造られているのならばその可能性も低くはない。……それに。
「……入力した資料から魔像を復元するだなんて。奴らは、どれだけ伝魔境に精通してるってんだ!?」
アムルの言が真実ならば、侵入した賊……ラズゥエルは伝魔境に記録されただけの資料だけで魔像を作り出した事になる。それは、アムルでさえ知らない伝魔境の機能であったのだ。
「と……とにかく、あいつを破壊しないと進めないってこったな!」
思考の底に沈みこもうとするアムルを引き戻したのは、突撃を決心したブラハムの言葉だった。
伝魔境によって復元された魔像は、数年前と同等の能力を発揮する。
カレンのいない今、魔像の破壊は可能なのか!?




