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勇者共の意図

アムルの心配をよそに、自信を見せるブラハム。

彼には、何か考えがあるようだが。

 アムルの心配は、ブラハムの自信によって一蹴された。

 通常攻撃では、例え武器に「氣」を纏わせてもダメージを与えられない。先ほどの攻撃で、ブラハムはその事を知った筈である。

 それにも関わらず、彼はアムルへ助太刀を頼もうとはしなかった。


「それは構わないが……これだけで良いのか?」


 ブラハムがアムルに頼んだのは、肉体強化フィジカルレインフォース耐氷属性魔法ファイアレインフォースのみ。直接的な攻撃を求められなかったのだ。

 これには、アムルもそう問い返さずにはいられなかったのだった。

 肉体強化も耐氷属性魔法も、必要最低限でありそれだけに使用魔力も少量で済む。節約と言う意味ならば、誰にでも理解出来る理屈だ。

 しかしそれでは、あの白の少女「領域制圧型精霊複写様式魔獣 SV―0001GX シヴァ」を倒す事など出来ない。


「ああ、それで構わねぇよ。……それより」


 それでもブラハムの顔には、不安や困惑の色は浮かんでいない。勿論、見栄を張り無理をしている様な雰囲気も発せられていなかった。

 ただブラハムは、アムルの方よりも違う事に意識が言っているようだった。

 アムルは彼の言に引かれて、同じ方向へと視線をやる。


「……あいつ、何で動かねぇんだ? それから、何かしてやいねぇか?」


 ブラハムは、部屋の中央へと戻り再び佇んだシヴァに目を向けてそう疑問を呈したのだ。

 先ほどの戦闘でも、ブラハムが大きく退いたからと言ってシヴァの方に攻撃を中断する理由など本来は無い。

 それでも追撃して来なかったシヴァに、ブラハムは疑念を抱いたのだ。

 だがシヴァは、部屋の中央へ戻っただけではなかった。

 今までは何の変哲もない石室だった部屋の中に、何やら白い靄が立ち込めているのを彼は気付いたのだった。


「……ああ。恐らくは『この部屋に入った者の通過を阻止しろ』と言う命令を受けているんだろうな」


 ブラハムの質問に、アムルは間髪入れずにそう答えた。

 この城の魔獣の管理も、基本的にはアムルが行っていた。更に付け加えるなら、毎日伝魔境へ魔力を供給しているのもアムルであった。

 一端造り出されれば3日は存続する魔導生物ではあるが、再製造する為には魔力が必要となる。その都度アムルが魔力を使い創造していては、如何に強大な魔力を保有するアムルと言えども疲弊してしまう。

 そうならない為に、伝魔境に少しずつ魔力を補充している訳だ。

 その魔力を用いて作り出した魔導生物には、それぞれ「命令」が付与される。

 その殆どは単純な命令が与えられ、概ね「侵入者を排除しろ」と言うものなのだが、中には特殊な指示を与えられる個体も存在する。

 その最たるものが、「その場に留まり侵入者の通過を許すな」であろう。


「……そして侵入者(・・・)を認識した(シヴァ)は、その場に(・・・・)留まりつつ(・・・・・)戦闘態勢を維持しているんだろう。……あの白い靄(・・・)は、恐らく周囲の大気を低温化して起きた現象だろうな。つまり、あの周辺はすでに奴の支配下にあるって事だ」


 そしてアムルは、ブラハムのもう一つの疑問にも答えたのだった。

 ブラハムは、その返答を聞いて改めてシヴァの方向へと目を向けた。

 シヴァの周辺に立ち込めつつある靄は、湯気や煙と言うよりも冷気が凝固して出来た霧と言う印象が強く、ブラハムもその説には納得出来た。

 それと同時に、強く警戒感を露わとしていたのだ。

 少なくともシヴァの周りは彼女のテリトリーであり、攻め込むブラハムは自ら罠に掛かりに行くようなものなのだから。


「……まぁ、やばくなったら戻って来るよ(・・・・・・)


 それでもブラハムは、1人で戦う事を暗に明示した。

 先ほどのアムルの言葉の中には、1つだけ彼らが有利に振舞えるものが含まれていたからだ。


「そうだな。少なくとも、この辺りはどうやら安全地帯らしい。……なんとも、浅はかな指令を入力したものだが……」


 それは、シヴァが決して深追いして来ないという事であった。

 劣勢に立たされたとしても、一端アムルの元まで……この部屋の入口付近まで退いてしまえば、シヴァは決して追って来ないと先ほどの戦闘で実証されたのだ。

 これならば、致命傷を負わされない限りは戦闘不能に陥り難いとも言える。


「……奴らの狙いが分かった気がするな」


「……そうだな」


 しかしそれが、今は魔王の間を占拠しカレンを人質に取っている賊たちの思惑を知る結果ともなったのだった。

 そしてその考えを繋げていけば、ここまでに配置されている魔獣の特性とその意味が分かろうともいうものだ。


「奴らの狙いは……明らかに“時間稼ぎ”だな」


 アムルが述べた考えに、ブラハムも強く頷いて同意した。

 魔王城入り口付近に配置されていたスキュラ。

 一端上階へと昇らせておいて、一気に地下まで誘導する道順。

 そして、その地下への階段を護る防御特化されたジャイアントの群れ。

 地下道に放たれていたバグズ。

 粘着質の床を長く設置し、そこにリーチスラッグを配し。

 試作段階とはいえ強力で倒し辛いシヴァを、その場に括りつける様に待機させる。

 ここまで来れば、改めて詳しく説明されなくとも賊たちの考えが透けてくるというものだった。


「……俺からみりゃあ、奴らの行動はこの魔王城魔王の間に侵入するまでは計画的だった様に見えたんだが……。こりゃあ、案外行き当たりばったりの結果って事になるのかな?」


 傍から見れば、単なる思い付きで魔王城魔王の間へ侵入を果たすなど出来よう筈もない。

 そもそも、伝魔境を用いて忍び込むという発想を人界人が持っているという事だけでも、魔族にとっては思考の埒外なのだ。それ故に、今回はまんまと押し入られてしまったという側面もある。

 魔族側にしてみれば、結果から見ても作戦から考えても完全に裏をかかれており、この一点だけを捉えれば相手の策にしてやられた感を拭えなかったのだが。


「まぁ、断言は出来ないがな。どうやってこの魔界へ入り込み、何処でアンギロにある伝魔境の事を知り、如何にして伝魔境を起動させて魔王城へ侵入したのか……。そのどれもが全く解明されていない訳だが、少なくとも奴らの行動は計算されたものじゃあないだろう。恐らくは時間を稼ぎ外の人界軍との連携を測れないか模索しているか、自分たちの目的を果たす為の算段を付けているのかもしれないな」


 最初にアムルが口にした通り、この説明は全て仮説である。それでも、ブラハムは何の疑問を抱く事も無く納得していた。

 アムルの言の通りに考えれば、全て辻褄が合う……合ってしまうのだ。何よりも賊たちの考えは兎も角として、「時間稼ぎ」と言う点は間違いがないと思われる。今は、それだけ分かれば充分であった。


「……それじゃあ、奴らが驚くような進撃速度で魔王の間へ到達してやろうぜ」


 そしてこの場合、相手が最も嫌がる行為はと言えば、間違いなく賊たちの考えを上回る早さで魔王の間に到着する事に他ならないのだ。

 意地の悪い笑みを浮かべたブラハムが、気合の籠った声でアムルへ声を掛けた。

 もっとも。


「もう十分に相手の計算外だと思うぞ。配置してあった魔獣の質を考えれば、この魔王城に入ってスキュラを相手にした時点で増援を考えてもおかしくなかったからな。それだけでも、十分に奴らの考えを崩していると言って良いだろうな」


 ブラハムと同じように不敵な笑みを浮かべたアムルが、動き出そうとするブラハムの背中に声を掛ける。

 アムルの言った通り、もしもここにやって来たのがアムルとブラハムの2人でなかったなら、僅かに先へ進むだけで随分と時間を費やしていた事だろう。


「ははは、違ぇねぇ。なら、ここもさっさと通過して奴らの計算を狂わせてやろうぜ」


 そう言い残して、ブラハムが数歩アムルの前に出た。そして、先ほどと同じような構えで戦闘態勢に移行した。


「……本当に助力はいらないんだな?」


 そんなブラハムの背中へ向けてアムルが念を押すも。


「……不要」


 それだけを言い残して、再びブラハムはシヴァへと向けて疾駆したのだった。


アムルに一言発して、ブラハムはシヴァへ向けて疾駆した。

果たして、彼にはどの様な考えがあると言うのか!?

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